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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
33/101

三十幕 実はとても尊いこと



 予定どおりに家族で都見物をして、おみやげをたんまりと買い込んだ。

 お祖父さまとお祖母さま、リゼ、アン、エレさん、他にも数人の友人に。

 母さまはガーデンパーティーでふるまうお菓子なんかも買っていた。

 都のお菓子、すごくおいしいんだよ。もちろん母さまのお菓子もおいしいんだけど、手の込みようが違うというか。ラニアじゃなかなか手に入らないような材料もこっちじゃ普通にあるからね。


 お菓子もたくさん買ったけど、母さまはガラスの食器を家用にいくつか買っていた。

 母さまは歴史のある建物よりもガラス工房の見学のほうが楽しそうだった。わたしももちろん楽しんだけど。

 兄さまは国立図書館にずっと入り浸りたそうにしていたし、父さまは楽しんでるわたしたちをうれしそうに見ていた。

 楽しい時間っていうのはやっぱり過ぎるのが早くて、二度目の都見物は空が暗くなってきてからあわてて王宮に戻った。


 兄さまは今度もまた、女の子が好みそうな小さなお菓子をこっそり買っていた。

 誰にあげるのか、聞いたりはしなかったけど、やっぱり好きな人ができたのかもしれない。

 好きな人が王宮にいる人なら、遠距離恋愛になっちゃうのかな。前世よりもずっと難しそうだけど、想いが実ればいいと、素直にそう思えた。


 リュシアンさまとは、相変わらず。

 友だちだとか言ったわりに、扱いはけっこうひどい気がする。

 気の置けない友人と言えば聞こえはいいけど、ただ好きなように言い合っているだけだ。

 ただ、わたしが領地に帰ってからでも、なんとなく関係は続きそうな気がした。

 ほとんど会うことはできないだろうけど、手紙も電話もあるし。大人になったらまた都に観光に来てもいいかもしれない。


 都に来てから、十八日。

 明日、わたしたちはラニアに帰る。




 最後の挨拶代わりに、わたしはリュシアンさまと庭園に来ていた。

 北の庭園。薄紅色のサクラが舞い散っていて、どこか幻想的だ。

 そういえばここもジルに案内してもらったっけ。誘われて渋々付き合っただけだったけど、きれいな花を見ているとそれだけで和むから、それなりに楽しかった。


「明日、帰るんだったな」

「ええ、お世話になりました」

「嫌味にしか聞こえないが」

「そんなつもりじゃないですよ。本当に、楽しかったです」


 本心から、わたしはそう告げる。

 リュシアンさまも実際わかってはいるんだろう。表情はやわらかい。


「まあ、俺もそれなりには楽しかった。向こうでも元気でやれよ」

「もちろん。リュシアンさまもお元気で」


 わたしがそう返すと、沈黙が降りる。なんとなくしめっぽくなった気がする。

 明日は早く王宮を発つことになるから、このあとは晩餐を一緒に取るくらいで、こうして話す機会はもうない。

 寂しいなぁ、と素直に思う。

 生まれてこのかた、ラニアを出たことがなかったから、親しい人との別れなんて経験したことない。

 三年に上がるときだって、ほとんどの友だちは一緒に進級したし。

 何かあったら会える距離にいるっていうのは、実はとても尊いことなんだ。


「たまには手紙をよこせ。暇なときにでも読んでやる」

「じゃあ、暇なときにでも書かせてもらいます」

「減らない口だな」

「リュシアンさまこそ」


 そこまで言い合って、同じタイミングで笑みをこぼす。

 公子さまとここまで遠慮のない言葉のやりとりができるようになるなんて、都に来る前は思ってもいなかった。


「手紙ではその呼び方、やめろよ。最初に許しただろう」


 最初に許した、というのは愛称呼びのことだよね。

 リュシアンさまの言葉に、少し考えてからわたしはうなずいた。


「……わかりました。手紙ですしね」


 色々とややこしいことにならないよう、予防線としての敬称呼び。

 でも、領地に戻ってしまえばこっちのものだ。少なくともわたしはこちらの事情に巻き込まれることはない。

 どこまでプライバシーが守られているのかわからないけど、リュシアンさまがいいというならそれでいいだろう。


「リュシアンさまに言っておきたいことがあります」

「なんだ」


 ふと、姿勢を正してそう口火を切ったわたしに、リュシアンさまも改まって返事をする。

 あたたかな風が吹き、サクラ吹雪に一瞬見惚れる。

 夢のような景色の中で、現実的なことを言おうとしている自分に、内心で苦笑した。


「あなたの周りは敵ばかりでも、味方ばかりでもありません。大切なのは敵と味方を見定めること。見定めるために、ある程度は猫をかぶることです。味方になら、猫は外しても大丈夫です。敵にはたとえ警戒心だろうと、簡単に見せてはいけません」


 片田舎の領地に帰るわたしに、リュシアンさまのためにできること。残せる言葉。

 リュシアンさまは、わたしが思うよりもずっと大変な道を歩んでいかなきゃいけないんだろう。

 前世の十六年間があったとしても、わたしはまだ子どもだ。天才児なんて噂が独り歩きしているだけ。

 猫っかぶりっぷりだって、大人から見たらかわいいものかもしれない。

 それでも、彼に少しでも役に立つ言葉を残せたらいいと思った。


「あなたを取り巻く環境の外にいるわたしが言ってもしょうがないかもしれませんが、私は少なくとも敵ではないつもりですよ」


 そうしめくくって、にこりと微笑みかけた。


「何が外なものか。こうして関係を持っている以上、充分に中にいるだろう」

「そうかもですね」


 ため息混じりの言葉にわたしは苦笑する。

 権力に関わりたくないとか言っておきながら、結局わたしは権力の中にいる人と仲良くなってしまった。

 想定外だけど、悪くないとも思ってしまうのは、リュシアンさまの人徳ということにしておこう。


「じゃあ俺も一つ忠告しておこう。人の話はよく聞けよ」

「は?」


 いきなりの言葉に、わたしはマヌケな声をもらす。


「おまえはけっこう固定観念に囚われるところがあるだろう。自分に理解できないことを、絶対に理解できないものだと決めつける。それはもったいないと俺は思う。だから、つっぱねる前に人の話をよく聞け。理解しようという努力をしろ」


 人のことをよく見ているんだな、と驚いた。

 たしかにわたしはがちがちに固定観念にしばられている。それは前世を覚えていることの弊害でもある。


「……リュシアンさまに言われるとは思いませんでした」


 わたしがそうこぼすと、リュシアンさまはむっと顔をしかめた。

 本当に口が減らない、と口の中でつぶやいてから、気持ちを切り替えるように首を振る。

 それからリュシアンさまは、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。


「ジルベルトというやつのこともな。話をすれば意外と理解できるものかもしれないぞ」

「何を知ってるんですか、リュシアンさま」

「人の噂というものはせき止められるものじゃないからな」


 もしや、あのキスやら抱きしめられたのやらを、誰かに見られていたんだろうか。

 気になる。けど、それを今言ってしまえば自爆する可能性もある。

 何も噂がそれのことだと決まったわけじゃない。もっと些細なものかもしれない。そうだったらいいなぁという希望的観測。


「……ご忠告、感謝します」


 リュシアンさまの言葉は恐ろしく的を射ている。

 これ以上振り回されたくなくて、信じられないと、すでにつっぱねてしまっていた。

 まだ、間に合うだろうか。話をしてくれるだろうか。

 理解できるかは、やっぱりあんまり自信はない。

 それでも、自業自得だともほんの少し思ってしまうけど、傷つけてしまったのはよくないことだとわかっているから。

 話をして、疑問に答えてもらって。それからできるなら理解したいと、そう思った。



 ジルの抱えている想いの深さを、覗き込む覚悟を決めた。







11月28日 アーニャを愛称のアンに修正しました。

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