26 お手玉と血吸い虫
不銅宅へ向かう男衆を見送り、鈴緒はザシキワラシと屋敷へ戻った。
少女化生の面倒を見るのは良いが、どのように相手をすればいいのやら、と彼女ははたと考えた。
遊びと言っても、自分はテレビゲーム程度しか知らない。他に出来る遊びも、カードゲームやボードゲームの類が多い。二人では、あまり盛り上がらないだろう。
胸を張って自慢できる内容ではないが、鈴緒は運動が大の苦手なのだ。
かくれんぼ程度なら付き合えるだろうか、と密かに頭を抱えていたが、幸いなことにザシキワラシから接待内容を指定してくれた。
「これが、オテダマですか」
「そうだよ。ちょっと前まで子どものおもちゃって、こんなのばっか」
色鮮やかな着物の端切れで作られたお手玉を、三つ同時にポンポンと投げ回しながら、ザシキワラシはニッと笑う。化生の言う「ちょっと前」とは、果たして何時代を指すのだろう。
しばし黙考する鈴緒へ、ザシキワラシは子どもならではの、ニヤニヤと嫌みったらしい顔を向ける。
「お姉ちゃんに、できるかなー? 胸ないもんなー」
「ばか言っちゃいけません」
咄嗟に胸を隠しつつ、ムッとする。いつまでもパジャマ姿でいるわけにもいかないため、若葉色のワンピースに着替えている。腰を絞る大きなリボンが、銀之介によるとおすすめポイントらしい。
「一人お遊び、得意です。オテダマだって、朝飯前ですから!」
意気込んでお手玉を三つ、むんずと掴む。そして勢いよく真上へ、放り投げた。
二つは受け止められたものの、一つは斜め前へぽとりと落ちる。
ザシキワラシが実年齢らしい、乾いた表情でそれを見落とす。
「お姉ちゃん」
「はい」
「お手玉はね、一気に投げないの」
「はい」
「こう、ヒョイヒョイね、順番に投げるの」
「……はいであります」
うなずきながらみるみる、鈴緒は小さくなった。
うなだれた彼女へ、ザシキワラシは息を吐く。
「だめだなー、最近の子はー」
「ごめんなさい」
「ちゃんと見てね。ね?」
どこか誇らしげに言い、ザシキワラシは再びお手玉を、互い違いに三つ投げては受け止める。
お手玉を二つに持ち直した鈴緒も、彼女の手さばきに熱心な視線を注ぎながら、たどたどしく一つを放り投げる。それと交差させるように、もう一つも投げる。
もたつきながらも、円を描いて飛んだお手玉を、再度掴めた。
「そーそー」
ザシキワラシは満足げだ。
鈴緒も歯を見せてはにかむ。
化生の少女に遊びを授けるどころか、古い故に新鮮な遊びを教えられ、鈴緒も生真面目にそれを飲み込んだ。
そのまましばらく、二人は無言でお手玉を投げていた。
初めはたどたどしかった鈴緒の手つきも、徐々に研磨され、滑らかになっていく。
お手玉の数も二つから、三つに増える。
そうしてどうにか、十回程度のラリーに成功する。
「お姉ちゃん、上手になったねー」
ザシキワラシから、少々尊大なお褒めの言葉を賜る。満足感に頬を紅潮させている鈴緒は、素直に大きくうなずいた。
「ありがとう」
「すじがいいね。男の趣味は悪いけど」
「悪くないです。あのお兄さん、立派な人です」
茶化すザシキワラシに、照れを隠したぶっきらぼうな口調で、鈴緒も応酬する。
居心地悪くてぷい、と視線もそらして、ワンピースと同じ若葉色の目を丸くした。
縁側と庭を隔てるガラス戸越しに、どんよりと濁った空が見えた。
鈍色の雲に覆われた空からは、今にも雨粒が落ちてきそうだ。
「やだ、大変! 洗濯物は外あるよ!」
跳ねるように立ち上がり、バタバタと縁側から庭へ降りる。
踏み石に置かれているサンダルへ足を通し、玉砂利へ降り立ったところで、鈴緒は気が付いた。
砂利が、動いているのだ。もぞもぞと。
何だろうか、と物干し台へ向かう体勢のまま、ちらりと下を見る。
「ィッ……キャアアッ!」
一瞬ひくついた後、小猿のような悲鳴を迸らせる。
砂利だと錯覚したものは、丸々とした虫だった。それが視界の届く限り、庭いっぱいにひしめいている。
大きな目玉と、長い一対のヒゲを揺らめかせる、多足の虫だ。
「ケケケッ」
飛び上がって叫ぶ鈴緒を仰ぎ見て、虫が笑った。その真っ黒な口からは、黄色い霧がこぼれ出る。
薄気味悪いばかりでなく、異界の虫であるらしい。
「おねーちゃーん? どうしたのー?」
お手玉をいじりながら、ザシキワラシが顔をのぞかせた。
その声に、鈴緒も我に返る。ついでに、彼女の足首をよじのぼる虫にも気づく。
「ノー! お触りしないでぇ!」
踊り食いをされるシロウオよろしく、ピョンピョン飛び跳ねる鈴緒は、両手から糸を出現させた。
「ザッ、シキちゃん! 来てはだめです!」
足にまとわりつく虫どもを縛っては投げつつ、ザシキワラシも制する。そのまま転がるように縁側をよじ登り、サンダルも蹴り捨てて室内に逃げ込んだ。
ザシキワラシを片手で抱きしめ、もう片手で素早くガラス戸を閉じる。
そのガラス戸へ、礫がぶつかるような音がした。先ほどの虫だった。
虫たちは大群となって、ガラス戸に突進してくる。結界のおかげなのか、幸いにしてガラスにヒビは入らない。
だが突進される度に、戸はガタガタと危うげに揺れた。
「何ですか、あれは! いっぱいいた!」
背でガラス戸を押さえながら、誰へともなく鈴緒は叫ぶ。
事の薄気味悪さを理解していないらしく、ザシキワラシはまたお手玉を投げている。そしてうーん、と短くうなる。
「あたしもわかんない。でも、お化けだろうね。お顔あったし」
「正確には、ツツガムシという吸血化生だな」
凛とした声が、二人の背後から投げかけられた。思わず、鈴緒とザシキワラシは目を合わせ、続いてぐるりと振り返る。
いつの間に立っていたのか。今日は松模様の着物を着たアオネコが、毛艶の良い二足で立っていた。首に巻かれた金色の鈴が、チリンと鳴る。
「お、久しぶりです、アオネコ様」
薄気味悪い虫の襲来により、脳が飽和状態だった鈴緒は、場違いにも礼儀正しく頭を下げた。
能天気な挨拶に、アオネコはすまし顔のままであるが、耳が後方へ傾く。呆れたらしい。
「相変わらず、どこかずれてるね。挨拶している場合じゃないと思うよ。たぶん今、お前のじいさんと従者が危ないからね」
その顔のまま、淡々ととんでもない事実を突きつけて来る。
雨戸から思わず手を離し、鈴緒はアオネコへ駆け寄った。
「どうしてです! おじいちゃんと銀之介さんが、どうして危ないか!」
「庭先でツツガムシが湧き出ていただろう? ありゃ見た目通り、異界の生物だ。それ以外にも、島中で化生が騒いでいる。たぶん指輪に潜んでいた『異なる者』を始末するどころか、怒らせたんだろうよ」
鈴緒に抱き上げられ、無遠慮に揺さぶられてもアオネコは淡白だ。
短い足を、振り子のように左右させつつ、静かに彼女を見上げた。
「そこで、お前の出番なんだよ」
「あたしなんかが、助けるですか?」
「いや、むしろ、お前じゃなきゃ助けられないね」
言葉の意味を計りかね、鈴緒は困ったようにまばたきを繰り返す。緩んだ手の中で身をよじり、アオネコはスルリと床へ降りた。
「これでも化生で、神様だ。軽々しく抱っこするんじゃないよ」
「ごめんなさい」
「しかし今は、異人の血を引くお前が必要だ」
肩をちぢこませた鈴緒へ、アオネコは目を細める。猫なのに、ほれぼれするような笑みだ。
「異国の化生を調伏するには、異国の人間が適任。目には目を、ということさ」
「アオネコ、さま……」
超越的な笑みに、鈴緒はかすかに眉を寄せる。困惑と、小さな怒りが見え隠れしている。
「本当は、知っていたですか? 島をしっちゃかめっちゃかにしているの、ジンさんだって」
「買い被ってもらっちゃ困るニャー」
丸々とした手を一つ舐め、飄々と答える。
だが鈴緒の仏頂面は、ますます色濃くなる。
「アオネコ様は困ると、ニャーと言う」
アオネコは、それには答えなかった。だが耳がペタリと倒れ、尻尾がかすかに震えているので、図星らしい。
「猫であるのも、何かと大変ね」
小さな猫神へ、鈴緒は諦めたように笑う。そして蚊帳の外に置かれ、ぶんむくれているザシキワラシの頭を撫で、いっそ晴れやかに宣言する。
「おじいちゃんと銀之介さんを、助けに行きます。力を貸して下さい、アオネコ様」




