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毒殺された悪役令嬢は過去に戻り、今度は全員の破滅を設計する  作者: スナハコ
第4章

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39.国王御前の断罪

 大評議会の扉が開かれた時、エレノーラの鼓動は驚くほど静かだった。


 白と金で彩られた大広間が、朝の光を浴びて厳かに輝いている。天井を支える太い石柱が左右に連なり、その一本一本にグランディア王国の紋章旗が垂れ下がっていた。広間の最奥——王国最高の意思決定が行われる場所に、玉座がある。


 国王ヴィルヘルム三世が、玉座に座していた。


 その右に王妃。左にルドルフ第一王子。さらに両翼に大臣たちが列席し、軍部の将校たちが壁際に控えている。大広間の中央を挟むようにして、百を優に超える貴族が席を埋めていた。


 大茶会よりも多い。大神殿の再審よりも多い。王国の全ての力がこの一室に凝縮されている。


(三度目の舞台。——今度が、最後)


 エレノーラは深く息を吸い、壇上に設けられた提訴者の席へ進んだ。靴音が石の床に規則的に響く。一歩ごとに視線の重みが増す。百を超える目が、十七歳の公爵令嬢を見つめていた。


 怖くない。


 もう、怖くない。


 壁際に視線を流した。柱の影に、銀灰色の髪が見えた。クラウスが腕を組み、壁に背を預けている。大茶会の時も、大神殿の時も——いつも同じ場所に立っている男。


 目が合った。頷きもしない。ただ紺色の瞳が、静かにこちらを見ていた。


 それだけで、十分だった。



      *



「国王陛下、王妃殿下、ならびにご列席の皆様」


 エレノーラの声は穏やかだった。大広間の隅々まで届く、澄んだ声。


「本日は、グランディア王国の安全に関わる重大な案件につき、三つの証拠を提出いたします」


 壇上の書類に手を置いた。クラウスと二人で仕上げた、最後の弾丸。


「対象は——第二王子アレクシス・ロイ・グランディア殿下です」


 広間に波紋が広がった。貴族たちがざわめく。大臣たちが視線を交わす。


 アレクシスは正面の席にいた。金の髪が朝の光を受けて輝いている。碧い目がエレノーラを射抜くように睨んでいた。


 あの目を、前世では怖いと思った。今は——何も感じない。


「第一の証拠。軍事予算の横領について」


 最初の書類束を掲げた。


「こちらは過去二年間の軍事予算の帳簿と、財務監査院が実施した特別監査の報告書です」


 書記官が書類の写しを大臣たちに配る。紙が捲られる音が広間に細かく響いた。


「軍事予算から計二十三回にわたり、合計金貨一万二千枚が不明な口座に送金されています。送金の承認書には、全て第二王子殿下の署名がございます」


 数字の重さが、広間を圧した。大臣たちの表情が変わる。軍部の将校が互いに顔を見合わせた。


 アレクシスの顎が強張った。だが、まだ動かない。



      *



「第二の証拠。聖女セレスティア・ミルフィーユとの共謀について」


 二つ目の書類束を取り出す。


「先の聖女認定再審において、セレスティア・ミルフィーユの身柄は神殿にて拘束されております。拘束後の取り調べにおいて、セレスティアは以下の証言を行いました」


 エレノーラは書類を読み上げた。淡々と。感情を交えず。


「『資金の運用は全て第二王子殿下の指示に基づいて行った』『横領された軍事予算の一部は、殿下の私的な遊興費と、隣国への送金に充てられた』『殿下は私の正体を知った上で、利用関係を維持していた』」


 広間の空気が凍りついた。


「この証言を裏付ける資金の流れを、こちらの帳簿でご確認いただけます。セレスティアの名義口座と、第二王子殿下の私的口座の間で、十四回の資金移動がございました」


 国王の目が鋭くなった。書類に落とされた視線が、じっと動かない。


「第三の証拠」


 エレノーラの声が、一段だけ低くなった。


「隣国エステリア公国への情報漏洩について」


 最後の書類束。これが、最も重い。


「先日捕縛した隣国の工作員の自白によれば、王城内部の機密情報が過去一年にわたり隣国に流出しておりました。軍の配置、国境の防衛計画、聖遺物の封印場所——いずれも、第二王子殿下の権限でのみ閲覧可能な機密です」


 将校たちの顔色が変わった。軍の機密漏洩は、横領とは次元が違う。国家反逆に等しい。


「殿下ご自身が意図的に漏洩したのか、あるいはセレスティアに機密を開示した結果として流出したのかは、現時点では確定できません。しかし——いずれの場合も、結果として王国の安全が著しく損なわれたことは事実です」


 エレノーラは書類を壇上に置いた。三つの証拠。横領、共謀、情報漏洩。


 前世で自分を踏みにじった男の全ての罪が、今この広間に晒されている。



      *



 沈黙が落ちた。


 百人を超える貴族が、息を止めていた。


 その沈黙を、叫びが切り裂いた。


「嘘だ!」


 アレクシスが席を立った。金の髪が乱れ、碧い目が血走っている。


「こんなもの捏造だ! ハーゼンベルク家の陰謀に決まっている!」


 大茶会でもそう叫んだ。大神殿でもそう叫んだ。三度目の、同じ言葉。


 だが——もう誰も、その叫びに耳を傾けなかった。


 アレクシスは広間を見回した。味方を探すように。碧い目が貴族たちの席を一つずつ舐めていく。


 誰も、目を合わせなかった。


 かつてアレクシスの周りに群がっていた貴族たち。派閥の仲間。茶会で共に笑い、夜会で共に踊り、この男の権力に寄り添っていた者たち。


 全員が、視線を逸らしていた。


「誰か——誰か、何とか言え! 私は第二王子だぞ! このような茶番が許されると思っているのか!」


 声が裏返った。拳が震えている。汗が額から顎を伝い、金の髪の先から滴り落ちた。


 その時——壁際から、一つの声が上がった。


「陛下。宰相府からも、追加の報告がございます」


 クラウスだった。


 銀灰色の髪。銀縁の眼鏡。淡々とした声。壁際から一歩前に出たその姿は、大茶会の時と変わらない。静かで、感情を排した、観察者の佇まい。


「宰相府はこの三ヶ月間、独自に第二王子殿下の資金の動きを調査しておりました」


 クラウスが手にした書類が、広間の光を受けた。


「エレノーラ嬢の証拠とは別系統の情報源から、同一の結論に到達しております。横領の事実、聖女との資金移動、そして機密情報の流出経路——全てにおいて、二重の裏付けが取れています」


 二つ目の弾丸。エレノーラの証拠だけなら「捏造」と言い張れたかもしれない。だが宰相府の独自調査が同じ結論を示している。二つの独立した調査が、同じ真実を指し示している。


 完全に、詰みだった。


「そ——そんな……」


 アレクシスの声が掠れた。


 碧い目が揺れていた。左右に、上下に。焦点が合っていない。唇が戦慄いて、言葉が砕ける。


「嘘だ。嘘だ。私は……私はグランディアの王子で……」


 膝が、崩れた。


 前世では他人を踏みにじっていた男の膝が、大広間の石の床に落ちた。鈍い音がした。金の髪が垂れ下がり、拳が床を叩く。


 前世のあの日——エレノーラが同じ場所で膝をついた時と、同じ音だった。



      *



 広間が、静まり返った。


 誰も動かなかった。大臣も貴族も将校も、石像のように固まっている。


 玉座で、国王が立ち上がった。


 ゆっくりと。老いた体を支えるように。ヴィルヘルム三世の顔には、怒りはなかった。


 あったのは——ただ、深い悲しみだった。


「……息子よ」


 低い声だった。大広間の天井に吸い込まれるような、重い声。


 床に膝をついたアレクシスが、震えながら顔を上げた。碧い目に涙が浮かんでいる。今度の涙は——演技ではなかった。


「父上——」


「もうよい」


 三度目の、その言葉。


 セレスティアに向けた時は冷たかった。アレクシスを大神殿で叱責した時は失望だった。


 今度は——違った。


 国王の声は震えていた。ほんの僅かに。王としてではなく、一人の父として。自分の息子が床に崩れ落ちる姿を見つめる、老いた父の声だった。


「第二王子アレクシス・ロイ・グランディアの王位継承権を、本日をもって剥奪する」


 静かな宣告だった。


「身柄は王宮にて拘束とし、全ての調査が完了するまで公務を停止する」


 国王が目を閉じた。一瞬だけ。その瞼の奥に何があったのか、誰にもわからなかった。


 大臣たちが頷いた。書記官が宣告を記録する羽根ペンの音だけが、広間に響いた。


 アレクシスは床に座り込んだまま、動けなかった。金の髪が額に張りつき、碧い目から涙が伝い、王子の正装が皺だらけになっている。


 かつてこの男が支配した広間で、かつてこの男が嘲笑った場所で——今、同じ姿で崩れ落ちている。


 因果の、完結だった。



      *



 エレノーラは壇上から、その光景を見つめていた。


 泣いていなかった。笑ってもいなかった。


 復讐の快感は、なかった。前世で受けた痛みが報われた喜びも。あるいはこの男への憐れみも。


 ただ——静かだった。


 長い長い旅の果てに辿り着いた場所が、思っていたよりもずっと凪いでいた。それだけのことだった。


(終わった)


 前世の自分が夢見た光景。あの日の痛みの代償。けれど、胸に残ったのは空虚でも達成感でもない。ただ深い息を一つ吐くような、静かな安堵だった。


(お疲れ様。わたし)


 壇上を降りた。


 書記官たちが書類を整理し、大臣たちが協議を始め、広間が動き出す。その喧騒の中を、エレノーラは静かに歩いた。


 出口に向かう背中に、足音が続いた。


 規則的で、無駄のない足取り。


 振り返らなかった。振り返らなくても、わかった。


 銀灰色の髪の男が、無言で後を追っている。何も言わず。何も聞かず。ただ——そこにいる。


 大広間の扉を抜けた。


 回廊の窓から午後の光が差し込んでいた。戦いが終わった後の光は、いつも柔らかい。


 エレノーラは立ち止まらなかった。


 前を向いて、歩き続けた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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