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7 オタクの本気

 元は大地主であったとはいえ、今は小金持ちの一般人。

 会合と言えども、さほど形式ばったものではない。

 襖が取り払われた茶の間と、続きの団らん室に各々喋りながら座る。

 正座に不慣れな鈴緒は、団らん室に置かれた籐椅子にちょこん、と腰かけていた。

 その左右に銀之介と、金次郎も座る。

「この鈴緒が、アオネコ様によって次代の守り人に選ばれた」

 回りくどいことは嫌いらしく、金次郎が単刀直入に切り出した。

 鈴緒は、先ほどの牧音のように、分家から非難されるものと思っていた。身を竦め、悪罵に身構える。

 しかし意外にも、返って来たのは拍手喝采。

「助かりました。待ってたんですよ!」

「ようやく決まりましたかー。いやぁ、ホッとした!」

 老人らの言葉に、鈴緒の肩からも力が抜ける。

「最近、化生が暴れていましたから」

「畑も荒らされて、即売所もメチャメチャにされたんですよ。早くやっつけて下さいな」

「人に取り憑く輩も出て来てて、困ってたんです」

 しかし、続いて老婦人たちからこのような言葉を聞かされ、わずかに身じろぎした。

 守り人とはやはり、そういう切った張ったが専門、らしい。

 その心構えが出来ていないどころか、鈴緒は今日初めて守り人の存在を知ったのだ。

 彼女は無意識に胸元へ手を伸ばしたが、すぐさまお守り石が割れたことを思い出す。残った欠片も、部屋に置いてある。

 彼女の心の中で、不安が途端に大きくなる。

「ところで、アオネコ様からはどのような力を授かったんですか?」

「従者は、何にしたんだい? 金次郎さんとお揃いの烏かな? それとも伝統にのっとって猫かな?」

 更に込み入った質問を投げかけられ、鈴緒の目がたちまち泳ぐ。

 授かった「力」とは、指先から糸が出る「アレ」で良いのだろうか? しかし、あのようなせせこましい力で、荒れ狂っている化生を止められるのか? 人に取り憑くなどという、空恐ろしい情報を耳にしたばかりなのに。

 そして「従者」という言葉は、初耳である。ペットのことを指すものだろうか。

 ならば「転勤族であったため、ペットはいません」と答えるべきか。


 悶々と考え込む鈴緒に代わって口を開いたのは、金次郎だった。

「授かった力については、詳しいことは分かっておらん。それから鈴緒の従者は、銀之介じゃ」

 厳粛な声音に、聴衆はどよめいた。

 鈴緒も目を丸くした。

 自分のペットはこの、ヘンタイかもしれない男らしい。初耳だ。

 正座をした分家の人々は、囁き声をかわし合った後、おずおずと金次郎を見た。

「金次郎さん……人間が従者になった記録なんて、ありましたか?」

「動物じゃなくて、大丈夫なんですか?」

「力もよく分からないなんて……それで、やっていけるんですか?」

 先ほどまで歓迎一色だった分家たちも、徐々に顔を険しくする。どうやら、従者はペットではないようだが、人間がなるものでもないらしい。

 そして群集心理とも言うべき変わり身の早さにも、鈴緒は唖然とした。早口でまくし立てられる日本語に追いつけない、という事実も彼女をかすかに震えさせた。

 血の気の引いた鈴緒の手を、銀之介が軽く握る。ちろりと見上げれば、笑顔がこちらを見返していた。ノンフレーム眼鏡の奥で、強い光をたたえた瞳が細められる。

 ヘンタイ疑惑はあるものの、彼は信頼できる数少ない日本人だ。じんわりと、鈴緒の雪のような肌にぬくもりが戻る。

 そして金次郎も、一つ彼女の頭を撫で、ざわつく親戚一同を見渡した。

 続いて口ヒゲを揺らし、言葉を紡ごうとしたが。


「私は賛成ですね。鈴緒ちゃんはまだ守り人になり立てだ。未知数の部分が多くて、当然でしょう?」

 スーツ姿の男性が多い中、分家の中では唯一着物姿の不銅が、ゆったりと語った。

「それに化生の脅威は、この島にとって差し迫った問題だ。後継者が見つかったことを、まずは喜びましょうよ」

 微笑む不銅を、隣の牧音は驚愕の顔で凝視している。信じられない、と全身から叫んでいた。なお、彼女の後ろに座する繰生は、うつらうつらと舟をこいでいた。とんでもない肝っ玉の持ち主である。

 諸手で鈴緒を受け入れた不銅を、意外にも金次郎は手厳しい声で迎え撃った。

「島の問題を解決するために、ワシの一粒種の孫が、危険にさらされるがな……お前の娘が無傷である代わりに」

 苦々しい指摘に、不銅の顔がカッと赤くなる。

「私は怪我なんて、怖くないです!」

 絶句する父に代わり、腰を浮かせて牧音が叫んだ。その声に、肩をびくつかせて繰生も目を覚ます。

 そして思い思いに不満を漏らしていた他の面子は、一様に黙りこくっていた。

 金次郎の言葉と牧音の決意表明に、表情を決めかねているようである。

 鈴緒も重苦しい空気に、息が詰まるような気がした。それに何だか、室内の温度も下がっている。

 新鮮な空気を求め、視線だけでも縁側へ向ける。

 そして、ガラス戸越しに黄色い霧を見とめ、思わず立ち上がった。

やだ(バガー)っ!」

「鈴緒さん?」

「外! 霧出てる!」

 首をひねった銀之介も引っ立て、縁側を指さした。銀之介以外の面々もそちらへ視線を移し、鈴緒と同じように立ち上がる。中には一センチでも縁側から遠ざかろうと、畳の上で転がる輩もいる。

「ヤマノモノが、また下りて来たのでしょうか?」

 銀之介は護符を取り出しながら、金次郎に問いかける。

 鈴緒を背に隠す金次郎は、ゆるゆると首を振った。

「分からん。しかし、この家にまで侵入できる化生じゃ。小物ではないだろうな」

 正体を掴みかねている日向家の耳に、霧の向こう側から咆哮が届いた。分家の半数は、それにすくみ上がった。

 銀之介は耳をそばだてて、うん、とうなずいた。

「あ。この声はヤマノモノですね。聞き覚えがあります」

 鈴緒にも聞き覚えはあったものの、正直ヤマノモノでなければ、と思いたかった。あの苔が生えた白い異形とは、出来れば二度と会いたくない。


 ここでずんずんと、縁側へ向かう人物がいた。嫌がる繰生を引きずる、牧音であった。

「誰も行かないなら、私が行くよ」

「いやいや。ヤマノモノってたしか、どデカい上に、クソみたいに偉い化生でしょう? 止めましょうよ」

「本気の度合いを、本家様に見せつける機会だろうがよ!」

「僕にはないです。そんな心意気、カケラもないんで……うわー、勘弁してー!」

 金次郎と不銅が止める間もなく、牧音は縁側のガラス戸を全開にした。

「来やがれヤマノモノ! 皮剥いで、ウチの玄関に飾ってやる!」

 吠えた牧音に呼応して、雄叫びが一つ聞こえた。先ほどよりも、ぐっと近くなっている。

 同時に、地面を這い進む音も近づいてくる。

「よさんか牧音!」

「何を考えているんだ、帰って来なさい!」

 金次郎と不銅が後を追う。続いて銀之介と、成り行きで鈴緒も、縁側の外の庭へ出る。

 鈴緒が靴下越しに玉砂利を踏みしめた時、辺りに立ちこめた黄色い幕の内側から、にゅるりと影が躍り出た。そのはずみで、周囲の石が跳ね飛ばされる。

 影はさっきよりも大きかった。そして、すでに人型を成していなかった。

 それは鎌首をもたげた、巨大な白蛇であった。

 ヤマノモノの正体である大蛇は一同を見渡すと、様子を伺うようにしばし動きを止めた。

いい加減にしてよギヴ・ミー・ア・ブレイク……」

 鈴緒は心底絶望感を覚えながら、呟いた。こんなばかでかい蛇、ゲームの中でしか見たことがない。

「ああ、庭がメチャクチャだ」

 銀之介はやはり慣れているのか、現実的な心配をしていた。

「室内で暴れられて、買い換えたばかりのテレビを壊されるよりマシじゃ」

 金次郎に至っては、庭に出没したことを喜んでいる。さすがは当代の守り人だ。

 分家である不銅は意外にも、目と口を真ん丸にして石と化していた。どうやら感覚としては、鈴緒寄りであるようだ。


 その娘の牧音は、誰よりも大蛇の近くで仁王立ちをしている。微動だにすらしない。

 怯みを知らないその背中に、鈴緒はしばし感心した。

 だが、

「あれ、牧音ちゃん? おい、牧音ちゃん!」

牧音の真後ろに立っていた繰生が、彼女を覗き込み、剣呑な声を上げる。

 繰生に肩を引っ張られると、牧音はそのまま仰向けに倒れた。

 彼女は、目をむいて失神していた。美少女も台無しの面構えである。

 娘の有様に、不銅も我に返って声を荒げる。

「牧音ぇ! しっかりしろ! だから格好をつけるなと、いつも言ってるだろう!」

「あー、そうだった。牧音ちゃん、蛇が苦手だっけ」

 倒れた彼女を億劫そうに抱えながら、繰生が場違いにあっけらかんと笑った。

「そういうことはいいので、早く避難して下さい」

 銀之介が、牧音を支える男衆を奥へ下がらせようと、一歩出る。

 途端、今まで静止していたヤマノモノが動いた。

 銀之介目がけて、大きな口を開いた。


「こりゃまずいよ」

 最後尾で怯えていた鈴緒の耳に、この場にいない者の声がした。

 アオネコの声だ。

「あの化生は、デカ男の味を覚えてる。また食われるよ」

「えっ」

「それから、お前も狙われてるよ。良い匂いがしてるからね」

「ええっ?」

「だから戦うんだ、お前が」

 驚く鈴緒へ、声は一方的に告げて消えた去った。


 金次郎も、声に気付いた様子はなかった。アオネコは、鈴緒を指名したのだ。

 だが「戦え」と簡単に言ってくれるが、どうやって?

 自分に授けられた力とやらは、糸を生み出すだけなのに?

 恐慌を来たした頭のまま、真っ赤な口を開くヤマノモノと、たじろぎつつも牧音たちを庇う銀之介を見た。


 二者の姿が、先ほどテレビで見た映像と重なる。

 それは『ファイターズ・クロニクル』の最終ボス、六ツ車の登場シーンだ。

 星の意思だとか何だとかという、仰々しい設定が植え付けられている六ツ車は、とにかく大きい。

 彼の全長は、画面に収まらないのだ。上半身だけでも、右近──鈴緒の愛用キャラクターの四倍はある。

 それは正しく今、鈴緒の眼前に広がっている状況に酷似していた。

 右近を、いや、銀之介を助けなければいけない。

 真っ白になった頭が、たったそれだけを考える。

 考えるよりも早く、両手は動いていた。


 両手からいつの間にか伸びていた赤い糸は、銀之介の身体に絡みつく。

「へ?」

 牙を振り下ろさんとするヤマノモノから、身をよじろうとしていた銀之介は、状況を忘れて抜けた声をもらす。

 一瞬弛緩した彼の身体は、鈴緒の思うがままに動いた。

 軽やかに足を動かし、余裕たっぷりにヤマノモノの猛攻をかわす。

 常人離れしたその足さばきに、ヤマノモノが警戒心も露わに飛び退る。首を低く構え、銀之介をにらんだ。

 見守る金次郎たちも、仰天した。

 縁側から顔をのぞかせる分家たちも、腰を抜かしている。

 鈴緒だけが落ち着き払っていた。

 今までずっと、右近を操って来たのだ。彼の癖も、六ツ車への対抗手段も手に刻み込まれている。

 両手を素早く動かす。それに合わせて、銀之介が一足飛びで六ツ車へ肉薄する。

 そして手刀が、ヤマノモノの鼻っ面へ叩き込まれる。

 巨体が怯んだ。大きくのけぞる。

 跳躍からの回し蹴りが、それを追撃した。つま先が、ヤマノモノの目に突き刺さった。甲高い悲鳴を上げ、大蛇はのた打ち回った。

 距離を取るかと思いきや、鈴緒に操られる銀之介は、着地するや否や腰を落とす。

 同時に、彼の右足が光った。

「必殺! ファントム・キィィィーックッ!」

 右近に代わって鈴緒が叫ぶ。

 光る右足は、宙返りする要領で跳ね上げられ、暴れるヤマノモノの顎を蹴り飛ばした。

 餌と認識していた人間から、このような離れ技が繰り出されるなどとは、思ってもいなかっただろう。ヤマノモノは急所を隠すことすら出来ず、重さを感じさせずに吹き飛んだ。

 吹き飛んだ先にあった松の木に激突し、ヤマノモノは動かなくなった。舌をだらりと垂らし、目を回している。

 松の木はその衝撃で、縦に裂けていた。


「……まぁ、松の一本ぐらいは仕方ないじゃろうな」

 呆気なく終わった化生の襲撃を、金次郎はそう締めくくった。

 しかし、操られていた銀之介はそうもいかない。

 有無を言わさずサマーソルトを繰り出す羽目になった彼は、荒い息のまま鈴緒へ詰め寄る。

「鈴緒さん、ですよね? 今、俺の身体を、とんでもない動きで操ったのは」

 ぜぇはぁと、汗もびっしり浮き上がらせている銀之介へ、鈴緒は二度ほど首を振った。

「とんでもない、違う。あれは右近さんの必殺技」

「右近さん?」

 見知らぬ人物の名に、銀之介は眼鏡を外しつつ顔をしかめる。一気に体温が上がったため、眼鏡のレンズが曇っていた。

 額の汗を拭う彼へ、鈴緒は笑いかける。

「『ファイターズ・クロニクル』の、眼鏡クールガイです!」

 頬を真っ赤に染め、瞳をキラキラと輝かせ、高らかと言い放った。

 その姿だけを見れば、服装も相まって実に愛らしい。

 しかし銀之介も今回ばかりは、口元を引きつらせていた。

「そう、ですか……ところで、俺の足が光ったような、気がしたのですが」

「だって右近さん、雷神の申し子ですから」

「雷神っ?」

 ゲームに疎い銀之介は、さらりと発せられた鈴緒の発言にギョッとする。

 しかし鈴緒は気に留めることなく、むしろ一層、舌を滑らかに動かした。

「そうです。そしてさっきのファントム・キックは、当たり判定大きい、実用性に優れた技です!」

「あ、当たり判定?」

「攻撃判定が出る範囲です。対するライジング・アッパーは、エフェクト素敵ですが、モーション大きく、いわゆる見せ技なのです」

「すみません、鈴緒さん。もっと下々にも分かる表現でお願いします」

 悲鳴に近い声色で、銀之介は懇願した。


 指から発した糸で人間を、操り人形よろしく動き回す。

 下手をせずとも鬼畜の所業であるこれが、鈴緒に授けられた技術であった。

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