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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
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三十七幕 世界に共通する理の歯車



 それからエステルは問題なく成長していった。

 いや、問題なく、というのは語弊があるかもしれない。

 やはり僕と接触したことで前世の記憶を取り戻したらしく、子どもの脳の許容量を超えた情報に、身体がついていかないようだった。

 元気に走り回っていたかと思えば急にぼんやりとしたり、熱を出したり、何度か倒れたこともあった。

 周りはみんな病気だと思っていたようで、四歳ごろになって症状が落ち着くまで、ずっと気をもんでいた。


 僕が本当のことを教えられたなら、もしかしたら安心させることができたのかもしれない。

 それでも、言うつもりはなかった。

 エステルが気味悪がられるかもしれない可能性を思えば、当然のこと。

 家族に話すかどうかは、物心ついてからエステル自身が決めればいいことだ。


 エステルと出会ったあの日から、僕はシュア家のガーデンパーティーに行くようになった。

 必ず、というのは無理だったけれど、都合のつく日は絶対に。

 同年代の友人との交流も大切にしながら、ほぼ毎回まだ幼いエステルをかまう僕に、決まってアレクは物言いたげなまなざしを向けてきた。

 何が言いたいのか、なんてわかりきったことだった。

 ずっと疑っているのに、アレクはいまだに聞こうとしない。

 僕が狭間の番人なのか、ということを。




 エステルが五歳になったころのこと。


「ジルは妹を気に入っているんだな」

「うん、そうだよ」


 アレクの言葉に否定する必要も感じず、正直に答える。

 気に入っている、なんて言葉で表せるほどではない。

 これは、明らかに過ぎた執着心だ。

 わかっていても、エステルを想うことをやめられるわけがない。

 幸いなのは、僕の異常性にほとんどの人が気づいていないということだ。


「妹からは嫌がられているようだが……言葉に気をつけたほうがいいんじゃないか?」

「思っていることをそのまま告げているだけなんだけどね」

「思っていることを、か」


 アレクは何か苦いものを飲んだような顔をした。

 それもそうだろう。僕がエステルに対して告げる言葉は、口説き文句といってもおかしくない。

 周りは子どもをからかっているだけのように捉えているようだが、すべて本心からの言葉だった。


「あの子をもらってもいいかな?」


 ちょうどいい、と思い、僕はそう口にした。

 驚いたような顔をするアレクに、わかりやすいな、と僕は笑みをこぼす。

 アレクがエステルをどう思っているのか、反応を確かめたかった。

 妹として大切にしていることは、充分すぎるくらい知っている。

 けれど情というものは、時に損得勘定とも両立できてしまうものなのだ。


「それは、私が決めていいことではない」

「普通なら決めていいことなんだけどね。利用するつもりはないようで安心したよ」


 当然のように言うアレクに、僕は安堵の息をつく。

 シュア家の跡継ぎであるアレクは、エステルの行く末を左右する権限を持つ。

 たとえば、嫁ぎ先だとか。

 反応を見るかぎりでは、アレクは障害にはならなそうだ。


「……本気なのか?」

「そうじゃなかったらこんなことは言わない」


 怪訝そうにアレクは聞いてくる。

 信じてもらえるよう、僕はまっすぐアレクの瞳を見る。


「僕は君のことを友人だと思っているし、君にとってもそうであればいいと思ってる。そのうえ大切な子の兄でもある君に、嘘はつかない。ごまかしもしない」


 言葉にしてから、こんな真剣な声も出せたのか、と自分で驚いた。

 エステルのためなら、僕はなんだってできるだろう。

 ずっと無表情だった僕が、エステルの前では笑みが絶えない。エステルを通して理解した感情は数知れず。

 願いも、望みも、欲も、すべてエステルが教えてくれた。

 光里が狭間の番人に感情と孤独を与えたように。

 エステルは僕に、ひかりを見せてくれる。


「どうか、信じてほしい」


 僕の言葉に、エステルと似た色の瞳が揺らぐ。

 ずっとエステルの傍にいるためには、アレクに僕の想いを理解してもらう必要がある。

 今すぐに信じてもらえなくても、エステルが大人になるまではまだまだ猶予があるのだから、気長にいけばいい。


 アレクは、僕から目をそらすことなく、何かを考えているようだった。

 紫の瞳に迷いが映り、それからすぐ、決意が見えた。

 覚悟を決めたように強いまなざしを僕に向ける。


「私は、おまえに似た者にただ一度、相見えたことがある」


 やっとか、と内心僕は思った。

 ようやくアレクはずっと抱えていた疑問をはっきりさせる気になったらしい。


「決定権を持つのは彼女だ。兄として、いずれ家を継ぐ者としても、私は彼女の意思を守る」


 大前提とばかりに、アレクは言う。


「問いに偽りなく答えてくれたなら、彼女に頼まれないかぎりは妨害しないと誓おう。想いを通い合わせたときは、友として、義兄として祝福する」

「了解」


 前置きに短く答え、僕は続く問いを待った。


「おまえは、狭間の番人か?」


 はっきりとした尋ね方に、答えに迷う。

 今の僕は狭間の番人ではない。ただの人間のジルベルトだ。

 けれど以前は人ではない存在で、そのときの記憶もおぼろげながら残っている。


「……元、ね」


 結局、そう少ない言葉で返した。

 他に言いようがないのだから仕方ない。

 それだけでも意味は通じたらしく、アレクは自分で聞いておきながら、驚きに目を見開いた。


「なぜここにいる? 世界には干渉できないと言っていたはずだが」

「君は覚えていないかもしれないけど、僕がここにいるのは君のおかげなんだよ」

「私の?」


 不思議そうにするアレクに、僕は眠っていた記憶を呼び覚ます。

 番人の耐えがたい孤独は、今の僕にも影響を及ぼす。だからいつもは思い出さないようにと心の奥に深く沈み込ませている。

 記憶と感情は切り離せないものなのだということも、人に生まれてから知った。


「君をこの世界に戻したら、僕は消えるはずだった。あの子に関わったことで、番人として存在していられなくなっていたから」


 最後の役目だ、と誰に言われずとも理解していた。

 狭間の番人は数多の次元をそのままに保つための装置。すべての世界に共通する理の歯車の一つだった。

 正常に回らなくなった歯車は、排除されなければならなかった。


「それを君は、強引にこの世界に引きずり込んだんだ。こっちの事情も都合もおかまいなしにね。さすがに驚いたよ」


 僕はそう言って苦笑を浮かべる。

 あの瞬間のことは、僕にもよくわかってはいない。

 ただ、引っぱられたような感覚がしたかと思えば、赤ん坊としてこの世界に生を受けていただけ。

 アレクによるものだということだけしかわからない。


「……覚えがない」

「だろうね。もう君は戻りかけていて、ほぼ無意識だったんだと思う」


 番人の存在を揺るがした、少女の思いと同じこと。

 無意識だったからこそ、彼女の言葉に番人はあれほどに衝撃を受けたのかもしれない。彼は番人を救うほどの力を発揮したのかもしれない。


「この世界にとって、僕は異物にはならなかったらしい。君たちと同じように記憶を持ったまま、こうして生きているところを見るとね」


 前はともかく、今の僕はただの人でしかない。

 残っているのは、夢のようにおぼろげな記憶だけ。

 この世界のわくから大きく外れることなく、自分はここに存在できている。


「君たち兄妹は、本当にすごい」


 僕は心からそう告げた。



 二人を大切だと思う自分を、悪くないと思えた。







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