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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
18/101

十五幕 一番最初の記憶



 たゆたう意識の中で、これは夢だ、と自覚する。

 明晰夢なんて久しぶりだ。

 でも、周囲は白いもやもやしかなくて、楽しめそうな感じはしない。


『みつけた、ぼくのひかり』


 白い世界に、声が響いた。

 そう、わたしを抱き上げて言ったのは誰だったろう。

 あれはたしか、一番最初の記憶。二歳のときの。

 わたしの前世の名前だったから、呼ばれたような気がしたのが、本当にかすかにだけど記憶に残っている。


 もちろん、ひかり、は光里じゃない。

 今のわたしはこちらの世界の言葉しか話せないし、わからない。

 残っている光里の記憶は、なぜか全部こちらの世界の言葉として認識している。日本語を覚えていないから。

 声に出せるのは、人の名前だとかの固有名詞だけ。

 だからひかりと光里の違いはよくわかっている。ひかりは、ただの光だ。わたしの前世の名前じゃない。


『――見つけた、僕のひかり』


 もう一度、声が響く。

 なんだろう、うざいなぁ。思わずそんな感想を持って、そうしてふと気づく。

 ああ、これはジルの声だ。じゃなきゃこんなにうざいなんて感じない。

 ということは、わたしの一番最初の記憶は、ジルなのか。

 ……すごく嫌だ。思い出したくなかった。


 少しずつだけれど、周囲の白いもやが晴れていく。

 わたしは何かに包まれている。あたたかい。

 記憶がたしかなら、抱き上げている人なはず。だからたぶん、ジル。


 周りを見ると、両親と兄がいる。両親は微笑ましそうにしていて、兄さまは少し驚いているようだ。

 前後の記憶は覚えていないからわからないけど、立ち位置的に兄さまが友だちのジルに妹のわたしを紹介したんだろう。

 兄さまが驚いているのは、友だちがいきなり妹を抱き上げたからかな。

 わたしが覚えているかぎり、兄さまが抱き上げてくれたのはわたしが五歳のときが初めてだものね。もしかしたら赤ちゃんのときに抱いてもらっていたかもしれないけど。


 伝わってくる振動は、胸の鼓動。

 生きている証拠。ジルがここにいるということ。

 早くもなく遅くもないテンポに安心して、わたしは寄りかかる。

 ……安心?

 二歳児のわたしよ、早まるな。それは一番の危険人物だ。むしろ危険物だ。

 過去の自分を叱りたいような諭したいような気分になりながらも、身体は言うことをきかずにジルに身を任せる。


 まあ、いいか。どうせ夢なんだし。


 そう気を抜くと、だんだんと意識が薄れていく。

 そろそろ夢から覚めるんだろう。

 人の温度は誰のものでも安心するものなのか、と思いながらわたしは夢の中で目を閉じた。




「んなわけはないでしょ……」


 次に目を開いたのは、ベッドの上。

 わたしは目が覚めてすぐにそうつぶやいていた。

 夢の中のわたしにつっこみたい。誰にでも安心していたら警戒心がなさすぎる。特に男はダメだ。

 現実のわたしには、人の温度が必ずしも安心感をもたらすものではないと知っている。

 あれは、まだ二歳のときのことだったからだろう。警戒というものを持てない年だったから。

 じゃなきゃ、ジル相手に安心するだなんて信じられない。


 ……ジル、だったんだ。


 夢の内容は、まだしっかり覚えている。

 一番最初の記憶のことは、もうほとんど薄れていて、二歳のときに誰かに呼ばれたような気がした、という程度だった。

 あの夢が妄想でないのなら、最初の記憶はジルと家族とのものだったことになる。

 ジルに聞けばわかるかもしれないけれど、却下。

 覚えていてくれたんだ、うれしいな。なんて喜ばれたらしゃくだから。


 兄さまなら、どうだろう。

 覚えているとはかぎらない。何しろ七年も前のこと。

 でも、確認してみるくらいはいいかもしれない。

 もし覚えていたら運がよかった、くらいの軽い気持ちで聞いてみよう。



****



「――という夢を見たんですけど、これって事実ですか?」


 ところ変わって、兄の部屋。

 今日は勉強会がない日なので、部屋でまったりしていた兄さまに突撃した。

 ……まったり、していたんだよね? どう考えても勉強用の本を読んでいるんだけども。

 あ、安心だなんだという部分はもちろん省いた。言えるわけがない。


「たぶん、事実だな。わたしの十一の誕生日に、ジルを招待した。そのときにエステルに会わせた記憶があるからな」

「兄さまの誕生日だったんですか!」


 どうしてわたしはそのことを覚えていなかったんだ!

 別にそこを覚えていたからといって何かがあるわけじゃないんだけれど、なんとなくジルのほうを覚えていたことに腹が立つ。


「二歳のときのことなんて、よく覚えているな」


 感心したように兄さまは言う。

 もっと褒めて! と思うものの、覚えていれば偉いという話でもないから微妙だ。

 しかもそれからの記憶のほとんどは家族に心配されまくったことなんだから……うん、本当に微妙。


「ほとんどおぼろげで、夢を見て詳細を思い出したくらいなんですけどね。前世の記憶があったからじゃないですか?」

「その可能性はあるが……そうだな、私も考えてみれば初めての記憶はそのくらいだ」

「やっぱりですか」

「だが、私の場合は前世の記憶はあとから思い出したからな。エステルとは多少事情が異なるか」

「……え? 兄さま、初耳です」


 あとから、思い出した?

 兄さまもわたしと同じように、最初から前世の記憶があったものだと思っていた。

 あれ、でもそういえば兄さまが子どものころに具合を悪くしていたなんて話、誰からも聞いたことない。

 もしわたしみたいなことがあったなら、母さまやお祖母さまは教えてくれそうなものなのに。

 つまりは、そういうこと? 兄さまには具合を悪くする理由がなかったっていう。


「……言っていなかったか?」

「聞いてません。いつ思い出したんですか?」


 当然の疑問を聞いてみる。

 兄さまはなんとなく、しまった、というような顔をしている気がする。

 本当は言いたくなかったのかな。それはどうして?


「……学校に、行き始めたころだな。何が引き金だったのか、唐突に思い出した。そのせいで学校で倒れたんだ」

「学校という空間が懐かしかったんでしょうか?」

「そうかもしれない」


 ということは八歳のときか。物心ついたあとだったんだね。いいなぁ。

 言いたくなかったのは、倒れたというのが情けなかったのかな。

 別にそんなこと思ったりしないのに。むしろ長期間家族を心配させていたわたしよりはマシなほうだと思う。

 この子は長くないんじゃ、ってたぶん思われていただろうしね、わたし。

 そんなフラグはもちろん折りますが。バッキリと。


「……あれ? ってことは」

「どうした?」

「兄さまが神童って呼ばれていたのって……記憶のせいじゃなかったんですね」

「そうだな。なぜかそう呼ばれていた」


 ……マジですか。

 わたしは本気で脱力した。

 兄さま、すごすぎる。そりゃあ前世で高学歴高収入にもなるよ。

 学校に行ってからは記憶のおかげでそれにみがきがかかったんだろうから、もっとすごかっただろう。

 完璧すぎる、兄さま。とてもじゃないけど太刀打ちできない。しようとも思わないけど。

 天は二物も三物も与えるものなんだね、というふうに、わたしはむりやり自分を納得させた。



 兄さま、ずるい。

 とはやっぱりちょっとだけ、思っちゃったけれど。







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