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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
52/101

四十九幕 傷つけてしまうのが怖い



 それから数日、わたしの心中は荒れたままだった。


――バカ! バカ!! ジルの変っ態!!


 何度心の中で罵倒したかわからない。

 たかが間接キス。されど間接キス。しかも舐めた……!

 ちらりと覗いた赤い舌が、記憶に焼けついていて消えない。

 ただの間接キスのはずなのに、ひどくいかがわしいことをされたような気になった。

 きっと、相手がジルだからだ。無駄に美形で、色気があるから。

 健全な美形の兄さまを見習わせたいくらい、ジルはどこか倒錯的な色気をまとっている。


 人目のあるところで、あからさまな間接キス。

 間違いなく、二十一歳が十三歳にしていいことじゃなかった。

 本当に、ジルはわたしの年齢を考えてくれない。

 番人だったときの記憶があるから、人と感覚がずれていることくらいはわかっている。

 それでももう少し常識をつけてもらいたいと思うのは、わたしだけだろうか。


 間接キスくらい、そこまで気にすることじゃないのかもしれない。

 実際に口と口が触れ合ったわけじゃないんだし。

 たぶんだけれど、誰にも見られていなかったようだったし。

 でも、怒りは冷めない。不思議なくらいに。


 実を言うと、前世のわたし――光里は、お付き合いをしたことがあった。

 中学二年生から三年生にかけて、正確にはわからないけどたぶん半年以上。

 同級生で、体育会系なのに笑顔がかわいい男子だった。あっちから告白されて、わたしも前から気になっていたのでお付き合いを始めた。

 受験で会う機会が減って、うまくいかなくなって、別れた。

 進学先は違っていたから、あのまま付き合っていたとしても、いずれ自然消滅していたかもしれない。


 半年も付き合っていれば、当然のことながらキスは経験ずみ。

 だから、あれくらいはどうってこと……ないと思えればよかった。

 そうは思えないから、心中でジルへの罵詈雑言を並べまくっているという現状がある。


 わたしの唇に触れた指。それを舐める赤い舌。

 思い出すだけで、恥ずかしすぎてじたばたしたくなる。 

 前世で経験したドキドキとは、また違う。

 甘くもなく、優しくもない。これだけ動揺させるジルに対してのいらだちすら混じっている。

 待つだなんて嘘だ。これのどこが待っているっていうんだ。

 馬鹿の一つ覚え? 本当にそう。押して押して押しまくるのも大概にしてほしい。


「……なんて、言えたらいいんだけど」


 わたしは深くため息をつく。

 たぶん、本人を前にしたら文句を言うのを躊躇してしまう。

 最近わたしはジルに対して強く出られない。

 あれだけ言えていれば充分かもしれないけど、以前と比べると全然駄目だ。

 理由はわかっている。

 彼を傷つけてしまうのが怖いから。

 それは、傷つけたくないと、思っているということ。


 都で、わたしはジルの想いを否定して、傷つけた。

 結果的にはあれのおかげでジルの秘密を知ったわけだけど、傷つけたという事実は消えない。

 混乱していたから、なんてのは言い訳にもならない。

 ジルは傷ついて、わたしから逃げて、生きることからも逃げそうになっていた。

 熱を出したジルは、今にも消えそうなくらいはかなげで、危うかった。


 わたしは、ジルの想いの深さを知っている。

 それが光里に向けられたものであれ、エステルに向けられたものであれ、結局は同じ。

 ジルはあまりにもまっすぐにわたしだけを見ている。

 わたしの一つの言葉、一つの行為で、簡単に傷つくほどに。

 それが、怖いと思う。


 たとえば、自分の言葉一つで死を望んでしまうかもしれないような人が近くにいたら、普通は恐怖を感じるものだ。

 ジルはそういう面があるように見えて、扱いに困る。

 怒りを怒りのままにぶつけることができなくなってしまう。

 偽善的、なのかもしれないけれど――。


 こんこん、とわたしの考えを断ち切るように、ノックの音がした。


「エステル」

「はい」


 低いけれどよく通る声に、わたしは反射的に返事をした。

 顔を上げると、ちょうど兄さまがドアを開けて部屋に入ってきた。


「兄さま、どうしたんですか?」

「いや、何か思い悩んでいるようだったから」


 ずいぶんと優しく表現してくれたなぁ、とわたしは苦笑する。

 そんなかわいらしいものじゃなかっただろうに。

 いつもどおりに見えても、家族にはわたしが苛立っていることなんてきっとバレバレだった。

 人に当たることだけはしなかったのは、褒められるところかもしれない。


「心配かけちゃってすみません。大丈夫です」

「おまえはすぐにそう言う。私では力になれないか?」

「たぶん、時間が経てば収まると思うので、気にしないでください」


 今回は長引いているけれど、きっと大丈夫。

 記憶というものは時間と共に薄れていくものだ。

 間接キスの衝撃も、例にもれず。というか、そうなってもらわないと困る。


「ジルのことだろう?」


 兄さまの問いかけに、わたしは思わず身がまえてしまった。

 何か、知っているんだろうか。

 たとえば、先日の間接キスだとか。


「……どうしてそう思うんですか?」


 わたしは慎重に尋ねてみた。笑みを添えて。


「おまえがそこまでかき乱す存在なんて、そうはいない」

「それは、たしかに」


 兄さまの答えに、拍子抜けして小さく息をついた。

 考えてみれば、兄さまの言うとおりだ。

 年より落ち着いている、というのが周りからのわたしの評価。精神年齢を考えれば当たり前のこと。

 そんなわたしが感情を隠せないほどに取り乱している。

 その原因に、ジルのことで何度も相談に乗ってもらったことのある兄さまが、気づかないほうがおかしいだろう。


「またあいつが何か言ったかしたかしたんだろうが、深く考えることはない。あいつは自分のやりたいようにしているだけだ」

「それが問題なんだと思うんですけど……」

「嫌なら拒絶すればいい。自分の行動への反応を、あいつも受け入れる必要がある」


 キッパリとした兄さまの言葉に、わたしは驚く。

 言っていることはたしかに正論だと思うけど、それはジルを諌めるものだ。

 もう何年も前になるけれど、兄さまはジルの邪魔はしないと言っていた。

 そのときはまだジルの想いがどれだけのものか知らなかった。たぶん兄さまは、そのころから知っていたんだと思う。

 なのにジルの行動を非難する兄さまが不思議で仕方がない。


「兄さまは、ジルとお友だちなんですよね?」

「ああ。だからこそ甘やかしたりはしない」


 思わず首をかしげたわたしに、当然のように兄さまは言う。

 そっか、そういうことか。


「兄さまらしいです」


 わたしはそう言って微笑んだ。

 いいことはいい。悪いことは悪い。兄さまはただそう言っているだけ。

 善行をすれば褒め称えるし、やってはいけないことをすればきちんと注意する。

 友だちだからといって、そこに私情ははさまない。

 本当に、公明正大な兄さまらしい。


「おまえも、好きなようにすればいい。私が言えるのはそれだけだ」

「ありがとうございます。そうしてみます」


 わたしも兄さまを見習おう。

 傷つけるかもしれないと、怯えたりしないで。

 言いたいことを言えるほうが、きっとずっといい。



 兄さま、ありがとうございます。

 ちょっとがんばってみますね、と心の内でつぶやいた。







前世で恋人あり(だった期間がある)は、ずっとあったのに中々出せなかった設定でした。

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