番外編7 鈴緒 対 男共
同居人二人による、ゲーマー娘の評価。
鈴緒だって、もう十七歳だ。いつまでも両親に陰から見守られつつ、お使いに赴くような年齢でもない。日本の法律上では、結婚も出来るのだ。
また、居候である身の上も十二分にわきまえ、率先して家事も請け負っている。曰く、母であるセリーナより、「失礼のないように」と躾けられたとのことだ。
料理──それも和食に関しては、まだまだ発展途上であるものの、掃除や洗濯は彼女の分担となっている。
同居人である男衆も、「アイロンもできるからね。お風呂も洗うよ!」と、日々誇らしげに家事を買って出る彼女を、微笑ましく見ていた。
「この前鈴緒さんに、箒を貸してくれと言われまして」
「ほう?」
博物館の館長室で打ち合わせをしながら、銀之介が口を開いた。
雑務が一段落したところなので、金次郎も世間話をとがめない。
老眼鏡を外しながら、一つうなずいて先を促す。
「なんじゃ、箒にまたがって空でも飛ぼうとしたのか?」
「残念、惜しいです。箒と茶殻で畳をキレイにする、ということでした。どうやらテレビで、聞きかじったみたいです」
「また古風な……箒なんぞ使っていたら、日が暮れるだろうに」
呆れた口調の金次郎へ、銀之介も苦笑で応える。
「俺もそう言ったんですけどね、やっぱり聞かなくて。それでお貸ししたんですが、茶殻の使い方が分かっていなかったらしく……結局掃除機で、撒いた茶殻を吸ってました」
困り果てた鈴緒を思い出したのか、銀之介は喉を鳴らして笑う。
「どうりで掃除機から、緑茶の香りがすると思ったら!」
ここ数日の金次郎の疑問が、ようやく氷解した瞬間であった。
「そういえば、洗濯物でも馬鹿をしておったような」
頭髪の薄くなった頭を撫で、金次郎も孫の失態を掘り返す。
「初耳です。何しでかしたんですか?」
眼鏡を押し上げ、銀之介は前のめり気味に食いついた。相変わらず露骨な奴め、と金次郎は少々鼻白む。
しかし長い長い付き合いで、秘書の性根は熟知している。また、その腐れ具合も。
いまさら言っても無意味、と会話を続けた。
「お前さんの、ほれ、貧乏くさい色味のズボンがあるじゃろう?」
「……ジーンズのことですよね? ヴィンテージなんです、貧乏性で履いてるわけじゃありません」
今度は銀之介が、不景気な面構えとなった。
それを広げた手で、適当に受け流す。
「すまん、すまん。ジジイには、若者のファッショなんぞ分からんのじゃ、許せ」
「都合の悪い時だけ、ジジイ側面を押し付けますね」
「巷の年寄りの大半が、そういう自己中心的な生き物なのだよ。残念ながら、お前も時期にそうなる……いや、年寄りの生態はどうでもいいんじゃ。とにかく鈴緒が、ズボンが長い長いとはしゃいでな。何が楽しいのか全く分からんが、履いて遊んでいた」
はしゃぐ孫を思い返し、金次郎はにやける。
容易にその様が想像でき、銀之介もニヤリと口の端を持ち上げた。
「相も変わらずですね。にしても、丈が余ったんじゃないですか?」
「うむ、どこぞのお奉行さんみたいじゃったぞ。おかげで、足を取られて転んでおったがな」
「ああそれで、おでこと鼻に絆創膏を貼ってたんですか。昭和のいたずら小僧かと思いましたよ」
「学校でも、牧音に同じようなことを言われた、とふてくされておったぞ」
二人で顔を見合わせて、つい吹き出す。
鈴緒を茶化しているものの、男衆は彼女を嫌ったり、見下しているわけではない。
いつまで経っても手がかかる、愛すべきお馬鹿だと認識しているだけだ。
いや、馬鹿だからこそ愛おしいのだろうか。
「金次郎さん」
笑いも落ち着き、銀之介が静かに呼びかけた。
「なんじゃ」
「鈴緒さん、頂戴」
「お前さんにやるぐらいなら、行かず後家にしてやる」
への字口を作って、金次郎は嫌みたっぷりに返した。




