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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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23/39

23 待っていた人

「でも俺は、嘘を言ってませんよ。『好きな子にあげた』と、言っただけですから」

 上半身を起こそうとする鈴緒を支えながら、銀之介はそううそぶいた。背に回された温度に、鼓動が少し早まる。

 だが、彼の返答は鈴緒の身を固くした。声音も石となる。

「やはり、ヘンタイのロリコンさん?」

 疑惑の目を、銀之介は笑い飛ばす。

「違いますよ。当時の鈴緒さんは妹分というか……いや、振り回されっぱなしだったから、むしろお姫様かな? とにかく手のかかる子どもで。その割に、妙に懐いてくれて。あれでも俺なりに、可愛がってたんです」

 てらいもなく言われ、鈴緒は赤い顔でうつむいた。

 それをからかうことなく、銀之介も視線を落とす。

「だからこそ、申し訳なかったんです。約束を破ったことが」

「やくそく、やぶった?」

「はい。迎えに行くと言ったくせに、結局何も出来なくて」

 冗談交じりの口調だったが、表情はやや強張っていた。


 この告白に、鈴緒の喉はぐっと詰まった。罪悪感が芽生える。

 彼女は両親と共に、各地を飛び回っていたのだ。迎えに行く方が、困難というもの。

 そもそも自分は、彼のことをきれいさっぱり忘れ去っていたのだ。

 土下座をして謝る代わりに、ぶんぶんと頭を振る。

「銀之介さん、悪くない! あたしは、ずっと、あなたのこと、思い出せなく、て」

 徐々に失速する言葉に、銀之介も顔を持ち上げ、かすかに苦笑する。

「それでいいって、俺と金次郎さんで決めたんですよ」

「どうして」

「島での思い出には、嫌なことも多かったはずですから。そうでしょう?」

「……ん」

 否定は出来なかった。

 思い返してみれば、鈴緒は小さな頃、この島で泣いてばかりだった。

 いじめっ子に泣かされたり、化生に怯えたり。ろくでもない思い出も、確かに山ほど残っている。


 二人の優しさも、的外れではない。

「だけど、言ってほしかったよ。銀之介さんは、約束守って、たくさんお洋服作っていた」

「俺は、お守り石をずっと持ってくれていただけで十分です」

 ふてくされて反論すれば、温かい声音で返される。

 鈴緒にとっては、破壊力が底知れない声だ。再び倒れそうになりつつも、歯を食いしばって耐える。


 そして、どうしても告げたかった最後の言葉を口にする。

「あとね。あなたを嘘つきと言ったけど、半分は嘘」

「嘘つきと言ったのが嘘ですか。何だかややこしいですね」

 ニヤリと茶化され、また頬を膨らませる。

うるさい(シャット・アップ)! 銀之介さんは、約束守る、立派な人だと言いたい!」

「俺が?」

「そう。だって、迎えに来てくれたから。いつも、港でも、異界でも──」


 目一杯の感謝を口にしたのに、最後まで言わせてもらえなかった。

 銀之介の腕が背中だけでなく、体の前面にも回された。

 要は抱きしめられたのだ。

 状況について行けず、頭が真っ白になっていると、視界がぐるりと揺れた。

 抱きしめられただけでは済まずに、布団に押し倒されていた。


 覆いかぶさって来た彼は、鈴緒の両側に肘をついていた。まるで檻だ。

 かつてない至近距離にいる銀之介に、鈴緒は貞操よりも命の危険を感じた。心臓が負荷に耐えられず、爆発するのではないか、と回らない頭で危惧する。

 だが幸いにして、心臓は過負荷に耐え、ドッコドッコと血を巡らせてくれていた。

 おかげで鈴緒も、慌てながら反論出来た。

「なっ、何するかぁ!」

「すみません、色々とこみ上げてしまって」

「こみ上げても、飲め! そして今、まだ明るい!」

「じゃあ、暗かったら大丈夫ですか?」

 いつになく、銀之介は食い下がって来る。

 更に、鈴緒はその問いへ答えられなかった。暗くても駄目、と言い切れない自分が少々情けない。

 彼女の迷いを嗅ぎ取ったのか。銀之介の猛禽類の目に、強い光が宿る。

 爛々とした眼差しのまま、口調だけは努めて静かに問いかけた。

「それなら今は、どこまでだったら許してくれます?」

「うぁ……それは、だって、あたし、」

 意味をなさない単語を呟き呟き、最後に鈴緒はやけっぱちで叫ぶ。

「銀之介さんは、ひどいヘンタイ!」

「否定はしませんよ。着せ替え趣味もありますし」

困った(オゥ・シュート)、ほんとにヘンタイだ……ふわっ! どこ触ってるか!」

 もぞもぞと動いた手を、鈴緒は素早く叩き落とした。しかし銀之介に、反省の色は皆無。

「どこって、おっ──」

 飄々とのたまおうとした口を、鈴緒は全力で塞ぐ。

「言うな! 恥知らずのロリコンめ、どうしてこうなったのだ!」

 本当に、どうしてこんな成長を遂げたのか。過去を知る立場としては、無性に泣けてくる。

「孤独な少年時代のお陰で、根性がねじれたのかもしれませんね」

 鈴緒の細い指をほどきながら、銀之介はしみじみと、どこか他人事のように答えた。

 悪びれない態度がなかなか憎たらしく、鈴緒は頬をむくらせて指を、今度は眼鏡へ伸ばした。


 細身のノンフレーム眼鏡を、さっとかすめ取る。

「あ、こら。何するんです」

 さすがの彼も、少し不機嫌顔となった。本当に目が悪いらしく、眼鏡の度数はきつかった。レンズ越しに部屋を眺め、鈴緒はくらくらと眩暈を覚える。

 眼鏡から視線を外し、目の前の銀之介を見つめる。思えば、裸眼の彼と見つめ合うのは、これが再会以来初めてだ。

 眼鏡を取られて少々困り気味の銀之介へ、小さく笑い返す。

「目と、それから、口ね」

「うん?」

 首をひねった彼の顔へ、空いた手を伸ばした。目じりと、そして口元をそっと撫でる。

「小さい頃と、同じね」

 くすぐったそうな笑みが、返って来た。

「そうですか。鈴緒さんは、あまり変わってないですよ」

「どうせ、子供の顔です」

「だけど綺麗になりました」

 額を突き合わせて告げられた言葉に、鈴緒は眼鏡をポロリと落とした。

 顔は、湯気が沸き上がらん勢いで、赤く染まる。

「嘘だ」

「本当ですよ。港で再会した時、びっくりしましたから」

 クツクツと笑う彼の鷲鼻が、鈴緒の小さな鼻とこすれ合う。

 熱を伴った眼差しを直視することに耐え切れなくなり、鈴緒は目を閉じた。

 かすかに震える桜色の唇に、温かい吐息が重なる。

 嫌悪感や不快感は、みじんもなかった。


「うわー、やだー! やらしいんだー!」

 だが甲高い声が、その続きを邪魔した。

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