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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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18/39

18 答えをかくす人

 今の声は、幻聴だろうか。

 疑心暗鬼になりながらも、その呼びかけにしがみつく。

 細い両腕で体を抱きしめて、四方を見渡した。

「銀之介、さん?」

 震える声で呼び返した。

 煙る黄色い霧の奥に、見慣れた長身が見え隠れした。もう一度、鈴緒は彼の名前を呼んだ。強い語調で。

「銀之介さん!」

「よかった、ご無事で」

 霧を割りながら、銀之介が姿を見せた。腰が抜けそうな程、鈴緒は安堵する。


 はらはらと涙をこぼす彼女へ、銀之介は微笑んで身を屈める。

「心配いたしました、本当に」

「ごめんなさい」

「鈴緒さんがご無事なら、それで十分です」

 更に笑みを強くして、彼は身を起こした。そして鈴緒へ、手を差し出す。

「さあ、一緒に帰りましょう」

「ん……」

 うなずきかけて、鈴緒はふと動きを止めた。彼へ向けて伸ばしかけた腕を、引っ込める。

「銀之介、さん」

「はい、どうされました?」

 問いかければ、静かな微笑でうなずき返される。口元だけを緩めた笑みは、絵に描いたように穏やかかつ紳士的だ。

 それ故、酷く生気に乏しい。

 腹の底が見えない表情を、鈴緒は涙を拭って見据えた。

「あなたのお守り石は、誰にあげましたか?」

「どうして、そのようなことをお訊きになるのです?」

「どうしても。教えてください」

「お教えしても仕方ありません。鈴緒さんが、ご存知ない方ですから」

「違う」

 穏やかな笑顔を、きっぱりとした声が遮った。

 鈴緒の表情には、冷たさと警戒心が浮かんでいる。

「あげた人、誰なのか分かる。あたしには分かる、思い出したから……あなたも覚えているはずです、本物の銀之介さんなら」

 にらまれながらも、銀之介は笑顔だった。人間味に欠ける笑みのまま、ぎこちない動作で首を傾げた。

「どうして、俺が本物ではないと思うのでしょうか?」

「お前はだまされると思ったか? 怖い顔しているのに」

 きつく問い返せば、銀之介に似た者は黙り込んだ。

 それでも変化しない笑みは、不気味だ。鈴緒も無意識に息を止め、両手へ赤い糸を発現させる。


 男の笑顔が、やにわに崩れた。

 いや、彼の体そのものが、真っ二つに割れた。見えない手で引っ張られたように、左右に裂ける。

 悪夢でしかない光景に、鈴緒の口からは、飲み切れなかった悲鳴が飛び出る。

 薄皮のように引き裂かれた彼の内側から、長い八本の脚が伸び出て来た。


 偽りの銀之介の正体は、巨大な虎模様のクモだった。模様にふさわしく、大型肉食獣ほどの大きさを有している。

 鈴緒に化生の知識があれば、ツチグモという名称が脳裏に浮かんだろうが、無理を言ってはいけない。

おええーっ(ヤァック)!」

 超の付く虫嫌いである彼女にとっては、ぶっ倒れなかっただけでも勲章ものだ。

 体躯に見合った、大きな顎から濁ったよだれを垂れ流し、クモは咆哮する。

 その雄叫びを合図に、鈴緒は回れ右をして、逃げた。

 喧嘩を売ったものの、一人で勝てる気がしない。逃げ道はおろか、何もかもが分からないが、とにかくがむしゃらに走る。


 はふはふと息を切らしながら、心中で銀之介と、そして金次郎の名前を連呼する。

 助けて(ヘルプ)助けて(ヘルプ)助けて(ヘルプ)

 泣いて走って喘ぐ彼女へ、何かが併走した。

 だが、鈴緒にそれを察知する余力はない。


 十数秒の併走の後、その影は鈴緒へ飛び付いた。

 タックルされた彼女は、走り疲れた足をもつれさせ、うごめく草地へ転倒する。

 二転三転しながら、鈴緒はやたらめったらに手を動かす。

「イヤアア!」

「イヤアじゃないよ、うるさいな!」

 その大暴れを、ハスキーボイスがぴしゃりと抑えつけた。

 我に返り、鈴緒もしばし動きを止める。そして、自分に馬乗りする影改め、美少女を見上げた。

「あなたは牧音さん、でしょうか?」

「牧音さんに決まってるだろ」

 猫目の美少女は、黒いジャージすら華麗に着こなして、フンと息を吐く。

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