表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/39

13 一つの気付き

 テレビ画面では、延々と『ファイターズ・クロニクル』が展開していく。「激熱サバイバルモード」にて、鈴緒の操る右近は百八連勝中だった。

 それにしては、鈴緒の表情は暗い。どれだけ最終ボスの六ツ車を蹴倒そうとも、気分が晴れないのだ。加えて心なしか、身体も重い。

 彼女の部屋をのぞいた金次郎が、テレビ画面を見て苦笑する。

「おお、さすがじゃのう。煩悩の数と同じじゃないか」

「おじいちゃん」

 三角座りをしていた鈴緒が、気だるげに顔だけ持ち上げる。ペリドットの瞳は疲れ切っていた。

「一戦、いいかね?」

「う、んん?」

 うなずきかけて、鈴緒は首をひねる。そんなことはお構いなしに、金次郎は体を滑り込ませた。

「ワシの稽古に、ちぃっとばかし付き合って欲しいんじゃ」

 金次郎はどっかりと腰を下ろし、ゲーム機へコントローラーを差し込む。2Pとして割り込み、右近へ対戦を挑んだ。

「あたし、強いよ?」

 ひっそりと鈴緒が笑えば、金次郎も歯を見せる。

「こう見えてワシも、なかなか特訓しておるぞ?」

 金次郎は『ファイターズ・クロニクル』主人公の、左近を選んだ。


 意外にも祖父は健闘していた。ハンディキャップを付けているとはいえ、勝率は三割だった。

「おじいちゃん、強いね」

 鈴緒もどんぐり目を、くりくりと見開く。

「実は夜中にこっそりのう、練習しておったんじゃ」

 白い口髭を揺らして、金次郎も得意げに笑う。そして、ひそかに眉を潜めた。

「本当は、舞御前を使いたいんじゃがな」

「ヒロインは、体力低い。上級者向けだからね」

 しばし二人は笑い合う。

 画面の中で丁々発止を繰り広げながら、金次郎は口を開いた。

「少しだけ、ワシの話をしてもいいかね?」

「オーケー」

「ワシは十五歳の頃、守り人の役目に就いた」

 守り人、の言葉に鈴緒の手が一瞬止まる。すかさず金次郎の左近が、ダウンを奪った。

「……大変でした?」

 かすかに声を震わせ、鈴緒は問うた。ダウンをした隙に、右近は二発ほど蹴りを食らう。

「まあ、色々あったさ。しかし従者がおったから、なんとかなった」

 一つ笑って、金次郎は甲高い口笛を吹く。数拍置いてコツコツと、窓を叩く音がした。

 ポーズボタンを押してそちらを見れば、大きな烏が器用に窓へへばりついていた。わずかに鈴緒は身をよじる。

「ワォ!」

「ワシの従者、狩穂(かりほ)じゃ」

 金次郎が微笑めば、外の烏もコクコクとうなずく。そして小さく、カアと鳴いた。

 何とも人馴れした仕草が愛らしく、鈴緒は窓を半分だけ開いた。窓枠に掴まった狩穂は、大人しく佇んでいる。

 間近に見れば、烏の目はつぶらだ。睫毛も長い。目が合った鈴緒も、つい微笑む。

 しかし金次郎の言葉を反芻し、真っ直ぐな眉をキュッと寄せた。

待って(ウェイト)。おじいちゃんが十五歳から、狩穂さんと守り人ですか?」

「そうじゃよ。従者との絆は一生モノであるからな」

「狩穂さん、とても長生きですか?」

 艶々とした黒羽からは、老齢と判断出来ない。

 驚愕する孫に、金次郎は大笑いする。

「そりゃそうだとも! ワシが死なん限り、こいつもゆっくりと老いていくのみ。そういうもんじゃ」

「本当、ですか?」

「ああ。お前もしたじゃろう、魂分けを?」

「タマワケ……あ、お菓子ですか?」


 鈴緒の混乱する思考に、ピンク色の鈴カステラが現れた。あれの原材料を、アオネコは「鈴緒の魂の真ん中」と呼んでいた。拙くそのことを伝えれば、金次郎はしみじみと首肯する。

「そう。守り人はそうやって、従者に魂を分け与えているのじゃ。アオネコ様から超常の力を受けたとはいえ、我々はか弱い」

 深い声音が、ひっそりと響き渡る。

 再び腰を落とし、鈴緒もその声をじっと聴く。

「従者は文字通り、守り人に従う者。守り人の盾となり、時に矛となる存在じゃ」

「それは……とても勝手でひどい、思わないですか?」

 傷ついた面持ちで、鈴緒は祖父を見据えた。


 しかし返って来たのは、風格漂う笑み。

 小柄な金次郎が、とても雄々しく見えた。

「勝手かどうかは、ワシにも分からん。もうずうっと前から、こうして来たのでな」

「そう、ですか」

「じゃが、しきたりのお陰で、ワシは今まで狩穂といられた。雛から育てた、弟分じゃからな。ワシは素直にそれが嬉しい」

 同意するように、窓辺の狩穂も一鳴きする。

 更に細く、金次郎は目を細めて微笑んだ。

「銀之介も、このしきたりについては知っている」

「え」

 ぎくり、と鈴緒は細い体を強張らせた。これこそが、鈴緒を落ち込ませている一番の原因だった。


 彼を人外の存在へと造り替えたのは、他でもない、彼女の意思なのだから。

 そんなこともお見通しとばかりに、金次郎はこっくりとうなずく。

「ワシの傍にずっといたんじゃ。従者の体のことも、重々に理解しておるよ。だから自分を、責めちゃいかん」

「ごめ……」

「謝るなら、あいつに謝っておやり。お前に嫌われたと、ひどく落ち込んでおったからのう」

 束の間、鈴緒は泣きそうな顔になった。

 しかし唇をかみしめ、ぎこちなく笑う。

「ありがとう、です」

「さぁて、対戦を再開しようかね」

 照れくさそうにはにかんで、金次郎はテレビへ向き直った。

もちろん(シュアー)!」

 鈴緒も背筋を伸ばして、コントローラーを握り締める。ポーズボタンを再度押した。

 今度は鈴緒の、大勝だった。


 銀之介は台所に立っていた。長身の彼にとって、日向家の台所は少し、いやかなり低い。

 腰を屈め、彼は無心にキャベツを刻んでいる。

 千切りキャベツは、すでにボウル二つ分も出来上がっていた。

 ひょっこり姿を現した鈴緒は、その量に愕然とした。

「銀之介さんは、トンカツ屋さんをしたいか?」

 ぽつりと呟かれた言葉が、リズミカルに動いていた包丁を止める。

 いつになく強張った笑みで、銀之介は振り返った。

「いえ、気分転換に刻んでいただけです」

「とても、刻みすぎている」

 かすかに笑い返したものの、鈴緒は次の動作を見つけられなかった。

 視線をさまよわせる彼女へ、銀之介は少しだけ表情を和らげた。

「入りますか?」

「ん」

 手招きされ、硬い声音でうなずいた。ほっそりとした鈴緒の足が、敷居を越えた。

 彼女は室内中央のテーブルに、その身をもたれさせる。

 しばらくの間、台所に静寂が訪れる。


 手を洗った銀之介が、先に口を開いた。思い詰め、険しさを増した横顔は、より猛禽類寄りだった。

「鈴緒さんは、俺を、気味悪く思いましたか?」

「どうして?」

「あなたが死なない限り、俺は死にません」

 そして、洗ったばかりの包丁へ目を落とす。

「例えば刃物で体を切り刻まれても、次の瞬間にはケロリとしています。不気味ですよね」

「違う!」

 自嘲する彼へ、鈴緒は強い語調で否定した。お守り石の代わりに、胸元をかき抱く。

「銀之介さんは、恩人です! 気味悪くない!」

「鈴緒さんは、やっぱりいい子ですね」

 眼鏡の奥の鋭い眼差しが、優しくほころんだ。

 しかし鈴緒は、顔を歪ませてゆるゆると、力なく首を振った。

「いい子、違う。あたしのせいで……銀之介さん、死なないから」

「それこそ違う。お門違いもいいところだ」

 うなだれる鈴緒のおとがいを優しく持ち上げ、銀之介は肩をすくめた。日本人離れした体躯のため、そんな仕草もしっくり来る。

「鈴緒さんを助けたくて、俺が勝手にやってるだけですから」

 笑う銀之介を、鈴緒はおっかなびっくり見上げる。

「恨んで、いませんか?」

「元々捨てた命だ。恨むどころか、感謝してますよ」

あたしを、捨てませんドント・ユー・ダンプ・ミー?」

「鈴緒さんさえ嫌じゃなければ」

 涙がこぼれ落ちるのをぐっとこらえ、鈴緒はしっかりと彼を見つめた。

「嫌じゃない」


 強い語調で答えれば、銀之介は長い長いため息と共に崩れ落ちた。床に座り込み、再びはあ、と息を吐いている。

 先ほどまでとの落差に、鈴緒は飛び上がって焦る。

「どうした? めまいですか?」

「……ホッとしたもので」

 あぐらをかいた彼は、いつになく弱々しい笑みで鈴緒を見上げる。

「もしも嫌がられていたら、どうしようと思って。そうなったら、死にたくても死ねませんから」

「死んだら嫌よ」

「そう言ってもらえて、本当によかった」

 はにかむ彼は頼りなく、どことなく子供っぽかった。

 それ故、妙に可愛らしかった。


 照れくさそうに本音をこぼした彼を愛しい、と感じた自分に、鈴緒はまた焦る。

 そばにいたい、などという欲求すらも、じわじわと胸の奥底から浮き出て来た。

 鈴緒にとってそれは、初めての衝動だった。

 ミルク色の肌をイチゴミルク色へ変えた彼女に、銀之介もギョッとなった。

「うん? あれ、なんか汗かいてません?」

「かいて、ません。とても健康で、すがすがしいよ」

 焦るあまり、鈴緒の日本語は一層怪しくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ