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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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20/39

20 突貫工事の共同作業

 ツチグモの存在感に怖気づいた鈴緒の前へ、牧音と繰生が躍り出る。

「繰生!」

「合点承知ノ介でさぁ!」

 鋭く叫ぶと共に、牧音が光る何かを投げる。それを能天気に、繰生が受け取った。

 投げられたものは、指輪だった。大きな赤石が中央にはめられた、古めかしい意匠のものだ。

 ツチグモが人面樹から飛び降りると同時に、繰生が指輪を小指へはめる。

 そして大きく踏み出し、その手をツチグモへかざした。


 ツチグモは手近な繰生へ、まず牙を剥けた。だが彼へ肉薄した途端にバチンッ、と大きな破裂音がした。

 黒い光が、化生の巨大な顎を跳ね返した音だった。

 巨体は勢いよく跳ね返され、後方へ一回転した。

 霧の黄色すら飲み込む黒い輝きに、鈴緒はただただポカンとなる。

「あの指輪、お守り石がはまってんだよ」

 腰を抜かす鈴緒へ、牧音が言葉少なに解説した。しながら、ジャージのジップを降ろす。

 黒いジャージが翻り、牧音の引き締まった体に巻き付く、革製のサスペンダーが見えた。

 そのサスペンダーには、軍人よろしくナイフが装着されていた。手慣れた動作で、彼女はそれを抜き放つ。

「ほらほらぁ! 来いよ、化け物。日向家伝来のお守り刀で、お前を賽の目にしてやるよ!」

 ナイフではなく小刀──らしい──をちらつかせて舌なめずりする牧音は、彼女への苦手意識を除外しても悪人にしか見えない。それも、かなりクレイジーな。

「相変わらず、チンピラみたいだなぁ。お父さんが見たら、泣いちゃうんじゃない?」

 あっはっは、と笑い、繰生がそれを代弁する。しかし彼も指輪をかざしつつ、ポケットにねじこんでいたお札を素早く抜き取る。


 お札の一枚が、投げられる。それは矢のごとく、一直線にツチグモ目がけて飛んだ。

 いつかのヤマノモノのように、お札を貼られたツチグモは悶絶した。

 そこへ小刀を構えた牧音が接近する。距離を詰めつつ、ツチグモの動きを読み、長い脚をかわしながら一閃した。

 白く光る刃が、虎模様を斬った。しかし、いかんせん刃渡りが短い。何より、ツチグモが大きい。微々たる一撃だった。

 素早い足さばきで再び距離を取り、牧音も舌打ちをする。

「日本刀どころか、薙刀でも持ってくりゃ良かったよ。こんなデカブツ相手じゃ、割に合わない」

 痛いじゃないか、程度のリアクションしか取っていないツチグモへ毒づきつつ、更に後退する。


 だが、彼女は再び顔をしかめた。全身を走る違和感に、ようやく気付いた。

 さっと顔を四方へ振り、ますます牧音は顔を強張らせる。

 彼女の全身に、赤い糸が結び付けられていた。

「何しやがんだよ、ロンドン野郎!」

 糸の出所である鈴緒へ、唾を飛ばして怒鳴りつける。


 震える足を叱咤しながら、鈴緒は彼女のすぐ後ろに立っていた。両手の先から発現させた糸を引き絞り、自身も声を絞り出す。

「あたしが、助太刀です。牧音さんの、お助けです」

「は? 生まれたての鹿みたいな足して、何言ってんの? 余計なことすんじゃ──」

「慣れてます! 手数で攻めるキャラを、何度も使ってるのだ!」

 声を張った鈴緒へ、牧音も呆気に取られる。

「キャラって……これは、現実なんだけど」

「大丈夫! 最近のゲーム、性能すごい!」

 やや斜め上方の反論と共に、鈴緒が両手で大きく円を描く。

 途端、牧音が跳んだ。

「うぎゃあああ!」

 美少女面に似つかわしくない悲鳴を上げる彼女だったが、その身体だけは雄々しく動く。

 跳躍し、ツチグモの顔面へ着地し、その目を刺す。

 表皮を斬られた時の比ではない悲鳴が、ツチグモからも上がる。

 痛みに暴れる化生から、鈴緒操る牧音は再び大きな跳躍で離脱した。目から体液を流し、痛みと怒りに任せてツチグモが、彼女を追撃する。

 牧音は軽やかに後転して避ける。

 この間に、繰生が再びお札を投げつける。

 お札で再び痺れた身体を、くるくると舞う牧音が斬り、そして刺す。関節部を的確に狙い、徐々にツチグモの動きを縛り付けて行く。


「うわー、牧音ちゃんが忍者みたい」

 鈴緒の元へツチグモが来ないよう指輪をかざし、繰生が呑気に感動した。

 全神経を最大まで稼働させ、鈴緒も牧音を操る。体格の違い故か、銀之介と違いフワフワと浮ついた操作感があった。それに引きずられないよう、指先に全てを注ぎ込む。玉の汗が、白い額に浮いていた。

 いつしか、足の震えも消え去っていた。

「牧音さんは、一姫に似ている」

 吐息と一緒にこぼれ出た呟きに、繰生がにんまりと笑った。

「あー、『ファイターズ・クロニクル』だよね? 僕も好きなんだー。一姫って、手数が多いから強いよね」

さすがです(グッド・フォー・ユー)! あたしも一姫に、いつも困ってます!」

「そうそう。対戦とかで使われると、また厄介なんだ」

「ハメ技多い、とても困りますね」

「ねー」

 思わぬところで同志を見つけ、鈴緒は汗だくで笑った。


「ふざけんなよぉ! 何のんきにしゃべくってんだよ、コラァ!」

 しかし、前線で飛び跳ねている牧音が激怒した。それはそうだろう。彼女は短い刃で、ツチグモの顎と競り合っているのだから。

「こっちはさっきから、何度も死期を悟ってんだよぉ! もっと真面目に戦え、ロンドン! 繰生!」

「ごっ、めんなさい!」

「ごめーん」

 委縮した鈴緒と、能天気に頭をかく繰生が、異口同音に謝る。

 しかし謝りつつも鈴緒は休むことなく両手をひらめかせ、そしてツチグモを見事にいなした。

 大きく左右に開いたツチグモの顎が、空振りする。化生の視線が逸れた隙に、牧音の体が軽やかに旋回した。

 勢いを付けての一斬りは、ツチグモの脚を一本切断した。

 薄緑色の体液が、スプリンクラーのように吹き出す。

「オゥ……」

「うわ、汚い!」

 顔をしかめた鈴緒の支配が揺らぎ、牧音は悪態を付きながら、自主的に飛び退った。


 その間に、バランスの崩れた身体を揺らし、ツチグモが痛みにうごめく。

 だが、動きが途中で止まった。

 鈴緒たちへ背を向ける形に方向転換するや否や、残った七本の脚を素早く動かす。

 そしてそのまま、逃走した。思わず、少年少女たちは声を上げた。

「えー、まだ動けるの? もう止めようよー」

「どんだけタフなんだよ! おいコラ、待てぇ!」

 うんざりしている繰生を引っ立て、相変わらず口の悪い牧音がそれを追う。

「牧音さんも、とても頑丈……」

 小さな声で鈴緒もぼやき、二人を慌てて追いかける。長い時間糸を使い続けていたためか、全身が汗だくである上に重い。

 しかし二人に置いて行かれる恐怖が先行し、足を叱咤して走る。

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