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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
50/101

四十七幕 原点にある想いは



 最終学年になって一月近く。

 五月の風のさわやかさに心が安らぐ時節、学校で小さな出来事が起こっていた。

 事件というには平和で、騒ぎというには局地的すぎるもの。

 それは何かというと……。


「アーニャ! オレと付き合ってくれ!」

「お断りだね! つーか呼び捨てするなっ!」


 交際を申し込む男子と、それを一蹴する女子。

 しかも追いかけっこしながら、という色気のなさ。

 ここ一週間ほど似たようなやりとりをくり返しているこの二人は、おかげでずいぶんと学校で有名になってしまっている。


「また玉砕だねぇ」

「何度目だったっけ?」

「少なくとも片手じゃ足りないよね」

「飽きないねー」


 そんなことを言いながら二人を眺めているのは、以前から二人を知っている同学年の子たち。

 最初のころは男子――イヴァンくんを応援したり、アンのつれなさに文句を言ったり、好き勝手にはやし立てていた。

 けれど一週間もすればこの状況にも慣れてしまって、周りも落ち着いたものだ。

 わたしは周りの声を聞きつつ、たった今イヴァンくんに捕まってしまったアンを見る。


「ずっと友だちだと思ってたけど、それだけじゃないってやっと気づけたんだ。オレはおまえのことが好きなんだ!」

「あたしはあんたのことが大っ嫌いだよ!」


 情熱的な告白にも、アンはピシャリと拒絶の言葉を発する。

 アンの言葉に、イヴァンくんは悲しげに顔をゆがませた。

 それはまるで飼い主に見捨てられた子犬のようで、それなりに整っている顔立ちだということもあり、周囲の同情を誘う。


「……あらあら」


 アン、はっきり言葉にするのもいいけど、このままじゃ周りはイヴァンくんの味方ばかりになるよ?

 そんなことを思いながらも、わたしはその場をあとにした。

 ちゃんとアンの話を聞かないとな、と思いながら。



****



 その機会はわりとすぐにやってきた。

 というのも、相変わらずお昼はアンと一緒に食べているからだ。

 ここにたまに学年の違うリゼが混じったりもするけれど、今日はちょうど二人きりだった。


「お疲れみたいね、アン」

「そりゃあ、あんなに追いかけ回されればね……」


 アンはぐでーっとカフェのテーブルに伸びる。

 イヴァンくんはアンとは違うクラスだから、休み時間のたびにわざわざアンのクラスまでやってくる。

 もちろん次の授業の準備などがある場合は来ないけれど、それでも日に二回か三回くらいは来る。

 そのたびにあの応酬。しかもなぜか追いかけっこしながら。

 放っておくとイヴァンくんのほうが接触過多だから、というのが理由のようだけれど。

 そのため最近のアンは、昼休みはずっとこんな調子。

 もうお弁当は食べ終わったんだから、あとの時間は何をしててもいいとはいっても、すごいだらけ具合だ。

 それだけここ最近のやりとりに消耗しているってことなんだろう。


 ちなみにどうして昼休みには追いかけられないのかというと、初日にアンが爆弾を落としたからだ。

 憩いの時間を邪魔するようなら金輪際口を利かない、と。

 アンの家は定食屋。ご飯にはうるさい。当然、ご飯を食べる環境にも。

 母の作ったお弁当を食べるのを、毎日楽しみにしている。

 それを邪魔されたら、沸点の低いアンのことだから、本気で絶交しかねない。

 相手もアンと友だちだったわけだから、そのことは充分わかっているんだろう。


「でも、嫌いだなんて、どうしたのアン?」


 さっきのやりとりを見ていて気になっていたことを聞いてみた。

 勝気なアンは口は悪いけれど、簡単に嫌いだなんて言わない子のはずだ。

 その言葉がどれだけ相手を傷つけるか、わかっているから。

 わたしの問いかけに、アンはうなだれた。


「ずっと友だちだと思ってたのは、あたしだってそうだよ。なのに、いきなりあんなこと言われたってさ」

「困る?」

「……訳わかんなくて、戸惑ってる」


 小さな声でそう言って、アンは複雑な表情をわたしに向ける。

 アンの葛藤が、なんとなく伝わってきた。

 ずっと友だちだと思っていた男子に告白されて、アンは戸惑っている。

 なんで、どうして、そんなことを言うんだ、と。

 今までいい関係だったはずなのに、どうしてその関係を壊してまで、違う形を望むんだ、と。

 きっと、友情を裏切られたような心地になっているのだ。


「でも、嫌いではないんでしょ?」

「そりゃあ、そうだけど」


 渋々認めるアンは、素直でかわいらしい。

 イヴァンくんも見る目があるじゃないか、と思うのは友だちの欲目だろうか。


「じゃあ、あとで謝らないとね。思ってもないことを言ってごめんなさい、って」


 あの時、大嫌いだと言った時。

 悲しそうな顔をしたのは言われた側だけじゃなかった。

 アンも、言ってしまった言葉を後悔するように、泣きそうな顔をしていた。

 その場で謝れなかったのは、アンが不器用なせいだろう。

 まっすぐだから、自分の言葉に自分で傷ついて、どうしていいのかわからなくなった。

 今からでも、間に合うはずだ。


「……がんばる」


 言いにくそうに、それでもちゃんとそう言ったアンに、わたしは笑みをこぼす。

 むくれたアンがかわいくて、少しだけイヴァンくんの支援をしたくなった。


「あのね、アン。人が人を好きになるって、とても素敵なことだと思うの。かたくなにつっぱねるだけで本当にいいのかな?」


 わたしが言えたことじゃないな、と内心で思いつつも、アンに語りかける。

 人が人を好きになることは、決して悪いことではないはず。

 たしかに結果的にそれで迷惑をかけたり、人を傷つけたりすることもあるだろうけれど。

 原点にある想いは、とてもキラキラとしたきれいなものだと思う。


「友だちとしての好きだったら、よかったのに」

「想いを受け入れるかどうかは、アン次第よ。後悔はしないように、しっかり考えて決めないとね」


 ね? と微笑みかけると、アンも少しだけ表情をゆるめた。

 自分の選択を後悔しないように。

 それは、わたし自身にも向けた言葉だ。

 十五歳までの猶予は、少しずつ短くなってきている。

 いつかは決めないといけない。


 ふと、アンは何かを思い出したような顔をする。

 なんだろうと首をかしげていると、アンがいきなり顔を近づけてきた。


「……ねぇ、エシィ。大人の男の人と付き合ってるって本当?」


 アンの問いかけに、わたしは目を丸くする。


「は? 何それ?」

「そういう噂」

「付き合ってない!」


 噂の正体はわかっているけれど、これは看過できない。

 思わず声を上げると、アンは目をぱちぱちとまたたかせた。


「あ、そうなんだ。エシィならありそうだなって思ってたんだけど」

「なんでそうなるの……」

「エシィ、大人っぽいし。モテるのに誰とも付き合わないし」

「それは……お付き合いとか、今は考えられないだけ」


 何しろ、去年失恋したばかりだし。

 当分は恋だとか愛だとかから離れていたい。

 離れさせてくれない存在が、近くにいるのが問題だけれど。


「他に好きな人でもいるの?」

「いないよ」


 はっきりと、そう言えた。

 嘘でも、ごまかしでもなく。

 ちゃんと過去になっていることに、ほっとする。

 あの時、涙と一緒に流した想いは、雪に託した想いは。

 もう、わたしの心を痛めたりはしない。


「もったいない。こういうの、あたしなんかよりずっと似合うのに」


 アンは氷だけになったコップに目を落としながら、そうつぶやく。

 今の状況が信じられないのかもしれない。

 これがわたしのことだったなら、と思ってしまったのかもしれない。

 けれどイヴァンくんが好きだと言っているのは間違いなくアンで。答えを出さなきゃいけないのもアン。

 その事実は変わらない。


「似合わない人なんて、きっとどこにもいないんじゃないかな」


 そう、きっと。

 似合う似合わないの話なんかじゃない。

 誰にでも降りかかる問題なんだろう。



 うなだれるアンの頭を、わたしはそっとなでた。







キャラ投票やってます。

一日一回投票できるので、よければ目次ページからどうぞ。

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