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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶対の神が居ない世界

精霊に愛されし者~スノーン大陸のある少女~

作者: 朔夜

新年、明けまして。

おめでとうございます。


読んで下さってありがとうございます。

連載中の世界観で書いた短編です。

本編を読んでない方でも問題なく読めます。


<精霊に愛されし者>

先天性超極レア体質者。

ありとあらゆる種類の精霊に好かれ、ほっといても寄ってくる。

魔法を使うと、良いところを見せようと周囲の精霊が大ハシャギするため、数割から倍近く効力が高まる。自身だけでなく周囲への支援効果も高い。

全属性の精霊の加護があり、基本的に餓死と衰弱死以外では死なない。人工物での殺害(毒・武器など)されない限り、寿命まで生きる。

死の危険を感じていると、人工物の害すら精霊が弾いてしまうので自動防御オートガードが成立する、ハイパーな体質者。

 思いっきり論破して、あの無駄に綺麗な顔を歪ませてやりたい。


 3年前に使えるようになった、スノーン大陸随一の魔導師一族バファハール出身の青年に対し、アールはいつもそう考えていた。

 ラスス皇国第一皇女にして皇太子である彼女に対し、青年は嘘臭い笑顔すら浮かべることなく、微笑まないのだ。

 そのくせ、教育係のように、アレをしなさいコレをしてはいけませんと小言ばかり言ってくる。


「退屈ですわ。アヴィン。退屈過ぎてやる気が起きませんの。何か珍しい話をなさいな。ああ、一般に出回っている話へ駄目ですわよ。わたくし、いずれトリスを取り戻しますもの。その時あの子に話せるような、とびっきり珍しいものが良いですわ。そうしたら、執務に戻っても宜しくてよ」


 ある日、つまらない癖に時間ばかりかかる仕事が回って来て。

 中庭でサボっていたアールは、注意しに来たアヴィンにそう言ってやった。

 トリスは事情あって市井で暮らしている異母妹で、アヴィンも存在を把握している。 


 アールの難題に、彼は冷たい目で彼女を見ていたが、引く気がかないと分かると溜め息を吐いた。


「むかしむかし、スノーンの西にある島に、一人のうつくしい少女が住んでいました」


 意外な事にネタがあるらしい。

 アヴィンはスラスラと話し出した。


「少女は生まれつき、精霊に愛される体質で、精霊を友とし育ちました。

 ある時、少女は精霊に頼まれて、枯れ木の下に埋もれていた巨大な水晶球を見つけました。

 一目で、その水晶球に位の高い精霊が宿っていると気付いた少女は、森の奥の澄んだ淵へとソレを沈めました。力を封じられた精霊を回復させるためには、命素マナの濃い場所に置く事が一番良いと判断したからです。

 精霊達は、そんな清らかな少女に言います。ヒトは欲深い生き物だ。君はそんな者達に染まる前に、こちらにおいで――と。

 ある時、少女の母親が重い病にかかり寝込んでしまいました。

 少女の母親は薬作りの名人で、善き魔女として村の人に慕われていましたが、お金を殆ど取らずに慎ましい暮らしをしていたので、高価な薬を買うほどの財産がありません。

 村の人達も、その日暮らしをしているものが殆どで、かき集めても目標の金額には到底足りなかったのです」


 即興で考えたにしては、しっかりとした物語だ。

 そう思いながら、アールは黙ってアヴィンの話を聞いた。


「当ての無かった少女は、精霊達に助けを求めました。

 お母さんを助けたい。お金に変えられるような綺麗な物があるのなら、採りに行くから何処にあるか教えてちょうだい。

 精霊達は答えます。

 お金になる綺麗な物は分からないけど、淵の底の王様なら何とか出来るかもしれないよ。

 その言葉を信じ、少女は深い深い淵に身を沈めました。淵の底には、以前少女が沈めた水晶球が光っていて、少女に話しかけてきます。

 我を枯れた地の底より解放せしヒトの子よ、何の用だ。

 少女は正直に答えました。母親を病から救いたいと。

 我を救いだした礼だ。治したい者に、手で触れよ。

 そう言うと水晶球の光が、少女の身体にぶつかりました。少女の体に異変はありません。

 精霊は嘘をつかないと知っていた少女は、お礼を言って淵から上がり、村に駆け戻りました。病でやせ衰えた母親に触れると、見る見るうちに青白かった顔に血色が戻り、目を覚まします。

 三日も立たずに、完治した母親に事情を話して、少女は森に出かけました。淵の縁から生花を捧げて、水晶玉の精霊に報告します。ありがとう、貴方のおかげで助かったと。

 それから、折に触れて淵の底の精霊に少女は話しかけるようになりました。

 今日は街から商人が来て、面白い物を売っていたわ。

 綺麗な花が咲いたの、貴方にも分けてあげる。

 貴方は他の精霊とは一緒に居ないのね、独りで寂しくはない?」


 不意にアヴィンは言葉を切り、アールをまじまじと見つめた。

 彼の話に一度も突っ込むことなく、大人しく聞いていたからだろう。

 アールはムッとして、眉根を寄せた。


「続きは? それで終わりじゃないんでしょう?」

「はい。では続けます」


 こほんと咳払いをして、アヴィンは物語を紡いだ。


「それから数年の月日が流れました。

 いつものように森に薬草を採りに行っていた少女は、突然森から出れなくなって混乱しました。精霊達の仕業だと見抜いた少女は抗議します。

 意地悪は止めて、村に返して。

 精霊達は言います。

 森の外は危ないよ。帰ったら死んでしまうかもしれない――と。

 少女は混乱しました。

 精霊達が、ここまではっきりと危険だと告げるのは初めてだったからです。本当に森の外は危険なんだと少女は実感しました。けれど、それなら村人達も危険が迫っているのだろうと考えが浮かびます。悩んだ末、少女は森から出してくれと精霊達に懇願しました。

 母親と村人達を、自分だけ安全な場所で見捨てる事が出来なかったのです。

 精霊達はそこまで望むならと、迷路メイズの魔法を解きました。

 少女は走ります。生まれた村へと一生懸命。

 ようやく村が見えてきた時、村中で炎が上がっているのが見えました。

 見かけない鎧姿の男達が村を闊歩し、見慣れた村人達がそこかしこに倒れているのが見えます。倒れているのは男性ばかりで、女性の姿は一人も見当たりません。

 盗賊団だ。そう気付いた少女は素早く身を隠し、村はずれにある家を目指しました。

 少女の家は燃えていませんでしたが、ドアは壊され、家の中から悲鳴と気味の悪い笑い声が聞こえてきます。おそるおそる近寄った少女は、家の中から出てきた鎧姿の男に鉢合わせしました。

 男は獣じみた声で言います。

 まだこんな上玉が居たのか。中に居る年増と違って、高く売れて使い道も多そうだ。

 その声が聴こえたのでしょう。家の中の悲鳴が止んで、母親の声がしました。

 早く逃げなさい。貴女だけでも。

 凍りついていた少女の足は、その言葉で動き出し、森に向かって走り出しました。

 追いかけっこだと、楽しそうに少女の後を追う男の声が聞こえます。

 森まで逃げても、少女は男を振りきれませんでした。

 少女と距離が近過ぎて、精霊達の魔法が上手く掛からなかったのです。その事に気付いた少女は淵へと急ぎました。精霊に愛されている少女にとって、水の底でも呼吸に不自由する事など無いからです。

 もうちょっとで淵に飛び込める。

 そう思った時でした。

 追いかけっこに飽きた男が少女の足に向かって、小さなナイフを投げたのです。

 ナイフが命中し、倒れた少女に男が覆いかぶさりました。

 男が何をしようとしているか悟った少女は、叫びます。

 助けて。お願い。何だって言う事を聞くから、私を助けて――と。

 その瞬間淵の底から光が上がり、にやにやと嘲笑わらって少女の服を引き裂いていた男の姿が消えてなくなりました。残ったのは、男が来ていた服だけ。

 望みは叶えた。対価を払え。

 何処からともなく、声が聞こえます。

 少女は起き上がってナイフを引き抜くと、這いずりながら光る淵の中へと身を沈めました。

 淵の底には、数年前と同じように汚れ一つない水晶球があって、光り輝いています。

 少女の足から流れ出した紅い血は、その光に触れると消えていき、傷が塞がっていきました。

 対価として、汝の血潮を受け取った。我に従い、我が世界に与えられし役目を果たすその日まで、守り手として血を繋げ。その為の力と証を、汝が血を引く者に与えよう。

 少女はその淵を聖地と定め、後に領主から森ごと土地を買いあげ、契約を果たしました。

 少女の子孫は膨大な魔力と契約の証に珍しい髪色を持ち、彼女とその精霊が交わした契約に従って、島ごと買い上げ、一族以外の人間を島から追い出して、今でも聖地を守っています。

 めでたし、めでたし」


 アールはむむっと眉間に皺を寄せた。

 子供向けな話し方の割に妙に現実感があり、作り話には思えない。

 そう言うと、アヴィンは苦笑した。

 初めて見た笑顔に、驚くアールを余所に肩をすくめて見せる。


「この話は実話ですよ。その少女の名前は、バファハールっていうんです。つまり、僕のご先祖様で始祖と言うべき方ですね」

「実話!? 傷を治すなんて、今の魔法で出来ませんのに!?」

「むかしでも、神々を除いては不可能でしたよ。癒しの力の管轄は、生命の精霊の領域です。非常に難易度が高い術で、回復魔法の実現は不可能と言われています」


 だったらその部分は創作なのか。

 そう指摘しかけて、アールはふとある事に思い至った。


 アヴィンが実話と言い切っているのだ。

 何か、抜け道があるに違いない。


 水晶球の精霊は、少女の母親の病を治し、少女の傷も治し、盗賊の男を殺した。

 バファハール一族は、みな高い魔力の持ち主で、珍しい青銀色の髪をしている。青銀は命素マナの色だ。契約の証としては分かりやすい。


 癒しの力を扱えるのは、神を除けば生命の精霊だけ。

 言い変えるなら、この水晶球に宿っているのが生死を握る生命の精霊ならば、辻褄が合う。


「ねえ、アヴィン。役目を終えるその時がきたら、貴方達はどうするつもりですの? むざむざ、力を失うのですか?」

「それが契約ですから、力を失う事を受け入れますよ。精霊との契約は、人間相手のものとは次元が違います。誤魔化しなど通じず、一方的な破棄など出来ません。

 欲に駆られたら、世界から拒絶され、全てを失う。

 それくらいなら、力を失うくらいどうって事はありません。先祖達は充分に、力の恩恵を受け、地位を財を築き上げたのですから充分以上に元は取れてます」


 さて。おしゃべりはこれくらいにして。

 アヴィンはそう言うと、懐から小さな鈴を取り出し、チリーンと一振りする。

 途端に、何処からともなく侍女達がわらわらと集合し、アールを取り囲んだ。


「お望み通り、珍しい話をしました。執務室にお戻り下さいますね? アルシオーネ皇女殿下」


 ああ。やっぱりこいつムカつく。

 アールは心から、そう彼に対して思っていた。

 いつかアッと言わせてやる――と。

 

 二年半後に彼、バークライト=アヴィン=バファハールに求婚し、心底驚かせる事には成功したものの、あっさり振られるなどアールはこの時、考えもしていなかった。



ちなみに文中には書いてませんが少女の村は、偶然外に出ていた数人を残し、滅んでいます。

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