表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/39

15 ピエロのサウダージ

 個人的に散々な心境で出向いたというのに、国富夫人は冷たかった。

「外人の方に、守り人が務まるのですか?」

 玄関に現れた鈴緒を見るなり、着物で口元を隠しながら、ぼそりと呟く。

 外人、という響きに、これでも半分日本人の鈴緒は跳ね返されそうになった。

 表面上は自分を受け入れた分家とも、腫れ物扱いする学校の面々とも違う、明確な嫌悪感だ。私怨混じりに怒鳴りつけてくる牧音の方が、まだ可愛らしい。


 いつかの博物館のように、鈴緒の足は玄関の外へと動き出したが、寸前で留める。

 隣には、鈴緒に代わって怖い顔で国富夫人を見下ろす、銀之介もいる。廊下より下段の三和土にいるというのに、それでも夫人より上背があるのだから恐ろしい。

 それに、誇らしげな顔で自分を見送ってくれた、祖父を思い返す。

 串間青年の際には、鈴緒を蚊帳の外に置こうとしたのに、今日は頼ってくれた。

 孫を信頼してくれているのだ。

 祖父の気持ちに応えたい、と鈴緒は踏ん張って笑顔をひねり出す。

「祖父から、話も聞いてます。お人形さんのところへ、案内下さい」

「嫌ね、あなた。日本語大丈夫なの?」

「だ、いじょぶです」

 臭いものでも見るような目に怯みつつも、ひくついた笑みで返した。


 そこへ、鷹の目になった銀之介が追撃する。

「ご心配なく。鈴緒さんは奥さんが、差別感情から『外人』と仰ったことも理解していますよ」

「さっ……私は、そんな、差別という……」

 きつく結った髪がはらりと一束流れ、国富夫人は真っ赤になった。

「それで、人形はどちらへ?」

 焦る夫人へ、いっそ冴え冴えとした声音で、銀之介は畳み掛ける。

 うつむいた国富夫人は、指先で廊下中央の扉を指さした。

「もう、あなたたちで構わないから。さっさとどうにかして頂戴」

「それではお言葉に甘えて」

 どこか空々しい笑顔を返し、銀之介は鈴緒の手を取って廊下へ上がった。


 怯えた目で夫人の横を通り過ぎた彼女へ、そっと耳打ちする。

「息子さんがお嫁さんの言いなりになって、海外で結婚式をしたものだから、異様に外国嫌いなんですよ」

「嫌いの気持ちは、息子さんとお嫁さんに言うべきです」

 八つ当たりもいいところである差別感情に、鈴緒も顔をしかめる。銀之介も小さく笑った。

「これが日本の伝統、嫁姑問題ですよ」

「そんな伝統、ポイだ」

「同感です」

 しみじみとうなずいた銀之介が、すりガラスのはめ込まれた扉の前に立つ。

 扉には化生避けのお札が、びっしりと貼りつけられていた。

 それらを二人がかりではがし、ノブを回す。


 そして、扉を開いた。

「化生が狂い、暴れている」という話とは異なり、室内はしんとしていた。

 遮光カーテンによって日差しも遮られ、むしろ冷え冷えとした空気が漂っている。

 涼やかな空気に反し、中は猥雑としている。衣装ケースや段ボール等が散乱しており、どうやら物置部屋らしい。

 まず銀之介が、続いて鈴緒が、半分だけ開いた扉より体を滑り込ませた。

 この間にも、異変は見当たらなかった。ごちゃごちゃとした室内をぐるりと見て、鈴緒も小首をかしげる。

「お人形さん、いない──」

「オレサマ、オ前、マルカブリィィィ!」

 出し抜けに、奇声が聞こえた。しかも、すぐ足元からだった。

 慌てて視線を落とせば、赤い服を着たピエロの人形がそばに立っていた。そして鈴緒の足に飛び付き、頬ずりをする。

「ムシャァァァブリツクゼェェェ! モチモチオ肌ニィィ!」

「ひゃぅっ、やっ、何これ(ブラディー・ヘル)!」

 恐怖心と羞恥心がごちゃ混ぜになり、鈴緒も奇声を上げて足を振る。しかし木製の両手両足で、ピエロ人形はがっしりとしがみついたままだ。ガラス製の目をぎらつかせ、真っ赤に塗られた口の奥から、尖った歯を見せる。

「マルカブリ! マルカブリィィ!」

「いい加減にしなさい!」

 鈴緒の太ももへ噛みつかんとするピエロの頭頂部に、銀之介の拳骨がめり込んだ。手慣れたものである。

 殴られた拍子に、ピエロは転げ落ちた。一度床を跳ねたところを、鈴緒の赤い糸が捕捉する。

「あなた、とてもハレンチ!」

「グェッ」

 真っ赤な顔で憤慨する鈴緒の、真っ赤な糸でグルグル巻きに締め上げられ、ピエロはうめく。

 しかし、フーフーと唸る鈴緒は止まらない。すぐさま糸を切り離し、新たに出現させたものを 銀之介の腕へ絡みつけた。

 腕は彼の胸の前で交差される。もはや恒例となっているが、両手は光っていた。

 床を飛び跳ねるピエロ目がけ、交差した腕から青白い雷球が撃ち込まれた。

「必殺、ツイン・スパークス!」

 諦念の顔をする銀之介の背後で、鈴緒が技名を叫ぶ。これも恒例であった。

 守り人の仕置きを受けたピエロは、ガラスの目玉を裏返し、ぐったりと倒れた。


 仁王立ちの銀之介に半ば隠れつつ、鈴緒は動かなくなった人形を観察した。

 威力の低い、いわゆる飛び道具を選んだ。人形の破壊にまでは至っていない、はずだ。

 居心地悪く数分の時を過ごすと、頭を振って人形は小さくうめいた。

「ウウ……痛イ、体モ痺レテイル……ウールノ髪モ、ボサボサダゼ」

 カタコトのままであるものの、意味を成す言葉を発した。二人はホッとする。

「ピエロさん、気分はいかがですか?」

 安直な名前で呼びかけ、銀之介が人形のそばに膝を付く。

「ヨウ、銀ノ字。オレニハ、ペニーワイズッテ名前ガアルンダケドナ」

 不機嫌そうにピエロ人形は応じたが、暴れる気配は微塵もない。むしろ、どうして自分が糸巻きにされているのか、不思議そうな表情を浮かべている。


 表情が変わる人形に、鈴緒はやや面食らった。

 この程度には慣れっこである銀之介が、かいつまんで事情を説明する。

 曰く、島に潜む怪しい気配によって、化生たちが暴れていること。

 加えてペニーワイズも、同じように狂ってしまったこと。

「アア、頭ガ痛イト思ッタラ、ソウイウコトダッタノカ……」

「いえ、頭は俺がやりました。グーで」

 うなだれるペニーワイズへ、銀之介はにやりと訂正を入れる。当然、ペニーワイズはぐるぐる巻きのまま暴れた。

「丁重ニ扱エヨ! オレハコレデモ、アンティーク品ナンダゾ!」

「はいはい、ごめんなさーい」

 甲高い罵声を受け流しながら、銀之介は軌道修正を図る。

「ところで理性を失う前に、妙なものを見かけたりしませんでしたか?」

「妙ト言エバ……ソウソウ。ババアガ昨日、酒屋ノ次男坊ト房中術ヲ極メヤガッテヨ」

「あ、そういう生々しいのは結構です。女の子もいますので」

「オット、色男ノオレトシタコトガ」

「それから鈴緒さん。房中術の意味は、調べなくてもいいですから」

 携帯端末を取り出していた鈴緒を、いつになく険しい表情の銀之介が遮る。

 きょとん、と鈴緒は緑の目をまたたく。

「どうして?」

どうしても(ノー・リーズン)

「分かりました……」

 英語でもきっぱりと拒まれて、鈴緒はしょんぼりした。


「世ノ中ニハ、知ラナイ方ガ良イコトモアルノサ、オ嬢チャン」

 訳知り顔で彼女をなだめたペニーワイズが、ふと天井をあおいだ。いや、遮光カーテン越しに外をにらむ。

 ガラスの目玉には、警戒の色が見えた。

「ソウダ……時々、外カラ匂ッテ来テタンダ。変ナ匂イガヨ」

 ガチガチと歯を鳴らす彼へ、鈴緒と銀之介は詰め寄る。

「その匂いが、よそ者か?」

「どんな奴です? 外見は?」

 目の色を変えた二人とは対照的に、床を転がるペニーワイズは冷静かつ皮肉っぽい。

「ンナコト、分カルワケナイダロ。オレハ人形。ンデモッテ、ココニ放リコマレテンダ」

 そりゃそうだ、と肩を落とした鈴緒と銀之介へ、「デモヨ」とペニーワイズも声を落とす。

「ヨソモノノ匂イハ、シテナイト思ウゼ」

「え?」

 ヤマノモノと相反する証言に、鈴緒はまた大きくまばたきした。

 その緑の双眸を、透明な青い目玉がひたと見据える。

「変ナ匂イダケドヨ、ナンテイウカ……懐カシサモアルンダ」

「懐かしい、ですか?」

「アア。郷愁ッテイウノカネ。オレニモ実ノトコロ、ヨク分カラナインダケドサ」

 きょうしゅう、と鈴緒はサクランボ色の唇で、その言葉を復唱した。

 世界のあちこちを飛び回っていた彼女にとって、それは掴みがたい、雲のような概念だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ