表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【証拠はいらない】親に愛された記憶がない

作者: Wataru
掲載日:2026/02/23

相談者は、三十代の女性だった。


椅子に座ってからも、ずっと膝の上で指を組んでいる。


怒っているわけでも、

泣いているわけでもない。


ただ、どこか困ったような顔をしていた。


「……親に、愛された記憶がないんです」


それが最初の言葉だった。


俺は何も言わず、続きを待つ。


「母は……ほとんど家にいなくて」

「家にいても、寝てるか、イライラしてるかで」


「父は出張ばかりで」

「家にいなかった」


少し間が空く。


「ご飯、ない日もありました」

「小学生のとき、自分でコンビニ行って」


「でも」


女性は、言葉を選ぶように続けた。


「虐待ってほどじゃないと思うんです」


「殴られたわけでもないし」

「服も買ってもらってたし」


「でも……」


そこで初めて、声が揺れた。


「私、愛された記憶がないんです」


事務所が静かになる。


相棒が口を開きかけるが、黙った。


「聞くぞ」


俺は静かに言う。


女性が、小さくうなずく。


「親は、自分たちが」

『愛していた』と言ってるか?」


「……はい」


苦笑いに近い顔をする。


「お金も出したし」

「学校にも行かせたし」

「ちゃんと育てたって」


「でも」


彼女は、視線を落とす。


「私は……」

「愛されてたと思えなくて」


少し間を置く。


「私が、間違ってるんでしょうか」


俺は首を横に振った。


「違う」


女性が顔を上げる。


「愛情ってのはな」


ゆっくり言う。


「与えた側じゃなく」

「受け取った側が決める」


「……え?」


「どれだけ世話しても」

「どれだけ金を出しても」


「子どもが」

『愛された』と感じなければ」


「それは、愛情として届いてない」


女性は、言葉を失ったように黙る。


「親の主観は関係ない」


続ける。


「子どもが」

『自分は大事にされた』と感じたかどうか」


「それだけだ」


彼女の肩が、ゆっくり下がる。


「……じゃあ」

「私は、間違ってない?」


「ああ」


「寂しかったって感じたなら」

「それが事実だ」


長い沈黙。


女性の目に、少しだけ涙が浮かぶ。


「でも……」


声が震える。


「今さら、どうにもならないですよね」


「ならないな」


即答だった。


少し驚いた顔をする。


「過去は変えられない」


一拍置く。


「だが」

「これから関わる人は選べる」


女性は黙って聞いている。


「親に愛されなかった人間が」

「一生、愛されないわけじゃない」


「ただ」

「最初の場所に、それがなかっただけだ」


女性は、何度も小さくうなずく。


「……証拠、いりませんでした」


「ああ」


「私が寂しかったって」

「それでよかったんですね」


椅子から立ち上がるとき、

彼女の表情は少し軽くなっていた。

ドアが閉まる。


相棒がぽつりと言う。


「これから、他の人からもらえるよね」


「ああ」


俺は窓の外を見る。


愛された証拠なんて、

どこにも残らない。


覚えているのは、

そのときの気持ちだけだ。


だから――


自分が寂しかったと思うなら、

それが答えでいい。


これから先、

誰かから受け取るものだってある。


それが分かっているなら、


もう、証拠はいらない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ