番外編6 鈴緒 対 秘伝の書
拍手お礼小話の、加筆修正版です。
お留守番の鈴緒とじいさん。
本日より三日ほど、銀之介が不在となる。
金次郎の秘書として、本土での仕事も抱え持っているためだ。日向家は、小金持ちで土地転がしの一族らしい。
しかし出立直前まで、銀之介は落ち着かない様子でウロウロとしていた。
原因は鈴緒であった。
彼女へ世話を焼きっぱなしの彼は、どうにも自分の不在が心配でならないらしい。
せわしなく眼鏡を押し上げ、あれやこれやと鈴緒へ言い残す。
「金次郎さんと二人で大丈夫ですか? 夜、怖くないですか?」
「大丈夫、こわくない」
「タオルやトイレットペーパーの替えの場所は分かりますか?」
「押し入れの上から三番目」
「よくできました。あと、おやつは台所の戸棚ですからね。冷蔵庫のプリンは、手前のものから食べて下さいね、賞味期限順に並べていますので。ああそれから、何かあったら、すぐに俺の携帯まで連絡下さい」
「……銀之介さん」
「うん?」
「あたし、子ども違う」
三歳児と同程度の扱いを受け、鈴緒はむっつりと頬を膨らませていた。そういう顔をするから余計に子供扱いされるのだが、今の彼女はそこまで思い至らず。
ただ、銀之介もさすがに口うるさく言い過ぎたと自戒したらしい。がっしりとした顎を一つ撫でて、小さくはにかむ。
「すいません。ついつい、心配性なもので」
細い肩を、鈴緒は大仰にすくめる。大人の真似をしたがる、幼子のような仕草だ。
「困ったものだ」
「悔い改めます。……あ、そうだった」
殊勝に頭を下げたと思ったら、ハッとした様子ですぐに顔を持ち上げた。そしてスーツの内側へ、右手を突っ込む。
四次元へ通じているに違いない、と島内で噂されている内ポケットから、一冊のメモ帳を取り出した。
「肝心なものをうっかり忘れるところでした。はい、こちらは料理のレシピです」
きょとん、と彼を見上げる鈴緒へ、そのメモ帳を手渡す。
「レシピ?」
「俺特製の、秘伝の書ですよ」
「ヒデン! ワーォ、ニンジャみたいだ! それはとても、危険な匂いがする!」
ニヤリと笑った強面を、鈴緒は目を輝かせて見つめ返した。次にしげしげと、革表紙風のメモ帳を見下ろす。
存分に食いついた彼女へ、銀之介も満足げだ。
「鈴緒さんと金次郎さんでも作れるよう、簡単なものを選んでおきました。お二人で、頑張ってお料理して下さいね」
「うん、ありがとう!」
メモ帳を大事そうに抱きしめ、鈴緒がはにかんだのは本日の早朝。
そして同日の夕方、鈴緒はメモを開いてうなっていた。
レシピは、几帳面な文字で事細かにつづられていた。海外暮らしが長い鈴緒でも理解できるよう、日本独自の料理用語には、英語での注釈もつけられている。
加えて図解入りで、野菜の切り方や、味付けのタイミングも描かれているのだが。
「おじいちゃん……これは、何ですか?」
米を研いでいた金次郎へ、困り顔でメモを見せる。
首から下げていた老眼をかけ、レシピを読み進めた金次郎も、鈴緒の指摘部分で弱り顔となった。
豊かな口髭の下で、ためらいがちに口を動かした。
「うーむ……文脈から察するに、茄子、じゃろうが……」
「でもこれ、お茄子か?」
再度メモをのぞきこみ、鈴緒は眉をしかめる。
『皮は縦縞模様に剥いて下さい。煮崩れし辛く、味も染み込みやすいです』
という指示と共に描かれているそれは、どう見ても茄子ではなかった。
祖父と孫娘は、小難しい顔のまま、黙ってそのメモを眺めていた。
しばらくの沈黙の後、最初に鈴緒が口を開く。
「銀之介さん、絵が下手だったのですね」
「シッ」
人差し指を口元に当て、金次郎がジェスチャーで「言ってはならぬ」と暗示する。
茄子らしきそれは、野菜であるのかすら怪しい。ずんぐりと丸いため、トマトなのか蜜柑なのか、はたまた人の頭部なのかすら、判別できない。
また次のページに描かれた豚は、何故か足が五本あった。恐らく描いている途中で、本人もわけが分からなくなったのだろう。
加えて、豚であるにもかかわらず馬面だった。




