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6 ヤマトナデシコモドキ

 一悶着はあったものの。

 銀之介もその後、入浴と着替えを済ませた。

 小腹を満たすために三人で饅頭をつまんでいると、日向家の縁戚が集まり出した。

 チャイムもノックもなしに、前置きなく玄関のドアが開けられるので、鈴緒は飛び上がった。

「すわ、泥棒か?」

「田舎では、鍵をかけないものなんですよ」

 濃紺のスーツに着替えた銀之介が、神妙に注釈を加える。

「そうじゃ、そうじゃ。鍵なんぞなくとも、ご近所さんの目があるからのう。泥棒が入って来ることは、あるまいて」

 腕組みして、金次郎も当然とばかりにうなずいた。

 彼らの説明に、鈴緒は再び戦慄した。日本の田舎の恐ろしさを、改めて思い知ったのだ。

 どうやらこの島には、鈴緒だけの空間など存在しないらしい。なんということだろう。


 彼女が硬直している間にも、分家の面々は続々と現れる。

 急な集まりだというのに、男性陣はほぼスーツ姿だ。そして女性もスーツあるいは、小ぎれいな装いをしている。

 銀之介によると、九世帯の分家が島内に住んでいるという。

 もちろん、歴史だけはある一家だ。島外で暮らす分家も複数世帯おり、彼らも盆や正月の時期には顔見せするそうだ。

 銀之介の丁寧な言葉遣いでの、聞き取りやすい説明を受けながら、鈴緒はしきりにうなずいた。

 そして彼と金次郎に挟まれながら、たどたどしくも分家の人々を迎え入れる。

 鈴緒は銀之介製のワンピースに難色を示したものの、客観的に見ればよく似合っていた。元が人形のような顔と、華奢な体つきだ。レトロかつ華美なデザインでも、妙にしっくり来ている。

「ああ、金次郎さんのお孫さんか。大きくなったね。相変わらず、お洋服も可愛いね」

「お目々も大きくて、小さい頃のままね」

「やっぱり顔立ちは、子供の時と変わらないね。元気そうで良かったよ」

 出迎えられる分家も、鈴緒に対して概ね好意的である。

 幼かった鈴緒に覚えはないが、彼らとの面識もあるらしい。記憶にない昔話を語られながら、鈴緒は父伝来の愛想笑いで何とか切り抜ける。


 だがその顔も、威圧感漂う人物を見とめ、いささか曇った。

 昼間に金次郎と口論していた、不銅という男だ。

「いらっしゃい、ませ……」

 鈴緒はにわかに背筋を伸ばしたものの、意外にも不銅は、彼女たちへ笑顔と会釈を返した。

「お招きありがとうございます。鈴緒ちゃんも、お久しぶり」

「どうも、です」

 彼の中では先ほどの口論も、鈴緒と目が合った事実も、全て「なかったこと」になっているらしい。

 不銅は金次郎へ苦言をもらすこともなく、廊下へ上がった。足早に角を曲がり、その姿はすぐに見えなくなった。

「大丈夫ですよ。普段は物静かな人ですから」

 鈴緒の緊張を感じ取ったらしく、銀之介が笑い返す。

「頑固じゃが、物の道理は分かっとる男だ。お前に当たるようなことはしないさ」

 金次郎もカラカラと笑い、陽気に孫の背中を軽く叩く。

 二人に励まされ、鈴緒も息を吐いた。


 ホッとしたその顔へ、強烈な平手打ちが飛んできた。

 玄関に響き渡った苛烈な音に、周囲の面々もしばし固まる。

 叩かれた鈴緒も唖然、両サイドの男二人も度肝を抜かれている。

 平手打ちの主は、鈴緒と年も変わらぬセーラー服の少女だった。

 真っ黒で艶々とした長髪を束ねた、和装が似合いそうな美しい少女である。

「この、ロンドン畑の泥棒猫!」

 容姿に反し、意外にもハスキーな声で、少女はがなった。

 罵倒の意味と意図が分からず、鈴緒はまだ間抜け面をさらしている。

 それが彼女の癪にさわったのだろう。胸ぐらを掴み上げん勢いで、少女は再び声を荒げる。大きな猫目には、爛々と敵意が燃えていた。

「ぽっと出の半端者の分際で、何勝手に守り人の座取ってんだよ! ふざけんなよ! 高そうな服着やがってよぉ!」

 そして少女は、口も悪かった。

 思考停止する鈴緒の前へ、さり気なく銀之介が出る。

牧音(まきね)さん、自重して下さい。それに服は、実質布代だけしか掛かっていません」

「うるさいよ! 大して役にも立たない、少女趣味の下男のくせに! 金次郎じいさんも、モウロクして騙されてるんじゃないの? 昨日の晩飯分かってんのか!」

 牧音という名の美少女は、銀之介はおろか、金次郎にも噛みついた。

「こっちはね、守り人になるために毎日毎日、訓練してたんだよ! ウサギ跳びとか、ワケ分かんない真似もさせられてたんだよぉ!」

「まぁまぁ、牧音ちゃん。それ以上言っても、負け犬の遠吠だから」

 毛を逆立てん勢いで吠える牧音の背後から、いかにも気の良さそうな少年が現れる。

 癖っ毛な上に垂れ目で、愛嬌たっぷりの少年にも、牧音はまんべんなく噛みつく。

「何だよ繰生(くりう)! 繰生のくせに生意気よ!」

「やだなぁ、ジャイアンみたいなこと言っちゃって。またお父さんに怒られるよ。というか、後がつかえてるからさ」

 繰生が朗らかに笑って、後方を指し示す。

 見れば玄関付近にて、迷惑そうに顔をしかめた人たちがひしめき合っている。

 ギリギリと牧音は歯ぎしりしたが、

「カッとなったんだよ! ごめんなさい!」

怒鳴るように親戚一同へ謝罪。ついでに、腹立ちまぎれに繰生をもビンタする。

 その痛さを身をもって知った分、鈴緒は顔を歪めたのだが。

 繰生は平然と、牧音へ笑っている。

「いやー、さすがのキレ。ウサギ跳びの効果もあるんじゃない?」

「うるさい! ウサギ跳びなんか、金輪際やめてやる!」

 最後まで高圧的に、それでも足取りだけは軽やかに、牧音は廊下の奥へ消えた。

「皆さん、ごめんなさい。短気な子なんです」

 繰生少年が周囲にお辞儀を繰り返しながら、それを追いかけた。

 頬をさする鈴緒は、二人をぼんやりしたまま見送る。

 身を屈め、銀之介は彼女へ耳打ちした。

「鈴緒さん、ほっぺは大丈夫ですか?」

 平手を食らった辺りをのぞき込まれ、鈴緒は小さくうなずいた。

「うん、きっと平気。……あの子は誰です?」

「あの気の強すぎるお嬢さんは、牧音さん。不銅さんの娘さんです。フォロー役の繰生君は、牧音さんの世話役ですね」

 人に殴られるなんて、ほぼ十年振りである。鈴緒はじんじんと痺れる頬に手を添えたまま、銀之介を見上げた。

「ヤマトナデシコ、と思ったら」

「違いましたね」

「人は見かけに」

「よりませんね」

 リズミカルに言葉を投げ合う二人を、金次郎はしかめっ面で眺めていた。

「あれでも一応、ワシの従孫なんじゃがな」

 ぼそりと呟かれ、二人は知らんぷりで口をつぐんだ。

 その間にも、日向邸入り口でつっかえていた分家の面々が、ぞろぞろと茶の間へ入っていく。

 会合が、ようやく開かれることになった。

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