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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
22/101

十九幕 家を継ぐために



 本当はそっとしておいたほうがいいのかもしれないけど。

 片方だけの言い分を聞いているのも不公平な気がして、わたしは庭から部屋に戻る前に兄さまの部屋を訪ねた。

 ちなみにジルは勉強会が終わったところだったようで、今日はもう帰った。

 いつもと同じように笑っていたので、無事に元気は取り戻したらしい。


「兄さま、ジルと喧嘩したんですか?」


 部屋に通してもらったわたしは、単刀直入に兄さまに質問する。

 目の前の兄さまは驚いたように目を見開いてから、ああ、と納得したようにつぶやいた。


「……ジルに会ったのか?」

「はい、庭に行こうとしたらばったり」

「どんな様子だった?」


 喧嘩別れしたあとのことが気になるらしい。当然といえば当然か。

 そんなの、言わなくても簡単に想像つくだろうに。


「正直に答えたほうがいいですか? 耳に優しい言葉が欲しいですか?」


 わたしは意地悪にもにっこり笑顔で二択を示した。


「……正直に頼む」

「飼い主に見捨てられた子犬みたいな様子でした」


 言われたとおり正直に答えると、兄さまはうなだれた。

 テーブルに両肘をついて手を組んで、その手を額に当てる。そんな苦悩のポーズも似合っているんだから、美形というのはうらやましい。


「わたしは跡継ぎじゃありませんから、きっと二人の考えのどちらにも共感はできない気がします。でも、兄さまが間違ったことを言うとも思っていません」


 話しやすいようにと、わたしは兄さまを持ち上げた。

 実際、心の底からそう信じている。

 もちろん考え方の違いはあるだろうけど、兄さまは生真面目だから、理屈の通らないことは絶対に言わない。

 正直、ジルが下手なことを言ったんじゃないかと疑う気持ちはありつつ、そのことも口には出さなかった。

 こういうときは中立に立つのが一番てっとり早く仲直りさせられるものだから。


「喧嘩というほどのものでもないんだ。ただ……言い方は間違えたように思う」


 兄さまは顔を上げて、自分を責めるみたいに苦く笑う。

 言い方を間違える? 思わずきつく言ってしまったってことかな。兄さまでもそんなことがあるんだ。


「だが、あれはジルも悪い。どうせ自分は養子だから、などと」

「…………え?」


 なんだか今、驚くべきことを聞いた気がする。


「どうした、エステル」

「養子って……誰が? ジル?」

「……知らなかったのか?」

「聞いたことありませんよ!!」


 とぼけたふうでもなく本気で驚いている兄さまに、わたしは思わず大声を上げる。

 驚きたいのはこっちだから!

 ジルが、養子? そんなこと聞いたことなかった。

 イーツ家の当主さまと奥さまにお会いしたことは何度もあるけど、血がつながっていないなんて知らなかった。

 言われてみればあんまり似ていない気はするものの、そもそもそんなこと考えたこともなかったから。


「そうか。隠しているわけではなかったが、今さら言うことでもなかったからな。この国で養子が珍しいことでないのは知っているだろう」


 たしかに知っている。知っていますとも。

 この国は王族ですら血を重んじるということがない。

 貴族同士じゃなきゃいけないとか、血が近くないといけないとか、そういうのがどこにもない。

 だから貴族が平民を養子にもらって跡継ぎにするなんてことも、普通にある。できのいい子がいたりすると、養子に欲しがる家が重なったりするくらい。


「ジルがイーツ家の養子になったのは八つのときだ。おまえが生まれたばかりのころだな」

「じゃあ、誰かが教えてくれなきゃ知るわけないじゃないですか」

「そうだな、誰かが話しているものだと思っていた」

「たぶん、みんなそう思ってたんですよ……」


 わたしはがっくりと脱力した。

 ものすごく驚くことを、ものすごく適当なタイミングで知らされたんだからしょうがない。

 わたしも貴族の血が入っているかなんてもちろんどうでもいい。けど、当主さまたちと血がつながってないってことに単純に驚くのは普通だと思う。

 きっとみんな、誰かに聞いてるだろうと思ってて教えてくれなかったんだろう。

 そういういい加減さが我が家らしいという気もしてくる。


 衝撃が過ぎ去ってから顔を上げると、兄さまは思ったよりも真面目な顔をしていた。

 そういえば驚きの事実のせいで話が途中で止まってしまっている。

 続きをどうぞ、というようにわたしはあわてて姿勢を正す。

 わたしが聞く態勢になったのを見た兄さまは、一つ息をついてから口を開いた。


「自分は家を継ぐために養子になったのだから、初めから覚悟していると言っていたんだ」


 苦々しい表情で兄さまは語る。

 そんな表情をさせているのがジルだと思うと、少しうらやましくも感じる。


「あいつはどうして人の感情というものを抜かして物を考えるんだろうな。養親もただ義務として家を継いでほしいわけではないだろうに」


 もう一度、兄さまはため息をついた。

 それで、『どうせ』ということか。話がつながった。

 跡継ぎのいない家に養子に来るということは、最初から役割が振られているということ。

 ジルは、自分は家を継ぐために養子になったんだと、それが存在理由なんだと思ったんだろう。

 跡継ぎになるために養子になったのではなく、養子になったから跡継ぎになるのだと思えばいいのに。きっとそれをイーツ家も望んでいるのに。


 一年前、ジルが誕生日プレゼントを贈ってきた騒動を思い出した。

 イーツ家の当主さまは知っているのかと聞いたわたしに、ジルはどこか投げやりに答えた。

 話してはいないし、当主さまも何も言ってこないけど、知っていると思う、と。

 ジルにとっては、その程度の関係なんだろうか。

 血のつながりがなくたって、家族になることはできるはずなのに。

 いつも穏やかな笑顔をたたえているイーツ家夫妻を思い出す。彼らはきっと、ジルを子どもとして大切に思っているはずだ。

 ジルばかりが、一人で内にこもっているようにわたしには見えた。


 そんなんだから、変にわたしに固執しちゃったりしているんじゃないだろうか。

 もう少し柔軟になればいいのに、妙なところ頑固なんだから。

 なんだかだんだんムカムカとしてきた。


 だけれど、とりあえずの問題は、兄さまとジルとの仲違いのことで。

 そっちのほうは、話を聞いたかぎりでは、


「……よくわかりました。二人とも、結局は両思いなんですから。わたしの出る幕はありませんね」


 という結論に至った。

 ジルは、兄さまから見ると自分は跡継ぎであることを真剣に捉えているように見えないんだろうって思っていて。兄さまは、そんなことじゃなくてジルが家族に心を開かないことを気にしている。

 なんというすれ違い。付き合い始めたばかりのカップルですか。

 やっぱり、そっとしておいても問題なかったみたいだ。

 わかっていたことだけど、出歯亀だったな。


「変な言い方をするな」


 兄さまは苦虫を口の中に飼っているみたいな、すごく嫌そうな顔をする。


「これくらい言わせてください。大人の喧嘩に巻き込まれたんですから」

「それは、すまなかった」


 兄さまもそこは悪いと思っているらしく、素直に謝った。

 ちょっとばかり積極的に巻き込まれにいった感もあるけれど、それはそれ。

 十八はもう立派な大人。こんな子どもに心配されるような喧嘩はしないでもらいたいものだ。


「ちゃんと仲直りしてくださいね、兄さま」


 念押しするようにわたしが言うと、


「ああ、わかっている」


 そう兄さまは微笑んでうなずいた。

 兄さまもさっきよりは元気になったかな。

 それなら、わたしも出歯亀したかいがあったってもんだ。

 どこか不安定なジルも、兄さまがいれば大丈夫な気がする。

 意外と面倒見のいい兄さまはジルを放っておけないだろうし、そんな兄さまをジルも信頼している。



 ……わたしじゃなくっても、やっぱり大丈夫なんじゃない。







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