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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
後日談
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婚約指輪のデザイン



 何をしていても、自分の指にはまっているかすかな重みに意識を絡め取られてしまう。

 ちらちらと意味もなく自分の左手を見ては、何をしているんだろうとため息をつくこと数度。

 幸せボケね、と母さまには笑われてしまった。


 今、わたしの左手の薬指には、未来の約束が形となって存在している。




「指輪にしたのって、やっぱり意味があるんですか?」


 誕生日から数日後、ジルは我が家に来ていた。

 わたしの部屋でのんびりティータイムを楽しんでいるときに、気になっていたことを聞いてみた。


「うん。前の世界では、婚約指輪ってものがあったんでしょ?」

「知ってたんですね」

「アレクに聞いた」

「なるほど」


 予想していたとおりの答えに、わたしは納得する。

 兄さまがイリーナさんへの誕生日プレゼントに選んだのも指輪だったから、その前後にでも聞いたのかもしれない。


「前世は前世、っていうのはわかっているけどね。どうせ形に残すなら、エステルのなじみのあるもののほうがいいかと思って」


 たしかに、前世では人並みにそういったものに憧れを持っていた。

 夜景の見える高級レストランでプロポーズ、とまではさすがに言わないけれど。

 婚約指輪はダイヤモンドがいいか誕生石がいいか、なんていう話も友だちとの間で出たりしたね。もらう予定もないのに。

 そういえば前世の誕生石はアメジストだった。すごい偶然だ。


「でも、これって婚約指輪のデザインじゃないですよね」

「……え?」


 前世を思い出していたせいで、ぽろっと、わたしは気づいたことをそのまま口にしてしまった。

 ジルは呆けたような声を出して、目を点にしている。

 そんなに驚くことを言っただろうか。


「婚約指輪って、石が一つだけついてるものが基本なんですよ。中にはその両脇に小さい石が二つついていたり、同じ大きさの石が一周していたりもしますけど。お花のモチーフの婚約指輪は聞いたことがありませんね」


 同じ大きさの石が一周しているものはエタニティリングと言って、永遠の愛を表しているのだとか。

 わたしの好みとしてはシンプルに一つの石のリングに軍配が上がるけれど、エタニティリングもロマンチックだなとは思っていた。

 対して、ジルにもらった指輪は、紫色の石で五花弁のお花がモチーフになっている。

 デザイン的に、婚約指輪ではなくファッションリングの分類に入るだろう。


「ジル? どうかしました?」


 ジルはだんだんと、苦いものでも食べたように顔をしかめていった。

 その表情の変化を不思議に思って、わたしは問いかける。


「……失敗した。アレクには指輪としか聞いてなかったから」

「言葉足らずなのは兄さまらしいですね」


 苦々しい口調でつぶやくジルに、わたしは苦笑した。

 自分が知っているものだから、説明を省いてしまったんだろう。

 前世では当たり前だった風習を、何も知らない人間に一から話して理解させようとするのは難しいとわかるから、兄さまを責めることもできない。


「ごめん、エステル」

「どうして謝るんですか?」


 ジルは何も悪いことをしていないのに。

 謝られる理由が理解できず、わたしは首をかしげる。


「一生に一度のことだから、ちゃんとしたものを贈りたかったんだ。なのに……」


 言葉にできない、とばかりにジルは声をつまらせ、うつむいてしまった。

 その声は、その表情はとても悲痛に満ちたものだった。

 何もそこまで、とわたしが驚くほどに。

 けれど、それだけジルが真剣だったということなんだろう。


「ジル、顔を上げてください」


 テーブルの向こう側でうなだれているジルに、わたしは優しく聞こえるよう意識して声をかけた。

 そろそろと顔を上げたジルは、見事に八の字眉毛。

 その、捨てられた子犬のような表情が、かわいく見える自分は重症なのかもしれない。


「わたしはこの指輪をもらって、うれしかったですよ」

「エステル……」


 大丈夫、気にすることなんてない。

 そう気持ちを込めて、わたしはジルに微笑みかける。

 今にも泣きそうな顔をしたジルが、わたしの名前を呼ぶ。


「ジルがわたしのことを考えて指輪にしてくれたことが、うれしいです」


 プレゼントというのは、物よりも何よりも、贈ってくれる人の思いが大切なんだとわたしは思っている。

 たとえ高価なプレゼントでも、心がこもってなければ喜べない。

 逆に、心さえこもっていればどんなプレゼントだってうれしいものだ。

 ジルのくれた誕生日プレゼントは、婚約指輪には見えなくても、わたしにとっては充分“ちゃんとしたもの”だった。


「前世は前世、そのとおりです。婚約指輪らしい指輪よりも、わたしはこの指輪がいいです」

「本当に?」


 はっきりと言ったわたしに、まだ少し不安そうにジルは問いかけてくる。

 わたしは左手の薬指にはまった指輪に目を落とし、右手で形を確かめるように触れてみる。

 冷たい石の感触に、知らず笑みが深まった。


「前にもらったものとデザインが一緒だから。何年も前から、ジルの気持ちが変わってないってことの証みたいでうれしいんです」


 わたしの瞳の色の石の、五花弁のモチーフのついた指輪。

 それは、前にもらった三つのアクセサリーと同じデザイン。

 ジルがわたしのことを考えて、わたしのためだけにと作ってくれたもの。

 うれしくないわけがないじゃないか。


 数年前、これと同じデザインのアクセサリーをもらったときは、三回とも喜ぶことができなかった。

 一度目は本気で驚き、二度目と三度目はもうやめてくれと言いたくなった。

 子どもだったわたしには、ジルの本気が重かった。

 ジルがわたしを想う理由を知らなかったというのも大きい。

 素直に喜ぶことのできる誕生日プレゼントは、これが初めてだった。

 だから余計にわたしはこの指輪を特別なもののように思えるし、それは形状が婚約指輪ではなかったとしても同じこと。

 わたしにとってこの指輪は、まぎれもない婚約指輪だった。


「ずっと、変わらないよ」


 ジルは席を立ってわたしの横まで来ると、わたしの左手を取ってひざまずいた。

 まるで、先日の誕生日を再現するかのように。


「もし変わるとすれば、さらに想いが深まるだけだ」


 海の色の瞳が、焦がれるようにわたしを見上げている。

 伝わってくる熱。伝わってくる恋情。

 わたしはこんなにも、彼に愛されている。


「……わたしも、変わりません」


 素直に想いを言葉にすることは、とてつもなく恥ずかしかったけれど、それよりもジルの誠意に応えたいと思った。

 もう、ジル以上に好きな人ができることはないと、言いきれる。

 惜しむことなく愛を注いでくれるジルに、同じだけの愛を返せるようになりたい。

 胸の内で育っていく愛情を、彼に見せることができたらいいのに。


「変わらぬ愛を、君に捧ぐよ」


 ジルはそう言って、わたしの指にはまっている指輪に口づけを落とした。

 まるで指輪に感覚が通っているかのように、わたしはビクッと身体を揺らした。

 じわりじわりと、全身に熱が広がっていく。

 それはジルから受け取ったものでもあり、わたしの中で新たに生まれたものでもある。

 毒のようにわたしを侵食していく、甘やかな感情。

 ジルと同じだけの恋情を抱くようになる日も、遠くはないのかもしれない。



 確信に似た予感に、わたしは熱いため息をこぼした。







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