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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
72/101

六十九幕 一方通行ではない



 我が家に帰ってきて、自分の部屋に戻ると、わたしの頭はすぐにジルのことでいっぱいになってしまった。

 むりやりキスされて、好きだと気づいた。

 言葉にしてしまえばそれだけだけど、それだけ、だなんてわたしには思えない。


 ジルと触れ合った唇を両手でおおう。

 一瞬だけ絡んだ舌が熱かったのを覚えている。

 ディープキスというには軽い、けれどソフトキスとは間違っても呼べない口づけ。

 いまだにジルの唇の感触が残っているような気がした。


 いきなりキスをされた理由は、正確にはわからない。

 ただ、待たないで、とわたしが言ったことがきっかけだったんだろうとは思う。

 冷静になって考えてみれば、ずいぶんと勝手なことを言ってしまったと反省の気持ちがわく。

 最初に待つと言ったのはジルだけれど、わたしも何度も待ってと言ってきたのに。

 それを今さら待つなと言ったら、ジルだって怒るだろう。

 そう、あの時ジルはたしかに怒っていた。


 怒っていたから、キスをしたんだろうか?

 ……それは少し、違う気がした。

 腹が立ったからといって、約束を破ってまでキスをするとは思えなかった。

 あれでいてジルは意外と律儀なところがある。

 約束をした以上、きちんと守るつもりでいたんだろう。

 それをくつがえすようなことが、あの時にあったというだけで。


「なんだったんだろう……」


 ぽつりとつぶやいてみたところで、答えが出るわけもない。

 キスをした理由なんて、それこそ本人にでも聞かないかぎりわからないだろう。

 それよりも今は、他に考えることがある。

 ジルとのことを、どうするか、だ。


 原因がなんであれ、わたしはジルが好きなんだと自覚した。

 ジルはわたしを想ってくれている。

 つまりは、両思い。

 となれば当然、お付き合いやら婚約やらというふうに話はなっていくわけで。

 まだ成人もしていないのに気が早いけれど、将来のことを考えると、結婚という二文字が出てくる。

 わたしはジルと結婚して、夫婦になれるほど、彼のことが好きなんだろうか?

 この感情が勘違いじゃないことは自分が一番わかっている。

 それなら、この先の人生を相手に差し出せるほどに、想いは強いのか。


「……まずは、話さなきゃ」


 一人であれこれと考えていてもしょうがない。

 ジルとのことなんだから、ジルと一緒に考えないと。

 でも、そのためには。

 ジルに気持ちを伝えないといけない、というわけで。

 ……言えるの、わたし?


 何度も何度も、好きだと言われてきた。

 言葉で、行動で、示されてきた。

 それこそ、変態か、と言いたくなるくらい子どものころから。

 ジルの想いを疑う気持ちなんて今はどこにもない。

 想いを受け入れられるのか、同じだけの想いを返せるのか、ずっと考えてきた。

 散々待ってと言っていたのに、その答えが大人になる前に出てしまった。


 大人になるまで、という猶予は、わたしが一方的に取りつけたものだ。

 別に大人になってからじゃなきゃ答えを出しちゃいけないというわけじゃない。

 ただ単に、大人になったら、子どもだからという理由では逃げられない、というだけで。

 そのことは、ジルだってわかっているはず。

 だから、答えがわかったなら、わたしはジルに伝えないといけない。

 ……いけないんだけども。


 好きだって、言うの? どの面下げて?


 今までずっとジルの想いを退けてきた。

 口説き文句を聞き流して、触れてこようとする手を払って。

 向けられる愛おしそうなまなざしからは、目をそらしてきた。

 そんなわたしが、今さらどうやって好きだって伝えればいいんだろう。

 しかも、ジルを怒らせてしまったこのタイミングで。


「難題、だよね」


 どうすればいいのかわからなくて、わたしはため息をついた。

 両思いのはずなのに、どうしてわたしは悩んでいるんだろうか。

 ジルに想いを伝えれば、それで解決するはず。

 将来のことはゆっくり二人で考えるべきことだ。

 なのに……伝えるという最初の段階で、つまずいてしまう。


 好きになった相手が最初から自分のことを好きでいてくれているなんて、すごく恵まれていることだと思う。

 兄さまへの苦い初恋を経験したわたしは、ことさら実感している。

 もちろん、ジルの猛攻があったからこそこうしてほだされちゃってる自分がいるんだけども。

 恵まれている状況でもそれなりに、悩みというものはついてくるらしい。

 答えはわかっている。伝えるべきだ、と。

 でも、と駄々をこねたくなる自分にどう対処すればいいのか。

 思わずもう一度深いため息をこぼした。


「エステル?」


 こんこん、というノックと共に聞こえた兄さまの声。

 わたしははっとして、すぐに扉に向かった。

 いつのまにみんな帰ってきていたんだろうか。考え事に夢中になっていて気づかなかった。


「どうぞ、兄さま」

「いや、ここでいい。具合が悪いというのは平気か?」


 わたしが中に招き入れようとするのを兄さまは断って、心配そうに聞いてきた。

 そうだ、具合が悪くなったから帰ると言伝を頼んだんだった。

 エレさんか、エレさんの婚約者が、ちゃんと伝えてくれたらしい。


「はい、だいぶよくなりました」

「ならよかった」


 一瞬本当のことを話そうか迷ったけど、そうすると芋づる式に話さなきゃいけないことがたくさん出てきてしまうから、良心の呵責を覚えながらも嘘をつき通した。

 ごめんなさい、兄さま。

 でも、ジルにむりやりキスをされたことなんて話したら、きっと驚かせてしまう。

 それどころか、ジルのところに殴りこみに行きそうな気すらするから、絶対に家族には言えない。


 そういえば、その問題もあったんだった。

 ジルがやったことは、わたしの評価を傷つけるものだ。

 たかがキス。されどキス。

 この国は自由恋愛推奨だし、それほどうるさくないとはいえ、貴族には色々あるものなんだ。

 ジルを怒らせるようなことを言ってしまったわたしも悪かったけど、だからってジルの行いが正当化されるわけじゃない。

 そのことは、ちゃんときっちり注意しないと。


「兄さま、次の勉強会はいつですか?」


 わたしは挑むような気持ちで兄さまに聞いた。


「三日後だが、それがどうかしたか」

「いえ、ありがとうございます」


 何を考えているのか悟られないよう、わたしは微笑んだ。

 その日が、決戦のときだ。

 まだ、どうやって伝えようか、決まってはいないけれど。

 なぜだか、ジルを目の前にすれば、話せるような気がした。

 すべてがうまくいくような、そんな気がした。


 ジルと話そう。

 わたしの想いも、今日のことも、これからのことも。

 話して、一緒に考えよう。



 もう、想いは一方通行ではないんだから。







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