番外編4 銀之介 対 筋肉痛
拍手お礼小話の、加筆修正版です。
世の中、そんなにうまい話はないのだよ、というエピソード。
片手を動かすだけで、全身に鈍い痛みが走る。
銀之介は奥歯をぐっと噛みながら、全精力で上半身を起こす。
「相変わらず、キツいですね」
傍らで心配そうに自分を見やる鈴緒へ、強がって笑いかける。
表情筋はともかく、その他の筋肉は、指一本動かすだけでも悲鳴を上げていた。
これらは全て、鈴緒の操り糸の二次的効果。いや、副作用か。
アクロバティックな技を披露する代わりに、操られる演者の全身が、重度の筋肉痛に見舞われるのだ。
「ごめんなさい、銀之介さん。あたし、とても浮かれポンチです」
鈴緒は膝を抱え、しゅんとしている。膝を抱えて、まるで子どもだ。
「お陰で、化生どもも調伏できました。問題なしですよ」
銀之介は笑い返すが、鈴緒は心底へこたれていた。
うるうると、今にも泣きだしそうな緑の瞳が、かえってこちらの罪悪感を煽る。
とうとう鈴緒は、鼻もすすった。
やーい、いじめっ子ー、と銀之介の良心が彼を苛む。
彼だって、一応は男であり年長者。
いい格好をしたい、という矜持ぐらいは持ち合わせている。
だがそれを実行するには、筋肉痛の攻勢が激し過ぎる。
銀之介はちゃちなプライドを投げ捨て、あえて鈴緒へ背を向けた。いい格好を取り繕うのが不可能なら、彼女のご機嫌取りをするしかない。
「ところで鈴緒さん。あなたへ、とても大事なお願いがあります」
「はい! 何でもするよ! お願いして!」
顔を跳ね上げて、鈴緒はぱあっと表情を明るくした。相変わらず、素直で無垢だ。
素直だからこそ落ち込みやすい彼女だが、些細なことでもすぐ元気になってくれる。
銀之介もカッターシャツをまくり上げ、彼女が心の負債を清算できるよう、お願いを口にする。
「ご覧の通り、筋肉痛が酷くて、一人じゃロクに動けません。湿布を貼ってもらっても、いいですか?」
首尾よく用意していた湿布の箱を、震える指で指し示す。
「うん! 腰と、背中、が痛いですか?」
「どこが、と言われたら全身ですね……いてっ」
上げた腕から悲鳴が聞こえるが、束の間堪える。
そして「おりゃ!」と己に発破をかけ、ボタンを数個外したシャツを、頭から抜き取る。インナーも、もごもごと脱ぎ捨てた。
「とりあえず背中と、あと肩や腕にも──」
自分の体を指さしつつ、鈴緒へ振り返る。
見たことがないくらい赤面して、うろたえる少女がいた。
「あ、しまった」
小さく悔やみ、銀之介も眉を潜める。
そういえば彼女は、男性慣れしていないのだ。
あうあう、と真っ赤になって慌てる彼女を見ていると、うっすら和む反面、ただひたすらに面目ない。
「軽率でしたね、すみません。もう一回、服着ますね」
「ごめんなさい……」
しょんぼりする彼女へ笑いながらシャツを被ろうとするが、腕が悲鳴というか怒声を上げた。
いい加減にしろ!と激怒した両肩からは、先ほどの比ではない痛みが走る。
「うえっ」
中途半端な姿勢で固まった彼を、鈴緒はどうやら察したらしい。さっと顔を曇らせる。
「腕、痛いか?」
「もう、めちゃくちゃ痛いですね……お手数なんですが……」
「シャツを着る、手伝う?」
「恐縮です」
いつになく聡い鈴緒に、心の底から感謝する。
鈴緒はシャツのボタンを全て外し、ゆっくりと銀之介の腕を通した。
そして彼の前へ身を乗り出し、真面目くさった顔で、ボタンを一つ一つ留めてくれる。
だらりと伸ばした足の間に、鈴緒の小さな体がすっぽり収まっている。
かえってこの状況の方が、扇情的なのでは?
などと、人並みに女の子大好きな銀之介は、深く考察した。
だがそれを指摘すれば、赤い糸で巻かれかねない。
言わぬが花だ。
加えて、「どうせボタンを締めるなら、ついでに湿布を貼ってもらえば良かった」とも思い付いたが、これも思うに留めた。こんな間近で再度脱げば、またヘンタイの称号を頂いてしまう。
それに何より、もう動きたくなった。出来れば一日、このままゴロゴロしていたい。




