ドラクニアの仔 2
「誰がお前等の言う事なんかっ!!!!」
「寝起きに凄い科白だね」
厭きれ返った声が続いて、ぱちくりとルギオナは目を瞬き、顔を巡らす。そこには相変わらずのにこにこ顔のエティ。
「お前っ!?」
がばっと勢い付けて躰を起こした姿にエティは目を細める。
「見た目が平気でも、全身打ち身と擦り傷で酷いし、衰弱してるんだから大人しく寝てなよ」
「いや、そうじゃなくて…」
「年長者の言う事は聞きなさい、少年」
言いながらルギオナをベットへと押し戻す。
「それと、別に誘拐した訳じゃないからそこも安心するように」
「アイツラは…?」
「3日くらい目が覚めないようにしておいたよ」
あっさりと告げられて、茫然とルギオナはエティを見つめた。
魔族は、その在り方を内在する魔力によって定められている。強さはもとより、その成長速度さえも。 幼さを残す顔立ちのエティは、ないと言っても過言ではないくらいに魔力を感じない。そこに存在するだけの魔力しかないのだ、 見た目通りの年齢――人族のように――生後16、7年程度のように見える。
そのエティに、あの3体のドラゴンをどうこう出来るとはルギオナには思えなかった。
「それと、現在地だけど、クリフォアの王城。そこの一等客賓室~」
「は!?」
「ああ見えて、デューはここでお仕事してる偉い人なんだよ~。今はお仕事してていないけどね」
「いや、えぇ? 偉い人はともかく、何で一等客賓室って…どういう」
「ドラクニアの第一王子には当然じゃないかな?」
何でもないように答えたエティに、ルギオナが硬直した。
「でも2日も目を覚まさないから、心配したよ。その分なら大丈夫かな?」
「え、あ、うん…。いや、うん、何でオレ、わかって? ていうか、あんたは何でここに…?」
「ルシオグ国王から話は聞いた事あるから。それと私はここに住んでるから」
「はぁ!? いや、待て、意味わかんないんすけど…」
「話すと長いんだけど~」
「エティ様、その前に」
気配も魔力も全く感じさせなかったのに、静かな大人の女性の声が割って入った。
「はへぃ!?」
奇声を上げてルギオナが視線を更に巡らすと、蒼い長い髪が目に入る。ドラクニア人の特徴的な青い髪。中でも、 ここまで見事な蒼は、その生まれがかなり高貴であり高い能力の血統である事を示している。
本気で茫然としてルギオナはその姿を見つめ、ゆっくりと自分に向き直った顔に息を飲んだ。
「あ、そっか。忘れるところだった。ルギオナ君、お腹空いてるよね? 2日も寝てたんだし」
「……え、あ、ああ」
「そかそか。んじゃ、ルル、お願いしていい?」
「畏まりました」
一礼して、きびすを返すその背を思わずルギオナは見送る。ドラクニアにおいても、国王近くに仕えるだけのモノを持った女性が、 何故こんな所にいるのかと疑問に思いながら。
「ルルの作るご飯は美味しいから期待していいよ~」
「え、あ、…うん。いや、ていうか、さっきの人…」
「ルギオナ君と同じドラクニアの人だよ。言わなくてもわかるだろうけど」
「いや、そうじゃなくて…」
「私の友達」
あっさりと返った返答に、茫然とした顔のままエティへと向き直り、ルギオナは大きく首を捻った。
「それじゃご飯の用意が終るまでの間に、何しにこっちまで来たのか聞いておこうか」
「何って…」
「ドラクニアで起こってる内乱が原因なんだろうけど、何でわざわざ危険を冒してまで城を出て、 クリフォアまで来たのかって理由だよ」
「何でそんな事…」
「ルシオグ国王に聞いたから。息子さんこっちで保護しましたよって言ったら、安心してたよ。ダメだよ~お父さんに心配かけたら。 それでなくても、内政の方で頭痛めてるんだからさ」
苦笑したエティに、ルギオナは唇を噛んだ。
「それとも、自分がいなくなれば、内乱が収まるとでも思ったの?」
「……だって、オレのせいだから」
「へたれ馬鹿息子」
「なっ!?」
「武勇名高いルシオグ国王の第一王子なんだから、うじうじいじけて逃げる事ばっかり考えてないで、自分をしっかり示したらいいじゃない。 生粋のドラクニア人とかは関係ないよ。君がそんな風にしてるから、回りが余計な反感持つんだよ。ハーフだろうと何だろうと、 自分は第一王子として、次代のドラクニアの国王に相応しいってのを態度で示さないから。そんなへたれっぷりだから、 将来が心配になった人達の中で、血統に五月蝿い馬鹿が扇動して内乱とか起きるんだよ。人のせいにしてないで、 自分の足でしっかり立ちなさいよ。いつまでも甘ったれてんじゃないって話」
「お前に何がわかるって言うんだよ!?」
「わかんないね。私は君みたいに両親の庇護の下にいる訳じゃないし、 にもかかわらず自分を卑下して悪いのを全部他人のせいにして逃げ出して、親に心配かけるような馬鹿者の気持ちなんか。 むしろわかりたくもないよ」
その科白にルギナオは言葉を詰まらせる。
「ま、別にいいけどね。君の人生だから。ただ、ここで逃げたら、これから長い人生ずっと逃げ続けるようになるけど。 でもまぁ、ルシオグ国王からは、本人が望むならこっちにいさせて欲しいって言われてるし、 逃亡生活は終わりにできるけど、王子としての扱いを望んでるならそれは無理な相談だね」
「―――エティ、子供が相手なんだ。少しは遠慮してやれ」
苦笑したデューの言葉にエティが肩越しに振り返る。
「自分の立場をわからせようとしてるだけだよ」
「人に言う前に、お前が自分の立場を弁えろ」
項垂れるように呟いて、ベットの傍へと歩み寄った。
「拾った者として、拾い物の面倒見てるだけだよ」
「それが余計な手間だ。他のヤツにやらせればいいだろう」
「私は自分のしてることに責任を持ってるだけだよ」
「全く…。しかし、ドラクニアの第一王子とはな、どうりで聞いた事があった筈だ」
ちらりとルギオナを一瞥し、げんなりと息を吐き出す。
「わかってて言わなかったな?」
「初対面だって言ったじゃん」
「……確かにそうだが」
「それに、きちんと名乗ってないんだから、身分を隠したかったんでしょ? お互い様なんだから、そこは暗黙の了解ってヤツだよ」
にこやかに告げるエティに、デューの眉間に皺が寄った。
「好きで行脚してると思ってるのか、お前は」
「光栄に思ってくれていいよ?」
「誰が思うかっ!?」
「可愛くないな、デュー」
「可愛くなくて結構だ。……おい、目を白黒させてるぞ、説明しておくって言ってなかったか?」
「したけど?」
「……ルギオナ王子。何故ここにいるのか、聞いたか?」
「オレが、ドラクニアの王子だから」
ルギオナがそう答えた瞬間、デューの拳がエティの脳天に見舞われた。
「痛っ、いきなり何すんの!?」
「馬鹿娘っ!!」
「間違ってないじゃん!」
「肝心な部分が抜けてるだろうが!!」
「何が?」
「何がじゃないだろが! ―――ルギオナ王子。貴殿がここにいるのは、エティの客人として扱われているからだ。 それから、かなり申し遅れたが、オレの名は、デュルクスライ=エンギルグ」
「客人って…何でコイツ……って、え? デュル…って、えええええ!? ちょ、待っ…え、あの、あなたが、 クリフォア国の首都守護者、北方将軍にして、四天王の1人ですか!?」
勢いよく躰を起こして、目を大きく見開いてデューを凝視して叫んだ。
クリフォア国の王は、クリフォロアにただ1人だけ存在する魔王その人であり、クリフォア国の北方領土最南端に位置する首都は、 代々に渡って、北方将軍がその守護と統括を担っている。
勿論、魔王自らが国王として国のトップに君臨する事は可能だが、現在クリフォア国内を治めているのは、 北方将軍と宰相の2人であり、魔王は政務には全く携わっていない。
「そうだ。と、言いたい所だが、何だ、その四天王ってのは?」
「父上が、魔王に仕える四天王だと。中でも北方将軍は、最強と」
「何を考えてる、ルシオグ国王は……」
「あ、それ、私がそう言ったからかも? 4人いるんだし、四将軍より四天王のが格好いいから」
「お前のせいか…」
暢気に告げたエティに、デューが大きな大きな溜め息を吐き出した。
「し、知らぬとはいえ、大変失礼致しました」
ベットの上で、恐ろしいモノでも前にしたかのように頭を下げた。むしろ土下座している。
「こら! 寝てなさいって言ったでしょーに!! 何起きてんのっ! もーこうなると思ったから、言わないでおいたのに。 デューの馬鹿」
「エティ?」
「何?」
「馬鹿はお前だ」
「失礼な。デューはこうなるってわかんなかったくせに! ルギオナ君は弱ってるんだから、 躰を起こしたり変な運動させないよーに気を使ってたんだからねっ!!」
力いっぱい叫んだ姿に、厭きれ返った顔をデューはした。
「お前がそんな気を使ってたと知ったら、王子は死ぬぞ。ショックで」
「言わなきゃわかんないって」
「いや、言わないとダメだろう? むしろ、ここに置くなら後で知るだろうから、そうなった時の方がショックは大きいと思うんだが」
「むぅ…」
「……あの、それはどういう…? 彼女も、その…将軍なんですか?」
恐る恐る顔を上げたルギオナは何故か怯えきった表情である。
「いや」
短く否定したデューに、ルギオナは安堵の息を吐き出し、その姿から明後日の方へとエティは視線を逸らす。
「魔王だ」
あっさりと短く付け足された科白に、ルギオナは濃い深緑の大きな目をいっぱいいっぱいに見開いて、失神した。
7/21、誤字修正。




