番外編1 鈴緒 対 日本の紅茶
拍手お礼小話の加筆修正版です。
時期としては、本編5話と6話の間辺りの小話となっております。
風呂上りの鈴緒を、居間でテレビを観ていた金次郎が招きよせた。
「鈴緒や。喉は乾いておらんか?」
「カラカラです。お腹も、少し」
「よしよし、とりあえず飲み物を出して進ぜよう。お前が紅茶好きだと聞いていたのでな、アイスティーを用意しているんじゃよ」
「嬉しい!」
ピョンと飛び跳ねた鈴緒に相好を崩し、金次郎はいそいそと台所へ向かった。
鈴緒も、小走りでついて行く。
大きな冷蔵庫が、台所に据えつけられていた。食器棚も大きく、皿やグラス、湯呑みや茶碗が所狭しと並んでいる。
冷蔵庫の規模も食器の枚数も、二人暮らしでは持て余すように思えた。
「たくさんあるのですね」
「分家の面々と、よくここで集まりをするのでのう。気が付いたら、とんでもない量になったんじゃ」
あんぐりと棚を見上げる鈴緒へ、金次郎は苦笑した。だが、満更でもない様子だ。
口を閉じて、鈴緒も金次郎へ振り返る。
「おじいちゃんは、みんなとご飯が好き?」
「そうじゃな。いつもは銀之介と二人だからな……可愛げのない顔を日々拝んで飯、というのも気が滅入るわい」
「大丈夫。あたしも、一緒だよ。ちょっとは可愛いよ」
「そうじゃったな。嬉しいよ」
緑の瞳をキラキラさせ、いたずらっぽく笑う孫娘へ、金次郎もにっこり笑う。
そして赤い切子のグラスを、棚から取り出す。
「とても可愛いね。きれいね」
切子独特の幾何学模様と乱反射する光に、鈴緒はうっとり目を細めた。金次郎は得意げに微笑み、ミルクティーを注いだ。
「気に入って何より。今日からこれは、お前さんのグラスじゃな」
「ありがとう」
鈴緒は嬉々として、ミルクティーを飲んだ。
そしてすぐに、顔をしかめた。
「……これ、何ですか」
「何って、アイスティーじゃないか。『真夜中の紅茶』シリーズという、日本の定番商品じゃよ」
青いラベルのペットボトルをかざし、金次郎は何でもない調子でそう言った。
「これは紅茶ではありません!」
しかし、鈴緒は怒った。あえて「ブラック」という単語を強調して。
憤慨する真意が測れず、金次郎は孫と『真夜中の紅茶』を見比べ、首をひねった。
「そうかね?」
「ティーの匂いない! 牛乳と、甘い匂いあるだけです! お砂糖とても多い、まるでジュースです!」
「うーん、そうなのか……本場のお前が言うんじゃから、そうなんだろうな」
口ヒゲをもごもごと動かし、金次郎はちょっと落ち込んだ。
だが、日本人は日本人で、緑茶やほうじ茶等にうるさい。ペットボトルのお茶には、ついつい難癖も付けがちだ。
そういうものか、と金次郎も胸中で納得した。
その間に、鈴緒は義務感からか、注がれたミルクティーもどきを飲み干す。
コトン、とテーブルにグラスを置いた。
「もいっぱい」
置くや否や、金次郎をにらみつけ、低い声で告げた。
一瞬意味が分からず、金次郎はキョトンとする。
「もう一杯、かね? しかし、これは紅茶じゃないと」
「ティー、違う。でもジュースなら、いいジュース」
真面目な顔で鈴緒は語る。
頑なに母国の紅茶を敬いつつも、日本産のなんちゃって紅茶ジュースにも心動かされているらしい。
孫娘のカルチャーショックを見守り、金次郎はにんまり頷いた。
「そうかそうか。女の子は、甘いものが好きだからな」
「本当は、ティーが一番よ」
負け惜しみを言いつつ、鈴緒は結局二杯目も満足げに飲み干した。




