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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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19/39

19 一時休戦、と開戦

 霧の向こうから、繰生も現われた。こちらは緑色の、「玉依中学」と書かれたジャージを着ている。恐ろしいまでに、その着古された上下のジャージが似合っていた。

 牧音の舎弟である彼が、異界にいたところで不思議はない。

 しかし繰生の方は、鈴緒を見下ろし、のんきな顔を仰天させていた。

「あれ? ザシキワラシを捕まえたんじゃなかったの?」

「見間違えた。こいつと、ザシキワラシのシルエットが似てるから悪いんだ」

 腕組みする牧音は、舌打ちしかねない勢いで鈴緒を睥睨する。


 二人によると、隣家に宿っていたザシキワラシが逃げたため、異界まで追いかけて来たらしい。

 へたりこんだまま、鈴緒は呆けた面をさらしてその説明を聞く。

 彼女の間抜け顔に気勢を削がれたのか、牧音は面倒臭そうに手を振った。

「あっちに行きゃ、鏡に通じる道がある。どうせうっかり迷い込んだクチだろ? あんたは帰れ、さっさと帰れ」

 凛々しい眉毛を更に寄せて、しっしと鈴緒をあしらう。

「牧音ちゃん。犬じゃないんだから」

 繰生もなだめつつ、鈴緒へ帰還をうながす。

「早く帰った方がいいと、僕も思うよ。現世の状況は分からないけど、金次郎さんたちが心配してるだろうしさ」

「あんたの子分のロリコン野郎も、メソメソしてんじゃない?」

 ふん、と鼻息荒く牧音も吐き捨てる。

 酷い言われようであるが、あながち間違いでもないため、反論は控えた。


 代わりに、ふとした疑問が口をつく。

「あの、ザシキワラシ、とは何ですか?」

「はぁっ?」

 大きな猫目を更にひん剥いて、牧音が驚く。次いで、すうと息を吸いこんだ。

 息は、怒声となって吐き出される。

「あんた、マジで馬鹿かァッ! 日本の化生で、一、二を争って有名だろうがよぉ! 守り人の座にあぐらかいて、勉強してないってか? 困ったら、ロリコンに訊きゃいいってか? もしくはじい様に泣きつくワケか? ちょっとは自分で調べろよぉ! この、都会育ちのモヤシ野郎!」

 怒涛のマシンガン罵声だ。

 しかし口調こそ荒いものの、今の台詞は至極正論。非は鈴緒にある。

 そして何より、異界においては牧音の罵倒の方が、安全だ。


 むしろ、まだ正気のまま生きているのだと、ほっとする。

「ごめんなさい、勉強を怠けてるです」

 教室で目が合う時よりも素直かつ、気負いなく彼女に謝ることができた。

「まあ、反省してるなら、いいんだけど?」

 思う存分言ってスッキリしたのか、牧音は案外すぐ沈静化した。以前に繰生が言っていた通り、怒りを溜めずに放出して、あっさり忘れる性質らしい。


 さっさと気分を切り替えた彼女は、よどみない口調で鈴緒へ講釈を垂れる。

「じゃあ特別に、今回だけ教えてやるよ。ザシキワラシは、ガキの姿した福の神。あんたの国にも、家に住み着く妖精がいるでしょ?」

「ブラウニーですか?」

「それ。それと似たようなもん。まあ見た目は、オカッパ頭でちょうど、あんたみたいな背格好なんだけど……ほんと、紛らわしい」

 最後は恨めしげにぼやき、牧音は艶やかな黒髪をかきあげた。そして、繰生へ目配せする。繰生も素早くうなずき返す。

「逃げ出して、もう結構時間が経ってるね」

「チビなくせに、足が速いな。今度は川向こうを探すよ」

「うん、分かった」

 言葉少なに意思疎通する二人を、ぼんやりと見送りかけて。


 先ほどの化け物を思い出した。

 青ざめて震えながら、今にも走り出そうとする牧音のジャージを、咄嗟に引っ張った。

 掴まれた牧音は、心底うっとうしそうに彼女を見下ろす。

「何? 帰りは向こうだって、言っただろ?」

「ちがっ、こっ、ここ、危ない! とても危険、追わらるる!」

 相手が牧音な上に焦っていたため、いつも以上に日本語が混乱していた。

「……何が言いたいか、全然分からないんだけど。あんた、マジで日本語勉強した方がいいんじゃない?」

 哀れみの混じった表情でそう言って、牧音は鈴緒の腕も振り払う。

 ぞんざいに扱われつつ、鈴緒も食い下がった。

「でもっ、本当なんです! 怖いです!」

「あー、あー、うるさいんだよぉ! 異界が危険なことぐらい、知ってるに決まってるだろうがよ!」

 真っ直ぐな髪をかき回し、及び腰で訴える鈴緒に反論する牧音。


 こんな時、仲裁するのが繰生の役目である。

 少女二人を交互に見ながら、人の好い顔を呆れ顔に変えた。続いて二人の間へ、割って入ろうとする。

 その彼の頭に、小さな何かが落ちてきた。

 つまみあげたそれは、葉っぱだった。

 形こそよくある広葉樹のそれだが、色はやはり紫色。

 おまけに、人の顔を思わせる薄気味悪い模様があった。

 その模様が揺れた。ニヤリ、と笑いかけてきたような気がした。

「うへぇ! 気持ち悪いなぁ」

 口論そっちのけでうめき、繰生は慌てて落ち葉を捨てる。

 だがその間にも、葉はパラパラと周囲に降り注ぐ。まるで、誰かが木に登って揺らしているように。

「ん? なに、落葉?」

 牧音もかすかな異変に気付いて、鈴緒と同時に上を見た。

 そして、二人してあんぐりと固まる。


 虎模様の巨大蜘蛛が、長い脚で器用に樹木へ絡みついていた。

いい加減にしてよ(イナフ・イズ・イナフ)……逃げたと思えたのに……」

「はぁっ? ツチグモに目つけられてたのかよ、あんた!」

 鈴緒の震える声に、牧音が噛みつく。

「人間に化けては騙して食らいつく、とんでもない悪食なんだよ! なんて野郎を連れて来たんだよ、出来損ないロンドン野郎!」

 ツチグモとは何ですか、と再び問いかける前に、繰生を盾にしながら牧音がまくし立ててくれた。

 ガサガサと木から降りてくるツチグモに腰を抜かしながらも、鈴緒は少し感謝していた。

 それにしても、出来損ないロンドンとは何なのか。

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