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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
62/101

五十九幕 君が幸せならそれで



 次のガーデンパーティーの日。

 リゼと話していると、わたしに向けられる物問いたげな視線に気づく。

 わたしは一つため息をついて、リゼと別れ、その視線の主へと近づいていく。


「こんにちは、ジル」

「……やあ、エステル」


 ジルはいつもどおりの笑みを浮かべることに失敗したのか、形容しがたい表情をしていた。

 口端は上がっているのに、笑っているようには見えない。

 動揺が表に出ているジルに、わたしはしょうがないなと苦笑する。

 聞きたいことがあるんだろうに、何を遠慮しているんだか。

 それとも答えが怖くて聞けないんだろうか。


「断りましたよ」


 先回りして、わたしは答える。

 ジルは目を見開く。


「どうせジルのことですから、知っていたんでしょう?」


 前のガーデンパーティーで、数日後にローリーが家に来ると、ジルに話の流れで言っていた。

 その時の何か言いたそうな顔は、今思えばローリーの想いを知っていたからなんだろう。

 だから彼が家に来ると知って、告白するつもりなんじゃと思ったんだろう。


 ローリーに想いを告げられてから、わたしは一つ納得したことがある。

 推測でしかないけど、少し前にジルの様子をおかしくさせた噂は、たぶんローリーのことなんじゃないかな、と。

 二年近く前、都でリュースとのことで嫉妬されたときを思い出す。

 リュースとわたしの年が近く、『お似合い』に見えることにジルは引っかかっていたようだった。

 普段はそんなふうには見えないけど、わたしと年が離れていることをジルなりに気にしているんだろう。

 図らずもリュースとローリーは同い年。ジルにとってはきっと地雷。


「そ、っか……」


 ジルは気の抜けたような顔をしている。それは安堵の表情にも見えた。

 よかった、と小さくつぶやいてから、重苦しいため息をつく。


「ごめん。本当なら喜ぶべきじゃないのに」

「そうですか? わたしが言うのも変ですが、恋敵が振られた場合に喜ぶのは普通じゃないかと」


 言いながら、わたしは顔をしかめる。

 相手の好意を前提に話すのは、なんだかいい気になっているようで好きじゃない。

 いまだにわたしのどこがよかったんだろうと思ったりはする。ローリーも、今まで告白してくれた人たちも。

 だからって相手の想いを否定することも失礼だろうしで……ほんと、こういうのは難しい。


「うまくは、言えないんだけど。僕はずっと、こうなってくれることを望んでいて。それは、君の選べる一つの道を、君の幸せを否定することで。誰かに取られたくないと思いながら、そう思ってしまう自分のことがひどく醜く感じられたんだ」


 まるで懺悔するように、ジルは自分の心中を語る。

 初めて聞くことだけれど、別に驚くことも、不快に思うこともなかった。


「人間って、えてしてそういうものだと思いますよ」


 少なくとも、わたしはそう思う。

 わたしだってイリーナさんの存在を知ったとき、やっぱりうらやましいと思ってしまった。

 もし兄さまが兄じゃなかったら。恋をしても許される相手だったら。

 そう考えてしまったことは一度や二度じゃない。

 兄じゃなかったら、そもそも前世を共有することもなかったんだろうけど。

 そうしたら恋をしたかなんてわからない。前提からして崩れてしまう。

 それでも、理屈じゃ説明できない醜い感情は、消してしまうことはできなかった。


「僕は、君が幸せならそれでよかったはずなのに……」


 じっと、ジルはわたしを見つめる。

 その視線を受けながら、わたしは考える。

 ただ相手の幸せだけを願うなんて、それは恋と呼べるんだろうか?


「本当に?」

「ひどいな。疑うの?」


 そう言って少しだけジルは笑った。自嘲気味ではあったけれど。


「その言葉を信じるには、普段のジルの行動は行きすぎてます」

「自分に正直なだけだよ。エステルの幸せを一番に願っていることは本当」

「……そうですか」


 嘘には聞こえなかったから、とりあえず納得しておく。

 うまく言ったもんだな、とは思ったけど。


「でも、わからなくなってくるな。僕以外の誰かとの幸せだとしたら、壊したいと思ってしまいそうな自分が怖い」


 ジルはくしゃりと顔をゆがめる。

 泣きそうにも見える表情。海の色の瞳は、波を立てるように揺れている。

 どうしてジルがそんな顔をするのか、わたしにはわからない。

 自分が悪だとでも思っているんだろうか。


 わたしからすれば、ジルの考え方は当然なように思える。

 見ていられるだけでしあわせ、というのも一つの恋ではあるけれど、たいていはもっと深い欲が絡む。

 一緒にいたい。自分を好きになってほしい。他の人を見ないで。

 恋は甘いだけじゃない。強くて切ない思いがあってこその恋愛なんだろう。

 前世と現世でわたしが知っている恋というのは、そういうものだ。


「いつから僕はこんなによくばりになったんだろうね」

「最初からじゃないですか? だって、人ってそういうものでしょう」


 それが普通なんだと、わたしは思う。

 ジルは人間ではなかった前世があるから、戸惑っているのかもしれない。

 欲というものを知らなかった記憶が残っているから、自分の感情が醜く思えるのかもしれない。


「君に出会って、僕は欲を知ったんだ」


 ずっと独りでいた狭間の番人は、光里に出会って変わり、わたしに出会って人間らしくなった。

 今はもう、ジルは狭間の番人じゃない。

 残滓のような記憶を持った、ジルベルトという一人の青年。

 人間らしく恋をして、人間らしく欲に惑う。

 その変化を与えたのは……わたし、なんだ。


「ねえ、エステル」


 ジルはわたしの名前を呼んで、手を伸ばしてきた。

 その手はわたしの髪を絡め取り、すっと引いた。

 長い髪がジルの指の間を通って、わたしの背に戻っていく。

 まるで、わたしの心はまだ、ジルの元にはないことを表すように。


「叶うことなら僕の手で君を幸せにしたい」

「別にわたしは、誰かにしあわせにしてほしいなんて思っていません。ちゃんと自分でしあわせになります」


 今だって、家族がいて友だちがいて、しあわせじゃないわけじゃないし。

 しあわせっていうのは、自分で築いていくものだと思っている。

 恋をする相手がジルだろうと、他の誰かだろうと、わたしはちゃんとしあわせになる。

 わたしはそういう心意気でいた。


「僕はその障害にならない?」

「なりませんよ」


 不安そうなジルに、わたしは断言した。

 どれだけジルが邪魔をしようと、わたしは根性でしあわせになってやる。

 それに……なんだかんだで、ジルはわたしに甘い。

 本当にわたしのしあわせの邪魔をすることはないだろうと、なぜだか信じられた。


「なら、傍にいさせて」


 願いというには必死な、懇願。

 ダメだと言ったらどこか遠くに消えていってしまいそうな、そんなはかない笑みを浮かべている。

 まったく、これだからジルは面倒だ。

 どうしてこんなに……まっすぐ、わたしに想いをぶつけてくるんだろう。

 受け取ることは、まだできないというのに。


「……断り入れなくたっていつも傍にいるじゃないですか」


 ため息混じりに、わたしはそれだけ言った。

 婉曲的にしか、傍にいてもいいのだと、伝えられない。

 はっきり伝えてしまえば、それはそのまま答えになってしまうから。



 あいまいな言葉しか選べない自分が、少し嫌になった。







診断メーカー『ベタ惚れな彼のセリフと行動』

【ジル→エステル】「お前が幸せならそれでよかったはずなのに… 」と言ってじっと見つめます。

(http://shindanmaker.com/99754)

小ネタを書こうとしたんですが、本編に入れられそうだったのでこちらで。

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