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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
32/101

二十九幕 ずっと一人でいるの?



 混乱は、次の日になっても治まってはくれなかった。

 ジルを含めイーツ家の人たちは朝早くに都を発ち、故郷ラニアへと帰っていった。

 かき乱すだけかき乱して、放置して行ってしまったジルを恨めしく思いつつも、今顔を合わせても冷静でいられる自信なんてなかったから、これでよかったのかもしれない。


 わたしも別に、混乱したまま何も考えていなかったわけじゃない。

 ジルの行動の理由と、言葉の意味。

 食事中に呆けてしまうほどに、睡眠時間も削ってまで、果ては夢の中ですら考えた。

 なんでわたしがこんなに悩まされなきゃいけないんだ、と文句を言いたくなるくらい考えまくった。


 あの口づけの理由は、ジルも認めたとおり嫉妬だろう。

 わたしの年を考えると異常だとしか言えないけれど、ジルは本気でわたしを想っているらしい。

 恋情と言っていいのかはわからない。ただ、執着していることはたしかだ。


『一人は寂しいって。私に、一瞬一瞬が大事だと思えるような存在ができればいいって……そう言ったのは君なのに。その君が、この想いを否定するの?』


 わからないのは、この言葉。

 当然ながら、こんなことわたしは言った覚えはない。

 ジルの思い違い、と決めつけてしまうこともできるけど、それだと何も変わらない。

 もしかしたら、とわたしは思うのだ。

 ジルの執着の理由は、ここにあるのかもしれない、と。

 そうだとしたら、考えないわけにはいかない。これからどうジルと接していくとしても。


 わたしが覚えていない、わたしの言葉。

 一番に思いつくのは、わたしの記憶があやふやな幼いころに言ったという可能性。

 二歳からの記憶があるといっても、四歳くらいまではよく体調を崩していたこともあって、断片的なものばかり。

 子どものころの記憶というのは、日々新しい記憶に塗り替えられていくものだ。

 物心ついてからのことでも、覚えていないことなんていくらでもある。


 ただ、さすがにあんな重たい話題を話していたら、いくらなんでも覚えているんじゃないか、とわたしとしては思う。

 わたしがジル相手に思いやるような言葉をかけるだろうか、という単純な疑問もある。


 それと、もう一つ。

 今朝、目が覚めたとき。

 ふと思い出したことがあった。


『あなたはずっと一人でいるの?』


 そう、わたしは聞こうとした。

 狭間の番人に。

 最後に聞きたくて、でも意識が薄れていって、結局聞けたのかどうかは覚えていない。

 ただ、もし質問を肯定されたとしたら。

 ジルの言葉どおり、『一人は寂しい』と言いそうな自分がいた。


 思い出したとき、何をありえないことを考えてるんだ、と思った。

 狭間の番人がこの世界にいるわけない。

 まして、それがジルだなんて、冗談にしても面白くない。


 でもたしかに、狭間の番人の一人称は“私”だった記憶がある。

 あのとき、公式の場でもないのに変わった一人称。とてつもなく違和感があった。

 まるで、ジルがジルではなくなってしまったようで。


 混乱は、そんなふうに頭の中をかき回していた。




「調子が悪いのか?」


 部屋で一人もんもんとしていたわたしに、兄さまが声をかけてきた。

 心配している、と顔に書いてある。


「いえ、少し考えたいことがあって」

「そうか。あまり気をつめるなよ」

「大丈夫です」


 兄さまはいつも優しい。

 だから心配かけたくなくて、思わずそう言ってしまった。

 実際、大丈夫じゃないわけでもないし、嘘ではない。

 ちょっとジルのことで悩まされてるだけだからね。


 そういえば、今さらなことだけれど。

 わたしよりも兄さまのほうが、ジルについて知っているんじゃないだろうか。

 同じように狭間の番人とお話もしているわけだし。

 もしも、本当にもしもだけど、ジルが狭間の番人だったりしたら、兄さまのほうが先に気づくんじゃないかな。


「……兄さま」


 ジルのことを聞こうとして、ふと、わたしは閃いた。


「兄さまが前世の記憶を思い出したのって、八歳のときに学校で、でしたよね」

「ああ、そうだが」

「ジルが養子になったのも八歳のとき、でしたよね」

「……そうだな」


 そう、以前言っていた二つの事柄の時期がかぶっていることに気づいたんだ。

 ジルが養子になってから、すぐに兄さまと会っているかなんてわからない。

 でも、たしか二人の初対面は学校だったと聞いたことがあったし、もしかしたらもしかするかもしれない。


 ジルが、前世の記憶を思い出したきっかけだ、と。


 わたしの場合は物心つく前から少しずつ、思い出していった。

 兄さまは物心ついてしばらく経ってから、学校で唐突に思い出した。

 どうして違うんだろうとずっとひっかかってはいた。

 その違いが、ジルに会った時期だとしたら。


 わたしの一番最初の記憶はジルだ。

 そのことを苦々しく思いながらも疑問に思ったことはなかったけど、実は理由があったのかもしれない。

 ジルとの出会いが、わたしの前世の記憶を刺激したのだとしたら。

 兄さまもわたしも、ジルがきっかけなのだとしたら。


 ジルがきっかけだったとしたら、それはなぜ?

 ――狭間の番人だから。

 という、可能性もあるのかもしれない。


「もしかして、同時期ですか?」

「ああ」


 兄さまはしっかりとうなずいた。

 何を聞いているのか、と不思議がることもなく。

 まるで、どうしてそんなことをわたしが聞くのか、わかっているように。


「兄さまは、ジルについてわたしに隠していることがありますか?」


 わたしは兄さまのスミレ色の瞳を覗き込む。

 兄さまは嘘をつかない。

 でも、隠していることならあるかもしれない。


「あるな」


 兄さまは潔く認めた。


「教えてはくれませんか」

「知りたいなら、本人に聞くといい。私から話していいことだとは思わない」


 そうきたか。

 今、本人に聞くことができないから、兄さまに聞いたんだけども。

 でも、兄さまの言うことももっともだ。コソコソと人に聞いて回るのは褒められたことじゃない。


 帰ったら、ジルに聞いてみよう。

 何を馬鹿げたことを、と笑われるかもしれない。

 意味がわからない、と不審がられるかもしれない。

 それでも、気になってしまったんだからしょうがない。



 ラニアに、帰ったら。

 ジルがわたしに執着する、その理由がわかるのかもしれない。







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