狩り
俺は今落ち人の森に来ている。理由はもちろんレベルアップしてこの世界での生活の基盤を築く為だ。
だが自分から進んできた訳では無いが……
歳とった身体ではちと辛いが、魔素のお陰でなんとか動ける。
実はこの世界に来てまだ二日しか経っていない。本当はもう少しホテルでゆっくりして居たがったが、思わぬ来客が俺の部屋にやって来た。
あの青年の父親が俺を訪ねて来た。なんでもあの雑誌が青年の奥さんに見つかり修羅場になったそうだ。偶然その場を青年の父親が通りかかり、バラバラに切り裂かれた雑誌を見たらしい。
息子に事情を聞いて本を売った俺の居場所を探し当て態々挨拶に来た次第だ。
彼の名前は田所重蔵、五十年前にこの世界に落ち、十五歳の時から剣士としてこの世界で生き抜き、その時一緒に落ちて来た商人の職業を持つ奥さんと結婚して、2人で商会を切り盛りしつつこの街で暮らしている。苦労の甲斐が実り、商会はこの街で大手にのし上がり、2人は経営から身を引いて気ままに隠居生活をしていたそうだ。
だが急にお互い暇になって思い出すのはもう帰れない故郷のことばかり、特に食べ物が多く思い出される。
この世界には米が無く白菜や大根も存在しない。せめて死ぬ前にもう一度米の飯が食べたいそうだ。
何十年もご飯が食えないのは辛いだろうと思い、コンビニのおにぎり二個と白菜の漬物一つを召喚して彼に渡した。これが俺の今現在召喚出来る限界だった。
彼は泣いて喜び、お金を支払おうとしたが、本のボッタクリ感があったので無料で進呈した。
その一時間後、部屋でこれからどうするか考えていると再び重蔵さんと今度は奥さんを連れて現れた。またおにぎりを分けて欲しいそうだ。
俺は昨日この世界に来たばかりで魔力が足りないから無理だと説明するが、何十年かぶりに食べたお米と漬物の力は麻薬の如く凄まじく、まだまだ食べたいと彼と奥さんは言うが、無理な物は無理だ。
すると重蔵さんは
「それじやワシと一緒にレベルアップに行かんか、装備は此方で持つから」
ぎらついた欲望全開の眼差しで語る彼、少なくとも俺にはそう見えた。彼は俺の魔力量を増やす心算らしい。だがこの世界の魔物の種類や特性など何も知らない素人の俺が経験豊富な重蔵さんと一緒に行っても足を引っ張るだけだ。
「俺は魔物の事も何も知らない素人です、そんな俺が一緒に行っても迷惑を掛けるだけです、だから…」
取り合えず、本や図書館で色々調べてから行きたい。心の準備もある。
「誰だって初めてはある。それに総一君、君はワシ達の願いを叶えてくれた。ワシは君に恩返しがしたい」
ぎらついた目で言われても説得力が無いんですけど…
「ですが…、」
「いいから来なさい、ワシにまかせなさい」
強引に彼に腕を掴まれ部屋から引きずりだされた。なんて力だ抵抗なんてとてもじゃないが出来ない。後から聞いたのだが、彼の職業は剣士が力を付ける事によってなれる職業、剣士十人長、剣士百人長、剣士千人長、剣王…と続き、今現在の彼の職業は剣士千人長、つまり普通の剣士千人分の力があるという事だ。逆らえる筈も無い。
部屋から引きずり出されて向った先は彼の商会のお店の一つである武器防具屋、そこで俺の装備を用意してから落ち人の森に行く運びとなった。強引すぎる、そんなに米が食べたいのか。
お店では防具から先に選んで貰った。まだ力の弱い俺では基本強力な防具程重いので着ることすら無理なので、軽くて丈夫な飛竜の革で作られた鎧、兜、靴、籠手のフル装備、お値段なんと一千万円、中身の俺にそんな価値があるのかね。
防具が決まったら次は武器だ。最初は剣を渡されたが持ってみると結構重い、剣を持って野や山を駆け回るのは中年にはキツイよ。
と言う事で剣よりは軽い槍を持つことになった。最初は剣よりもリーチのある槍の方が戦いやすいだろうとの彼の意見、確かに最初は至近距離で魔物と闘うのは怖いし、少し距離のある槍の方が遥かにマシだ。
選んだ槍は槍先が大型の竜の牙で作られた槍でお値段八百万円、槍を持ってるだけで盗まれやしないかとビクビクするのは俺が小市民だからか。傷でも付けたらどうしよう。
俺がキョドッていると着替え終えた重蔵さんが現れた。彼は細かい傷だらけだが良く整備されたミスリル製の鎧にミスリル製のロングソードを二本両脇に装備した姿で現れた。
「こちらも準備オーケーだ。早速出発するか」
もちろん狩場は落ち人の森、落ち人の森は人間の勢力圏の中の魔物の強さは一番低いゴブリンやオークだけが生息している。たまにオーガを見かける程度だとか。冒険者を目指す者は、この街から冒険者人生を始める。故に始まりの街と呼ばれる様になった。
落ち人の森に行く人は全部で八人。俺と重蔵さんと護衛の人が2人、後倒した魔物の素材を回収する人が四人の計八人。
落ち人の森まで整えられた街道を歩きながら、色々とこの世界について尋ねていると何とこの世界は銃が殆ど作られていないのに驚いた。
オークやゴブリンならともかく、それ以上になると銃ではダメージを与えるのは難しいと言われた。銃は対人用に開発された物だから、それ以上の怪物には歯が立たないのは当たり前か。
もしもの時は引き金を引くだけで発射可能な銃を召喚して戦おうと考えていたが…さてどうするか。
森に入った途端、三匹のゴブリンが此方を見つけてこん棒を振り上げやってきた。またこのパターンかよ
重蔵さんはゴブリンが近付いているのに剣も抜かずにたったままだ。他の皆さんも落ち付いてゴブリンが近付いて来るのをみている。ゴブリンとの距離が十メートルになった時、重蔵さんが右手で剣を振るう。すると剣から風の刃が発生して近付いてきたゴブリンの足を一撃で三匹全員切断した。
「斬撃、初めて見た」
漫画やアニメでは良く見かける技だが、現実で出来る人を初めて見た。凄い
俺が重蔵さんの技に見惚れていると、
「ほれ、総一君止めを刺しなさい」
「はあ?……」
………鬱です……、心が死んでます。
三匹のゴブリンに止めを刺した後に八十匹程のオークとゴブリン、オーガ十匹に止めを刺しました。こちとら人生の酸いも甘いも経験しているから少年の心みたいに、こいつらだって生きているんだ。みたいな偽善者ぶる気持ちも無いが、しかしこれは堪えるわ…流石にくるねこれ…
せっせと魔物を解体して素材を回収している最中から溢れ出る血の匂いに誘われて来るわ来るわ、正に倍々ゲーム、回収が追い付かないから応援呼びに行きました。回収している最中の従業員さんの笑顔が凄い。落ち込んでいるのが馬鹿みたいに思える。
召喚送還師は剣士が力に補正が多く入るのに対して、魔道師や治癒術師達と同様に魔力に補正が入るらしく、元の魔力の数倍魔力が増えたのを感じる。止めを刺した者の方が入る経験値の量が多いのも頷ける。
しかし俺達は少々やり過ぎたみたいだ。この森には居る筈の無いリザードマンが現れた。それも十五匹も
「不味い、ワシ一人なら造作も無いが奴らは足が速い、お前達は逃げるんだ」
護衛の2人と重蔵さんをその場に残して他の者は急いで後ろに逃げる。遠くに居るのに感じる迫力はオークやゴブリンの比じゃない、オーガ並み、いやそれ以上だ。
重蔵さんの先制攻撃でリザードマスン五匹が沈黙するが残る八匹が重蔵さん達と交戦、残る二匹が此方に向ってくる。
全力で走るが奴らの方が速い、このままだといずれ追い付かれる。
俺は走るのを止めてリザードマンを見る。距離は約百三十メートル、間に合うか…
俺は肩に映画で良く見かけるゲリラ兵士が使っているロケットランチャーを発射可能状態で召喚してリザードマンに狙いを定める。発射、
打ち出されたロケット弾は加速してリザードマンに当たり爆風を巻き上げる。一方無事だったリザードマンは何が起こったのか判らず立ったままの状態だ。俺は撃ち終わったロケットランチャーを投げ捨て、もう一回ロケットランチャーを召喚する。召喚して直ぐに狙いを定めて発射、だが外れる。脇の木に当たり爆発した。ロケット弾の当たったリザードマンの方は上半身上が無い状態、残ったリザードマンの方はロケット弾を警戒してジグザグに動き、木々を隠れ蓑にしながら近付いて来る。先程は一直線に此方に走って来たので、ロケット弾を奇跡的に当てる事が出来たが、こう素早く動かれてはロケットランチャーでは当てるのは難しいだろう。
牽制目的で今度は引き金を引くだけで発射可能なアサルトライフルを召喚する。取り合えず時間を稼げば俺の勝ちだ。リザードマンに向けて射撃を開始する。思ったより反動が無い。魔物を殺した事で身体が強化されているのか、思い通りに銃が撃てる。数発がリザードマンの身体に当たり動きが止まる。その度に体中に覆われた鱗が飛び散る。カートリッジを換えるのも面倒なので新しくライフルを召喚して撃ちまくる。銃撃で動けないリザードマンに敵を片付け終わった重蔵さんが現れてあっさりと首を跳ね飛ばした。
「助かった――、」
異世界生活二日目にして元の世界に戻りたくなった。