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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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11/39

11 シトリの神様

 観光地としてそれなりの人気を保っている玉依島だが、同時に民俗学的にも有名であるらしい。

 古来より人の往来が激しかったためか、民話や伝説の類が多く残されているのだという。ヤマノモノを祀っていた社に類似するものも、そこらの道端や山中、あるいは海辺にあるそうだ。

 博物館への道がてら、社会科教師でもある担任が、得意げにこれらの内容を語っていた。新参者の鈴緒以外は聞き飽きた内容らしく、ほとんどの生徒が右から左へ流していたが。

 博物館は、高校から歩いて十五分程度の場所にあった。古色蒼然としたレンガ造りの洋館だったが、薄汚さは感じられない。定期的に、人の手が加えられているようだ。

 吹き抜けのホールにて、生徒たちは自由見学を命じられる。川へ放流された稚魚のように、皆てんでばらばらに散らばって行った。

 鈴緒はその流れに取り残され、ぽつねん、とホールの端に立ち尽くす。友達を作ることが苦手なため、このような状況には慣れている。

 小さく肩をすくめ、一人で適当にぶらつこうと決める。


「ああ、鈴緒さん。待ってちょうだい」

 担任である女性教師が、その背中を呼び止めた。同姓の牧音がいるため、鈴緒は名前で呼ばれている。

 嫌々ながらに振り返れば、担任はクラスメイトの比較的大人しそうなグループを捕まえていた。

「あなた、友達いないでしょう?」

 手招きしながら、担任は顔色も変えずに言ってのけた。言われた鈴緒の方は、予想外の痛打に顔を一瞬しかめる。

 しかし、すぐに曖昧な笑みを浮かべた。口元だけ緩めながら、内心では放っておいてくれないか、と頭を抱える。

 残念ながら、担任にその願いは通じなかった。

「一人で回るだなんて、寂しいでしょ? この子達と回りなさいよ」

 それどころか、更なる波乱を呼び起こす。ありがた迷惑以外の、何物でもない。

 捕獲されたクラスメイト達は、ギクリと強張った。

 寂しい、と評された鈴緒に至っては、うっすら青ざめている。

「いっ、いい、です。気になさらず」

 ガチガチに固まった声音で、ぶんぶんと首を振る。

「でも鈴緒さん──」

 担任はなおも口を開いたが、鈴緒は遁走した。挙動不審なこと極まりないが、あまりにも居たたまれなかったのだ。


 担任に悪気がないのは分かる。

 むしろ孤立する鈴緒を案じているのだろう。しかしそれが重荷なのだ。彼女だって、好きで孤立しているわけではない。

 鈴緒はホールの階段を上り、階段横のベンチに座る。そしてカバンから、携帯ゲームを取り出した。

 ゲームの持ち込みは禁止されているものの、生徒たちは彼女に気付かない。あるいは全く注意を払わない、振りをしてくれている。

 鈴緒もそれをいいことに、お気に入りのロールプレイングゲームを起動する。イヤホンも付けて、見学終了時間まで荒野の世界へ没頭しよう。

 だがその視界が、突如真っ暗になった。

 誰かに目隠しされたらしい。まぶた越しに、人肌のぬくもりが伝わる。耳からは、相変わらずゲームの音楽が流れている。フィールドの音楽から、戦闘画面の音楽へと移行した。


 見えないと、戦えない。というか、誰がこんなことをするんだ。

 まさか、例の痴漢か?


やだ(ノー)!」

 鈴緒は真っ白な頭で猛然ともがいた。その肘が後方へ回り、柔らかい何かにめりこんだ。

「ぐっ」

 どうやら腹部付近にめり込んだらしく、背後の人物が低くうめいた。途端に、目隠しも外れる。

 鈴緒は両手に糸を発現させ、白い顔で振り返った。だが、すぐさま目を丸くした。

「銀之介、さん?」

 目隠しをしていたのは、銀之介であった。しかし彼は、下腹部を押さえて階段上にうずくまり、脂汗も流している。

 腹部ではなく、男性の儚くも大事な部分へ、肘鉄を与えてしまったらしい。二人の身長差が災いしたようだ。

 血の気を失くす彼に反し、鈴緒は真っ赤になった。慌ててゲーム機の電源を落とし、銀之介の隣へしゃがみこむ。

「あのっ、えっ、ご、めんなさい!」

「いえ、俺の方こそ、調子に乗りました」

 喘ぎ喘ぎ、彼も首を振ってくれるのだが、どう見ても辛そうだ。眼鏡もずれていた。

「あの、何をして、ここにいるのですか?」

 尋ねてよいものか、と躊躇しつつ、うずくまる彼をのぞきこんだ。

「俺の仕事場が、ここなんですよ」

 深呼吸をして銀之介が答える。

「金次郎さんがここの館長をしているんです。半分道楽ですけどね」

 そして、金次郎の表立っての職業について簡単に説明する。飛び跳ねながらなので、どうにも滑稽だ。

「日向家にも、色々と古い文献が残っていまして。その保管も兼ねて、金次郎さんの曽祖父がここを建てたんです」

「ワーォ。日向の家、ほんとはお金持ちですか?」

「今は小金持ち程度ですね、残念ながら」

 告げられた鈴緒よりも、告げた銀之介の方が残念そうである。

 長い睫に縁どられた緑の瞳は、無垢な眼差しを彼へ向ける。

「銀之介さん、ハッキュー?」

「……まあ、割と。いえ、俺の給料はいいですから、見て回りましょう」

 どうやら本当に薄給気味らしい。無理矢理話題を打ち切った彼に、グイグイと背を押される。行き先は、展示室らしい。

 カバンへゲーム機を収めながら、鈴緒は彼を見上げる。

「仕事、いいのですか?」

「今日は金次郎さんが不在で、暇なんですよ。お付き合いしていただいても、いいですか?」

 飄々と答える彼の声に、ホッとした。

 担任との対峙以来、強張り続けていた体がようやく弛緩する。そのまま彼と、展示室を見て回る。


 現代日本語ですら危うい鈴緒にとって、大半の展示物はちんぷんかんぷんであった。

 だが、古い食器類や生活道具、あるいは妖怪絵巻などは、彼女の好奇心を大いに刺激した。

 今は展示ガラスに額をくっつけかねない勢いで、蒐集家が集めた浮世絵を見つめている。

 その隣に立つ銀之介は、何だか満足げである。

「お気に召したようで、何よりです」

「浮世絵ね、とても色がキレイよ! 日本の人の色使い、とてもすごいです。コレ、欲しいな」

「無茶言いますね」

 輝く笑顔で浮かれる鈴緒だったが、周囲の人気が少ないことに気付く。彼女のクラスメイトも、あちこちを見学しているはずなのに。

 彼女の表情から察したのだろう、銀之介はかすかに苦笑した。

「島の人間には、見飽きたものばかりですから。皆さん図書室で時間を潰しているか、軽食コーナーでくつろいでいるんでしょう」

 むう、と鈴緒はむくれる。

「もったいないね。こんなに素敵なのに」

「そう言ってもらえて良かったです。そうだ鈴緒さん、日本神話は知っていますか?」


 人差し指を立て、教師然とした口調へ変わった銀之介に、鈴緒は一瞬面食らう。

「なんとなく……お日さまの神さまが、偉いです、よね?」

 おずおずと、うかがうように答えた鈴緒へ、銀之介はにっこり笑う。

「はい、アマテラスオオミカミですね。彼女が空にいる、アマツカミたちのリーダーです。そして彼女の手下には、倭文(シトリ)を司る神様も出てきます」

 そう言いながら、銀之介は隣の展示室へ歩を進める。その後ろを歩きながら、鈴緒は小首を傾げた。

「シトリとは、何ですか?」

「日本古来の織物です。古くは、神様への捧げものにもされていたようです」

 銀之介の足は、ある展示ケースの前で止まった。中には、広げた絵巻物が収められている。

「丈夫な織物でもあったらしく、それを司るタケハヅチという女神さまも強い方だったそうです。この島には、彼女にまつわる伝説がいくつかあるんですよ」

 そう言って彼は、絵巻物をガラス越しになぞる。

 独特のくねくねとした筆使いで、一柱の女神が島を平定する姿が描かれていた。古い美的感覚に基づいた絵柄であるため、タケハヅチは決して美人ではない。


 だが、描き手が女神へ抱く、尊敬の念は感じ取れた。鈴緒もケースをのぞきこむ。

「たくましい女神さまですね。日本は昔から、カカア天下ですか」

「そういえば、アマテラスも女神でしたっけ」

 素朴な鈴緒の疑問へ、銀之介は一つ吹き出す。そして続けた。

「ちなみにタケハヅチが司っている倭文は、男女の運命や魂を結びつける糸とも言われていたようです。今で言うところの、運命の赤い糸ですね」

「ワォ、とても素敵」

 年頃の鈴緒は、夢見る表情を浮かべた。


 身を屈めて彼女と目線を合わせ、銀之介はニッと微笑む。

「この神様と鈴緒さんの力、なんだか似ていませんか?」

「似て、ませんかとは?」

「赤い糸で戦うなんて、タケハヅチそのものですよ」

 女神にたとえられ、たちまち鈴緒は赤面する。

「そのもの、違うよ。もっとしょぼくれてるよ」

 全力で首を振る鈴緒に、銀之介は少しばかり心外そうな顔を浮かべた。

「似てますよ、客観的に見れば。少なくとも俺はそう思います。だから、『いちゃいけない』なんて言っちゃだめですよ」

 低い声に、どきりとした。学校でも浮いていることを、見透かされているような気がした。

 現に一人ぼっちの場面を見られたのだ、ばれていて当然だろう。


 どうやら銀之介は、心配してくれているらしい。泣き出したり、置いてけぼりを食らっている鈴緒を見て。

 そのことが嬉しくも気恥ずかしく、鈴緒は赤い顔で、タイル張りの床へ目を落とす。

「あの、あたし……」

「うん?」

 もじもじと指をこね合せるが、銀之介身を屈めたまま辛抱強く待ってくれた。

 どうして自分にここまでしてくれるのだろう、と考えると、不意に涙がこみ上げてしまった。それを、まばたきでごまかす。


 代わりに顔を跳ね上げて、しっかりと彼を見つめた。

「ともだち、がんばって作るね」

「うん。無理はしないで下さいね。友達がいないからといって、死にはしません。どうせ人間、死ぬ時は一人なんですから」

 彼の極論に、鈴緒の頬もほころぶ。

「あと、いつも、銀之介さんとおじいちゃんに、感謝しています」

「大丈夫、知ってますよ」

 笑っていた銀之介の目が、驚いたようにぱちぱちとまばたきした。


 続いて、喉を鳴らして笑う。

「絡まってますよ、ピアス」

「へっ?」

 鈴緒は慌てて、ロングチェーンのピアスに手を伸ばす。先端にリンゴのチャームが付いた銀製のピアスは、確かにチェーンが団子になっていた。

「お母さんからのプレゼントなのにっ」

「慌てないで下さい。解きますから」

 見えない耳を必死でいじくる鈴緒に吹き出しながら、銀之介がチェーンをつまむ。

「あーあ、団子結びみたいになってますね。どういう動きしたんですか?」

「フツーです」

 ムスリと答えた鈴緒であったが、銀之介の涼しげな顔が間近にあるため落ち着かない。

 照れ隠しに頬をふくらませていると、更にずいと顔が近づけられた。額がくっつきかねない距離に、なお慌てふためいた。

「なんでこっち見るの!」

「いえ、なんだかご機嫌斜めのようだったので」

「近い! 離れて(ステイ・アウェイ)!」

 両手を彼の頬へ突っ張り、距離を取る。意外にもツルツルの肌質に、鈴緒は状況も忘れて軽く嫉妬した。

 ますますふてくされた彼女を気にするわけもなく、銀之介はいけしゃあしゃあと口を開く。

「近くて当然です。実は俺、目が悪いんですよ」

「見れば分かる、メガネかけてるからな! それウソメガネか!」

「冗談ですって。はい、ピアス解けましたよ」

 指先に赤い糸を生み出せば、彼はさっとのけぞった。折に触れてからかってくる銀之介へ、鈴緒は感謝の念を放り捨て、殺意を覚える。

 いつか泣かしてやろう、とこっそり誓う。


 その時、博物館入り口を蹴り開ける物音がした。入り口近くの土産物コーナーを物色していた生徒たちが、驚きながら顔をのぞかせた。

 二階の展示室にいた鈴緒たちにも、その音は聞こえた。顔を見合わせ、二人も階段の踊り場へ出る。

 扉を蹴り開けたのは、金次郎であった。ずいぶんと急いで来たらしい。残り少ない頭髪も口髭も、風にあおられボサボサである。

「どうしました、館長。本日はお休みだったのでは?」

 眼鏡の位置を整えた銀之介が、いの一番に口を開く。その声にハッと踊り場を見上げ、金次郎は大きく肩の力を抜いた。心底安堵している、らしい。

「おお、丁度良かった! ちょいと厄介なことになってな。お前にすぐ、雲外鏡を用意して欲しいんじゃ!」

「急ですね」

 一つ眉を潜めたものの、銀之介は足早に階段を下りる。何とはなしに鈴緒も、それを追った。

 金次郎の慌てている原因が、今朝の相談事に由来する気がしたのだ。

銀之介も彼女へ一度振り返ったものの、止めることはなかった。

 合流した金次郎だけが、息を整えつつ顔をしかめる。

「なんじゃ、鈴緒。お前は留守番をしていなさい。まだ学校じゃろう?」

「校外学習中です。学校の外で、勉強することが、校外学習なのです」

 本音を言えば、二人といる方が居心地いい、というだけなのだが。

 澄まして返した鈴緒に、銀之介は快活に笑う。

「言えてます。確かにこれも、立派な社会勉強ですね」

「ええい、揚げ足を褒めてどうする。また無駄な日本語を覚えるじゃろうがっ」

「いいじゃないですか。案外世の中、無駄なことって少ないもんですよ」

 そして突き当りの、倉庫の扉に鍵を差し込みつつ、金次郎へと向き直った。

「どうせしなびた博物館なんですから、付いて来た方がよっぽど勉強になりますよ」

「お前の口だけは、本当に無駄口ばかり叩きよるわい」

 苦虫を頬張っているような顔で、金次郎はうめいた。

 もちろん銀之介は、どこ吹く風。広い肩を器用にすくめて、分厚い鉄製の扉を軽々と開く。

 少し埃っぽい空気が、外へと流れ出た。


※タケハヅチ(あるいはタケハツチ)につきましては、記述が少ないためか性別が若干あやふやなようです。そのため便宜上、このお話では女性と設定いたしました。

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