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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
55/101

五十二幕 わたしのしたいように



 あっというまに夏休みが終わり、二学期が始まった。

 太陽の光が日に日に弱まってきて、秋の足音が聞こえてくる。

 父さまから話があると呼び出されたのは、そんなある日のことだった。


 わたしは父さまの執務室を訪ねた。

 父さまは休憩中なのか、執務机ではなくその手前のソファーでくつろいでいた。


「なんの話でしょう? 父さま」

「とりあえず座りなさい」


 言われるまま、わたしは父さまの正面のソファーに座る。

 父さまが紅茶をそそいでくれたので、ありがたくいただく。


「いや、エステルももうすぐ卒業するんだなと思ってね」

「もう二学期も始まりましたからね」

「あと三ヶ月もないのか……大きくなったねぇ」


 しみじみ、といったふうに父さまは言った。

 最高学年は二学期までしかない。秋休みは収穫祭直前の十一月からなので、あと三ヶ月もすれば卒業だ。

 わたしみたいに誕生日が遅いと、十三のうちに卒業することになるんだよね。

 それが不利に働くことが、ないとは言えない。年齢制限のある資格もあるし。他にも、たとえば一年後とかに同窓会みたいなノリで集まろうってなったとき、まだ誕生日が来てないからってお酒を飲めない人も出てきちゃうわけだ。

 もちろん、それくらいで文句を言ったりはしないけどね。


「で、父さま、本題は?」


 こんな世間話をするために呼んだわけじゃないだろうと、わたしは父さまを促す。


「ああ、すまない。本題といっても、別に改まって話すようなことじゃないんだよ。少し将来のことを話したいと思ってね」

「将来のこと、ですか?」

「卿家を支えるための勉強をする、ということでいいんだよね」

「はい。将来は兄さまの補佐をできたらと思っています」


 兄さまやジルがそうだったように、学校を卒業してから、本格的に勉強し始める。

 卿として公の補佐をしながら領地を治める兄さまと、その卿を支える卿家の一員であるわたしでは、学ぶ内容は異なる。

 兄さまやジルの勉強を見ているのは、お祖父さまや先代の卿だった人。時間があるときは父さまやジルの父親も教師役になっているらしい。

 わたしの家庭教師を務めてくれるのは、きっとその妻や子どもになるだろう。

 家族として、どう支えていくか。必要な知識と、その知識をどのように使うのか。

 それを学んでいくことになる。


「アレクシスを、かい? 他の人ではなく」


 父さまは不思議そうに首をかしげる。

 これは……もしかして、探りを入れられているんだろうか。

 ジルとの噂を聞いていないとはわたしも思ってはいない。父さまがどう思っているのか気になってはいたから、ちょうどいいのかもしれない。


「結果的にどうなるかはわかりませんが、少なくとも今は、シュア家のためであるつもりです」


 とりあえずわたしは無難な答えを口にした。

 先のことは誰にもわからない。

 今はまだジルの想いを受け止められずにいるけれど、いつかジルのことを好きだと思える日が来るかもしれない。

 そうなったとき、わたしが支える相手は兄さまではなくジルになるんだろう。

 もちろん、これはただの仮定の話。今のところは想像もつかない。


「そうか……。でも、シルヴィアが私を支えてくれているように、エステルもアレクシスではない誰かを支える存在になるかもしれない。それはわかるね?」

「もちろんです、父さま」

「その誰かは、エステルが心から寄り添いたいと思える人であればいいと思う」

「わたしもそう思っています」


 父さまのやわらかなまなざしに応えるように、わたしは微笑んだ。

 恋愛結婚を奨励しているってことだろう。

 誰かに決められるなんて嫌だと思っていたから、こうして父さまが言葉にしてくれたことに安心する。

 言質は取ったぞ。なんて思っちゃうあたりかわいくないよね、わたし。


「それで……だね。そういう相手に心当たりはあるかい?」


 言いながら、父さまの目が泳ぐ。

 やっぱり探りを入れようとしているらしい。わかりやすすぎる。

 兄さまの嘘がつけない性格は、父さま譲りかもしれない。

 父さま、こんなんでよく卿なんてやってられるなぁ。

 田舎の卿だからなんとかなっているんだろうな。間違っても都なんかに出しちゃいけないね。


「いえ、今のところは」

「そ、そうか。それはよかった」


 何がよかったなんですか、父さま。

 嫁ぐのが遅くなりそうなことがそんなにうれしいんですか。

 これだから親バカは……って、その子どもが言う台詞じゃないけど。

 いざわたしがお嫁に行くとかってなったとき、本気でボロ泣きそうで怖い。


「ジルくんとは仲がいいみたいだね」

「……父さま、どうせバレバレなんですからはっきり言ってください。ジルのところにお嫁に出すつもりなんですか?」


 下手な探りを入れられるのはあまり気持ちのいいもんじゃない。

 さっきの言葉もあるからそんなことはないだろうけど、と思いながらわたしは問いかけた。


「そんなことはないよ。言っただろう、エステルが好きな人でなければ意味がない」


 なんとも父さまらしい答えだ。

 なら、探りを入れようとした理由はなんだろう。

 ジル以外に嫁がせたい相手がいるとか? 好きな人でなければって言っているんだからどう考えても違うだろう。

 名指ししてきたってことは、ジルに関係あることだろうし。

 と、そこまで考えて気づく。


「噂が立っていて娘の今後が心配なのかもしれませんが、大丈夫です。問題だと思えば自分でなんとかしますので」


 ジルに関係していることでといったら、これくらいしかないじゃないか。

 噂が広まったのは、今年になってからだ。

 それまでも細々とは流れていたものだったんだと思う。

 たぶん、広まったのはわたしの年齢や外見があるんだろう。

 現在十三歳。四ヶ月後には十四歳。あと一年と数ヶ月でわたしは成人する。

 身体も成長して、だんだんと女性らしい丸みを帯びてきたと思う。まだ色々と足りないけど。

 前世でも身長が伸びなくなったのって、中学生のときだったもんね。


 わたしが噂を放置しているのは、今のところ害がないからだ。

 ジルとのことを誤解されるのなんて、それこそ今さら。

 詳しくは省くけど、ジルのことが好きな女性に中傷されたことなんて何度もある。前世での陰険ないじめを知っていたから、かわいらしいもんだと思ったけどね。

 実のところ、エレさんと仲良くなってからは減ったから助かってもいた。リーダー的存在に従うっていうのはどこの世界でも同じなんだね。エレさんがわたしに声をかけたのはそういう意図もあったんだと、今は理解している。

 噂があろうとなかろうと、悪く言う人は言うし言わない人は言わない。そういうものだ。


 もう一つ、噂のせいで男の人が近づきにくいんじゃとも少し思ったけど、それも問題ない。

 まず、今いる男友だちはそんなことを気にするような人たちじゃない。

 それにわたしは思うのだ。

 噂なんかを気にして声をかけられないだなんて、そんなヘタレはこっちから願い下げだ、と。

 逆に虫除けになって楽だ、と思ってしまうのは、学校で告白されるたびにどう断ろうかと悩みまくっているから。傷つけないように断る、という難しさを痛感している。

 物好きだなぁ、と思わなくもない。とはいえ、若いときはそれはもうモテただろうという母さまと、誠実さのにじみ出ている父さまから生まれた自分が、それなりに容姿が整っていることは自覚ずみ。

 わたしなんかよりもずっとモテモテのリゼは、逆に告白するなんて恐れ多いとか思われているらしいとリゼの友人に聞いた。それはそれで大変そうだ。


「しっかりしているなぁ、エステルは。もう少し頼ってくれてもいいんだよ?」

「できれば放っておいてもらえれば助かります」


 のほほんとした父さまに、わたしははっきりとそう告げる。

 そもそも前世の考え方も根をはっているわたしとしては、結婚が女の一番のしあわせだなんて思っていない。

 兄さまの補佐を仕事としながら、自分の趣味に時間を使うのも、悪くないんじゃないかな。

 この年でおひとりさままっしぐらな思考回路もちょっとどうかとは思うものの。


「エステルはしっかりしているから、自分でどうにかしてしまうんだろうね。家のことは考えなくていい。エステルのしたいようにすればいいんだよ」


 父さまは優しい。父さまにかぎらず、わたしの家族はみんなそう。

 わたしのしたいように、わたしの好きにさせてくれる。

 だからこそ、考えなくていいと言われて、そうできるわけもない。

 もし将来誰かと結婚するとしたら、少なくとも家に不利益になるような相手は選ばないと思う。

 たとえば金食い虫だとか。そんな人は家のこと関係なくても嫌ではあるけどね。

 家のことをまったく考えずにいることは、きっとできない。優しい家族だからこそ。


「ありがとうございます、父さま」


 でも、そんなことは表に出さずに、わたしはお礼だけを口にする。

 父さまはわたしの考え方を喜んではくれないだろうから。

 いいんだ、それで。一人よがりかもしれないけど、これも“わたしのしたいように”していることなんだから。

 家のことを考えながら、自分の将来を見つめなおす。

 だからって自分の気持ちをおろそかにするつもりもない。



 一番いい答えは、いったいどこにあるんだろう?







まったく関係ありませんが、メリークリスマス。

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