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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
61/101

五十八幕 同列に並べていない



 少しずつ暖かくなってきて、少しずつ春に近づいていって。

 モモが咲き始める時期、わたしはローリーに告白された。


「エシィ、君をエステルと呼ばせてもらえないかな?」


 どういう意味、なんて聞かなくてもわかった。

 名前を呼ぶ。その行為にどんな感情が込められているかなんて、この国に住んでいるなら誰だって知っている。

 相手のことが好き、ということ。ド直球ストレートな告白。


 最初は、冗談だろうかって思った。

 ドッキリか何かなんじゃないかって。

 罰ゲームとかでむりやり言わせられてて、実は物陰に誰か潜んでるんじゃとか。

 でも、ローリーの穏やかな瞳の色を見たら、疑う気持ちはすっかり消えてしまった。

 こんなこと、人のいいローリーが冗談で言うわけない。

 そもそもここは我が家の庭で、ガーデンパーティー中でもないのに他に人がいたりしたら不法侵入だ。


 冗談じゃないなら、これは本気の告白ってことなんだろうけど。

 ……てっきりローリーはリゼのことが好きなんだと思い込んでたんだよね。

 ちゃんと本人に確認したことはなかったし、リゼのことを好きな人は他にもいたから、誰のお手伝いをする気もなくて、おせっかいを焼いたこともない。

 けっこういい雰囲気なんじゃないかって、勝手に思ってたんだけど。

 全部わたしの勘違いだったってこと、だよね。

 自分ではそれなりに敏いつもりでいたんだけど、見当違いもはなはだしい。恥ずかしすぎる。


 本気ですか? なんて聞いたら、きっとローリーを傷つける。

 だからわたしは、答えを口にするしかない。

 告白を受けるか断るか、の答えを。


「……ごめんなさい」


 わたしはローリーと目を合わせていられなくて、頭を下げた。

 深く考えることなく、答えはあっさり出た。

 ローリーのことは好き。だけど、あくまで友だちとして。

 それが変わることは、きっと一生ない。

 そう、わたしの直感が告げていた。


 ローリーは優しい。一緒にいて安らぐし、もし付き合うことになれば支え合っていけるとも思う。

 でも、わたしのそれは恋愛感情なんかじゃない。

 同じだけの想いを返せないなら、告白を受けてはいけないんだ。

 そうしないと、ローリーに失礼だから。


「うん。わかった。僕こそごめんね」


 答えはわかっていた、とでもいうように、ローリーは微笑んだ。

 それが余計に、わたしの罪悪感をあおった。


「君にはジルベルトさんがいるから、無理だってことはわかってたんだ。それでも、僕の気持ちを伝えておきたくて……」

「あの、ジルとのことは誤解です」


 ローリーの言葉を思わずわたしはさえぎった。

 まさかローリーまで噂を信じているとは。

 噂は真っ赤な嘘だって、親しい人たちにはちゃんと説明したはずなのに。

 ローリーだってちゃんと聞いていたはずだ。何しろ彼の場合、自分から確認してきたんだから。


「君はそのつもりなんだろうけどね」


 苦笑を浮かべるローリーが何を言いたいのか、わたしにはわからない。


「そのつもりも何も、ジルとの間には何もありません」

「何もない……ってことはないよね。本当に何もないなら、エシィはもっときっぱり否定するはずだよ」

「きっぱり、してませんか?」


 妙に強気なローリーに、わたしは首をかしげてしまう。

 自分としてはわかりやすく意思表示しているつもりなんだけれど。

 周りから見るとそうでもないんだろうか。


「噂を放置している時点で、していないね」

「それは……」


 いくらわたしが否定したところで、ジルがあの調子じゃ噂は消えてくれないから。

 さわらない約束をしてからも、相変わらずジルはわたしにかまうし、周りもそれを当然のようにしている。

 そんな状況で、放置する以外にどうすればいいっていうんだろう。


 ジルの待つという言葉が、いつまでのものなのかはわからない。

 けれど、少なくともわたしは、成人するまでという意味を込めて、待っていてほしいと言ってしまった。

 だから今すぐジルの想いを拒むことはできない。

 ローリーや他の人たちのように、ごめんなさい、と終わらせることはできない。


 認めたくはないけれど、これもある意味特別扱いなんだろう。

 今までに告白してくれた人たちと、ジルを同列に並べていないんだ。

 だってジルは、元は狭間の番人で。

 ずっとずっと、一人で寂しい思いをしてきて。

 光里の言葉だけが救いで、それがあったからわたしに執着していて。

 わたしを……誰よりも強く深く、想ってくれているから。


「わたしは、ジルを好きなわけじゃありません」


 事実のはずの言葉は、言い訳めいた響きを持った。


「でも、ジルベルトさん以上に好きな人もいないんじゃないかな」


 一瞬、兄さまの影がちらつく。

 それはすぐに、失恋を抱きしめて慰めてくれたジルに変わった。

 わたしはそのことにぎょっとした。

 いつのまにか、あんなに好きだった兄さまと同じくらいの位置に、ジルがいた。

 特別、ではない。まだそこまで想いは育っていない。

 でも、もしかしたら。

 一番……なのかもしれなかった。


「……ローリー」


 恐ろしいことに気づかせられて、わたしは恨みがましくローリーの名をつぶやく。


「ごめん。いじめたいわけじゃないんだ。ただ、少しジルベルトさんがかわいそうで」

「わたしが言うのも変ですが、恋敵なんじゃないんですか?」

「そうだね。でも、同志でもある」


 ローリーの言葉に、わたしは目を丸くした。

 わたしが前にアンに言ったようなことをローリーが口にしたから。

 そうだ、こういう人だった。

 たまに発想が似ていたりして、不思議と波長が合って。

 損をしても気にせず笑っているようなお人好し。

 そんな彼と一緒にいるのは楽で、少し心配になったりもして。

 でもローリーは、そんな他人の心配すらも包み込んでしまうような人だった。


「ローリーは相変わらず、お人好しですね」


 わたしにはもったいない人だと思う。

 誰よりもローリーのことを愛してくれる人と、幸せになってほしい。

 心からそう思った。


「そんなことないよ。好きな人に幸せになってほしいのは、当たり前のことでしょ?」

「そういうところがお人好しなんです」


 そうかな、とローリーはきょとんとした顔をしている。

 自分の長所というものは、本人にはよく見えないものらしい。

 そんなところがローリーのよさでもあるので、そうですよ、と肯定してわたしは笑った。


「……ジルに甘えているところは、たしかにあります。その自覚はあります」


 兄さまに失恋して、その胸で泣かせてもらったときから。

 少しずつ、少しずつ、ジルはわたしの心を占めるようになっていった。

 甘やかされて、それをつっぱねながらも、心の深い部分では支えられてしまっていて。

 なんだかんだで、わたしはジルの好意に甘えてしまっている。


「好きかどうかは、まだわからない?」


 ローリーの言葉にわたしはうなずく。

 兄さまや、前世の恋人を想っていた気持ちとは、まだ違う。

 だからといって、将来好きにならないかどうかも、わからない。


「そうですね。猶予いっぱいまで、考えようと思います」

「大人になるまで、ね。やっぱりよかった、先に告白して」

「どうしてですか?」


 振られたのに、何がよかったと言うんだろう。

 不思議に思って聞いてみると、だって、とローリーは苦笑する。


「エシィが大人になるのを待っていたら、きっと告白する機会なんてもらえなかっただろうから」


 言葉の意味を理解するまでに、数秒時間がかかった。

 ジルがそれを許さない。とそういうことだろうか。

 ローリーの言い方では、わたしが大人になったらジルと恋仲になるから、とも取れてしまう。


「……どうなんでしょうね」


 答えに困ったわたしは、そうあいまいにごまかした。



 絶対にありえないと否定することも、今ではできなくなってしまったから。







ローリーはリゼが好きなんだとエステルが勘違いしていたのは、エステルの大切な存在であるリゼに優しくするローリーを見ていたから。

エステルとリゼが友だちだからなのに、リゼへの恋心からの優しさなんだと思ってしまったわけです。

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