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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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24/39

24 正美と呼ばないで

 驚いて目を開ければ、障子のすき間から、女の子が顔をのぞかせていた。おかっぱ頭に、少し色褪せた着物姿の女の子だった。背丈は、鈴緒よりやや低いぐらいか。

「ひぇっ」

 裏返った声を上げて、鈴緒は慌てて身を起こした。はずみで、彼女の額が銀之介の鼻っ柱にぶつかる。勢いよく。

 声も出ずに、銀之介はそのまま畳へ横倒しとなった。

「ごめんなさい、銀之介さん!」

 額を右手でさすりながら、低くうめく彼の背中を左手でさする。

 間の抜けたやり取りをする二人を見て、女の子はまた甲高い声で笑った。

「やーい、やーい! やらしいことするから、バチが当たるんだよー。ざまあみろ、岩鬼―」

 ドカベンの親友と揶揄され、鼻を押さえたまま銀之介も起き上がる。確かに少し似ているかもしれない、と彼へ眼鏡を返しながら、鈴緒も胸中で納得した。


「ザシキワラシさん。人の濡れ場をのぞくもんじゃありません」

 銀之介の反論には、色々と言いたいことがあったが。

「この子が、ザシキワラジさんですか? 牧音さんが追いかけていた?」

 まず食いつくべきは、女の子の名前であった。まじまじと見るも、服装をのぞけば、その辺りの子どもと大差ない。

 しかし銀之介は、一つうなずいて肯定。続いて人差し指を立て、いつかのごとく教え子を諭すような口調となる。

「ワラジじゃなくて、ワラシですね」

「ザシキ、ワラシさんか?」

 復唱すれば、満足げな笑みが浮かべられた。

「はい、よくできました。子どもの魂から生まれた、と言われる化生ですね。見た目も中身も……この通りでして。異界から連れ戻して、正気に戻してもこの有様です」

 説明しながら、徐々に肩を落とす。鈴緒をからかっていた時には見受けられなかった疲労が、その岩鬼面に浮かんでいる。なかなか、この化生の女児に振り回されているらしい。


 銀之介が哀れに思え、鈴緒は出来る限り怖い顔でザシキワラシを見据える。

「お兄さんを困らせるの、だめですっ」

 めっと叱るも、着物の袂を振り回し、ザシキワラシは平然としている。

「こわくないもーん、平ら胸のお姉ちゃんなんか!」

「たッ?」

 目を白黒させながらも、鈴緒は咄嗟に、胸の前で腕を交差させる。

 肩を落としていた銀之介が、ゆるゆると顔を持ち上げた。腕で隠された、鈴緒の胸元へ視線を移す。続いてしみじみと、自分の手を見下ろした。

「うん、確かに小さかった」

「ひどい!」

 どこか感慨深げな声音で呟かれ、鈴緒は涙混じりに怒鳴った。

 ヒステリックにがなる彼女へ、ザシキワラシが追撃する。小さな指で鈴緒を指さし、飛び跳ねて嘲笑した。

「やーい、胸平ら、ムネ・タイラー! エアロ・スミスのボーカルの娘!」

 意外に博識である化生へ驚くと同時に、岩鬼以上に貶められている気がした。

あなたたち、最低ッユー・アー・ザ・ピッツ!」

 鈴緒は赤い糸を繰り、自分を指さすザシキワラシの腕を捻り上げ、ついでに銀之介も締め上げようとした。


 だが、途中で頭を殴打されたような痛みが訪れ、額を押さえて思わずうずくまる。

 シトリ糸はぶつ切りになって消えた。靄となって消えゆく糸へ目もくれず、銀之介は鈴緒を抱え起こす。

「無理しないで下さい。異界では、ずいぶんと頑張られたんでしょう?」

「はい、でもあなたも悪い」

「ですね。すみません、浮かれていました」

 からかいは鳴りを潜め、銀之介は苦々しさの混じった表情を浮かべている。心配してくれている事実は、頭痛を吹き飛ばしてはくれないものの、束の間忘れさせてくれる程に嬉しかった。


 根っこが子供であるザシキワラシも、銀之介の肩越しに鈴緒をのぞきこむ。あどけない顔立ちは、間近に見ても人の子と大差なかった。

「お姉ちゃんは、病気だったの? うるさくしてごめんね」

「大丈夫、疲れているだけ。寝れば元気です」

 シュンとなった化生へ笑い返し、鈴緒は彼女を追いかけていた二人組を思い出す。

「牧音さんと繰生さんは? 元気ですか?」

 銀之介へ問えば、なんとも渋い顔で見下ろされた。

「はい、殺してもくたばらない程に。ザシキワラシさんの家主さんへ報告すると、先に自宅へ帰りましたよ」

 どうやら彼は、二人──というか牧音が苦手あるいは嫌い、らしい。どちらも我が強いためだろう、と鈴緒は分析した。

 それを口に出す代わりに、穏やかな声で彼女の功績を語る。

「牧音さんと繰生さんに、とても助けてもらいました。ありがとう、言いたいです」

「ああ、繰生君から聞きましたよ。鈴緒さんも、大活躍だったそうですね」

「ううん。最初は何も出来なくて、牧音さんのお守り石なければ、オダブツでした」

 冗談めかして肩をすくめる。


 しかし、銀之介が固まった。

 眼鏡の奥の目は、困惑するように少し揺れていた。

「……お守り石?」

 沈黙の末、彼が絞り出した問いは、これだった。

 驚く理由が分からず、鈴緒も戸惑いつつ首肯する。

「はい。ツチグモを、跳ね飛ばしてくれました」

「お守り石に、そんな力はありません」

 金剛石のような声音で、きっぱりと否定された。

「持ち主を化生から隠したり、危険を知らせたり……お守り石に出来ることは、その程度のものです。そもそも牧音さんは、お守り石を持っていないはずです」

 鈴緒は混乱した。痛みでうずく額をさすりつつ、おろおろと視線を彷徨わせる。

「だけど、牧音さんは、指輪を呼んでました。お守り石と」

 事実その指輪に、助けられたのだ。

 彼女と同じように、銀之介も混乱している様子だった。落ち着かない様子で、頑健な顎を撫でた。


 そして自分の肩につかまる、ザシキワラシを見た。

「ああ、そうか……アガシオンか……」

 きょとんとする化生を見下ろしたまま、銀之介はぼんやりと、呪文のような言葉を口にした。

「どうしました?」

 鈴緒も、どこか上の空の彼をのぞきこんだ。

 目が合うや否や、大きな両手で肩を掴まれる。

「その指輪ですよ」

「えっ? です、とは?」

「『異なる者』の正体が、その指輪なんですよ。それならば、彼女が家から逃げ出した理由も分かる!」

 銀之介が指さしたのは、ザシキワラシ。きょとん、と小さな頭を傾けている。

 彼女は、牧音の隣家に宿る存在だ。

 記憶の中にある島内地図を思い返し、鈴緒もあ、と声を上げる。

 化生が狂った一帯には、二軒の「日向」が隣接していた。

 一軒はここ、本家。

 そしてもう一軒は、牧音の家だ。

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