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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
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四十六幕 好きか嫌いかというより



 春になって、わたしは最高学年に上がった。

 一番先輩になって、何が変わったかというと、そろそろ将来のことを考えないといけないってことだ。

 学校を卒業したのち、働くか、上の学校に行くか。もちろんそれ以外の選択肢もある。


 働く場合、何をしたいかによってこれからどうしなきゃいけないかが変わる。

 たとえば職人になりたい場合、技術を教えてくれる師匠を見つけないといけない。

 たいていはもっと早いうちに弟子入りしちゃってるけどね。

 プリルアラートには職人が多いから、弟子が欲しい人も多いし、需要と供給のバランスがいい。

 特に料理人になりたいって人はすごく多い。他には細工師だとか裁縫師だとか、家具職人さんなんてのも。

 別に職人になる人ばかりじゃない。男の子には警団――警察と自衛隊を足したような職業が、多少危険はあるものの人気だ。

 女の子で人気なのは接客業かな。行きつけのカフェだとかに自分を売り込んでいったりする。

 他にも様々な雑務をこなす人――前世で言うならフリーターみたいな人もけっこういる。


 上の学校っていうのは、上級学校と専門学校との二種類がある。

 たとえば研究職や、学校の先生など、まだ勉強する必要がある職業に就きたい場合、上級学校に通う。

 将来は都に働きに出たいって人たちは、ほとんどの場合ここに行く。

 公家や卿家で執務を手伝ってくれる人――前世で言うならお役所勤めの人なんかも、やっぱりここを出ている人が多い。

 つまりは頭を使う難しい役職に就きたい人たちが通うのが、上級学校。

 専門学校は名前のとおり、専門的なことを学ぶ学校。

 料理学校だとかもあって、弟子入りできなかった人がここに通うことで技術を得て、料理人の卵になったりする。

 専門学校のいいところは、弟子を欲しがっている職人さんを紹介してもらえたり、働ける場所を斡旋してくれたりするところだ。


 と、こんな感じに、将来をどうしようか、というのが最高学年の課題です。

 ちなみにわたしの場合は、卿家の子女として学ぶべきことがあるので、家庭教師がつくことが決定しているんだけど。

 家庭教師を雇うのは、お金がある家ならけっこう普通。一対一で教えてもらったほうが、上の学校に行くよりもみっちり勉強できるから。

 卿、というのは役職名。それがなんで卿家、という家単位で呼ばれるかというと、家族経営しているようなものだからなんだよね。

 卿である父さまは五日に一回くらいの割合で公家にお勤めに行っていて、あとは家で仕事をしている。

 家で働いていることのほうが多いから、家族が仕事の補佐をすることも多いんだ。

 もちろん秘書やら直属の部下やら、家族以外の人もたくさんいるけどね。


 だから卿家に生まれたわたしは、将来兄さまを支えるための勉強をする必要がある。

 そのことに異論なんてないし、むしろ兄さまのための勉強なら進んでやりたいと思っている。

 まあ、兄さまだけじゃなく、たとえばわたしが他の卿家に嫁いだ場合、奥方として必要な教養でもあるんだよね。

 そのことを想定しているっていうのも、あるんだろうなぁ。


 年回りが一番ちょうどいいのは、ローラン・ショーロブレッダ。

 二歳年上の、ショーロ家の次男坊。お人好しで自分から損しに行くタイプ。

 でも、ローリーはリゼが好きみたいだから、わたしのことを望んだりはしないだろう。

 あとは六つ上と四つ下がいるけど……たぶん、あんまりうれしくないことに、ジルのお相手の候補に入れられている気がする。


 それというのも全部ジルのせい。いっそ不健全なくらいに浮いた話が出ないから。

 同じような立ち位置にいた兄さまだって、イリーナさんという婚約者候補が現れたっていうのに。

 そんなジルが唯一目をかけているのがわたし、ともなれば、これだけ年齢が離れていても候補に入れざるをえないんだろう。

 たとえまだ成人すらしていないとしてもね。あと二年もすれば、ってことになっちゃうらしいんだよね。

 わたしが成績優秀だっていうのも、理由として上がっているらしい。

 勉強をがんばってたのは、そんなふうな認められ方をするためじゃないんだけど……!


 ちなみにこれらの話はほとんど侍女さん情報。それにわたしの推測を混ぜている。

 このままだと、成人したらすぐジルとのお見合いの話が持ち上がりそうだ。

 なんていうか、今さらだよね。わたしが二歳のときからの付き合いだってのに。

 だんだんと外堀を埋めていかれているような気がするのは気のせいかな。

 ジルにそのつもりがなかったとしても、周りはどうしたって黙って見ていてはくれない。

 結局は本人たちの気持ち次第、ってことになってくれるとは思うんだけどね。じゃなきゃ困る。


 最高学年になったっていうのもあって、将来のことを考えるようになって。

 ……なんだかちょっと、先行き不安というか、不満というか。

 結局はジルに振り回されている現状に、納得がいかなかったりするわたしです。




『嫌いというわけじゃないんだろ?』


 現在リュースとお電話中。

 わたしの愚痴なんだか弱音なんだかよくわからない話を、意外に付き合いのいいリュースはちゃんと聞いてくれた。


「そうですけどね。でも好きってわけでもないんです」

『好きか嫌いかというより、おまえの場合、周りに勝手に決められるのが嫌なだけだろう』

「う……そのとおりです」


 思いっきり図星を指されて、わたしは声をつまらせた。

 自分のことはちゃんと自分で決める。周りに流されたりなんてしたくない。

 自分の意思を無視されるなんて、冗談じゃなかった。


『おまえはまだ成人もしてないんだ。ゆっくり考える時間はあるんじゃないか』

「だといいですけどねぇ」

『あのシュア家なら大丈夫だ』

「そうであることを願ってます」


 あの、というのがどういう意味なのか、一応はわかっているつもりだ。

 子煩悩だとか、親バカだとか、そんなところ。

 都に行ったとき、大公さまもそんな感じのことを言っていた気がするしね。きっとみんな知っていることなんだろう。

 わたしだって、父さまが勝手に縁談を取り決めちゃったりするとは思っていない。

 それでも、候補だとかって考えられているだけで、なんだか複雑なんだよね。


「すみません、愚痴みたいなこと聞かせちゃって」

『いや、気にするな』


 リュース、優しいなぁ。

 都で会ったときよりも少し丸くなったような気がする。

 冬に成人したわけだし、大人になったということなのかもしれない。


「リュースの悩みも聞きますよ? 恋の相談でもなんでも!」


 成人したということはそういう話も舞い込んできているはずだ。

 貴重なはずの女友だちとしては、女心というやつを伝授したいところなんだけど。

 どうだろう。お相手、いるのかな?

 手紙や電話で聞いた感じ、一つ年下の幼なじみを気にかけているように思えるんだけど、そのへんどうなの?


『……おまえに相談するのは最終手段だろうな』

「ひどいです。たしかに経験豊富ってわけじゃないですけど。女心くらいはアドバイスできますよ」

『同性だからって考え方も同じとはかぎらないだろう』

「少なくとも異性よりは似ていると思います」


 女心は複雑なんだよ。気まぐれだしね。

 もちろんリュースの言うことにも一理あるけど、参考程度にはなるはず。


『……まあ、いつかはな』


 少しの沈黙ののち、リュースはため息混じりにそう言った。

 ということは、やっぱり誰か気になっている子がいるのかもしれない。

 これ以上つついても、今はたぶん教えてはくれないだろうけど。

 いつかはって言ったんだから、その時を待ちましょうか。


「ぼんやりしてたら、かわいこちゃんなんてあっというまにかっさらわれちゃいますよ」

『せいぜい気をつけるさ』


 冗談めかしたわたしの言葉に、リュースも軽く答える。

 たぶん、彼なら大丈夫だろうと思う。

 王族っていう少し難しい立場だけれど、それでも好きな人をあきらめるようなことはしないだろう。

 ちゃんと、好きな人を守って、好きな人としあわせになれるための力を、リュースはこれからつけていけるだろう。


「結婚式には呼んでくださいね」

『気が早いぞ、馬鹿が』

「あ、ひどい」


 そんな軽口を叩き合っているうちに、わたしの抱えていたもやもやはどこかに行ってしまった。

 どっちみち、今すぐ答えの出るようなものではなかったから、これでよかったんだと思う。


 ジルとのことは、ちゃんと自分で決める。

 いつか、ジルの想いを受け入れるのか、それとも拒絶するのか。

 それはわたし自身が決めなきゃいけないこと。

 誰かに流されたりしないで、しっかりと自分の意思で。



 そうできるように、わたしは考えていかなきゃいけないんだ。







こんなゆるい就活で成り立つものなのか、すごく謎ですが、ツッコミはなしでお願いします。

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