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行き遅れのババアとは結婚できねえんだよ!と婚約破棄されたアラサー女子、解放されて幸せを掴む

掲載日:2026/01/27

「いま、直してあげるね」

 

 ランプの灯りだけが揺らめく、深夜の冒険者ギルド内。 

 作業机に乗せられた大剣を見つめながら、アイカは白い魔石を手に取った。

 

「メモリーリペア」

 

 小指の先ほどの魔石からサラサラと光の粒子が生まれ、アイカがそれを指揮者のように操る。

 刃こぼれの酷い大剣。

 その傷ついた部分から光の糸が何本も伸び、粒子たちはそこに吸い寄せられ、やがて結合する。

 光が金属と一体となると、眩しい閃光が発生。

 それが収束したとき、傷一つない立派な剣身ができあがった。

 魔石は光を失って、ただの白っぽい小石に変わる。


「オレの大剣は直ったか?」

 

 ドアが開き、グライドが入ってくる。

 金髪で整った顔立ちの彼は、『黎明の英雄』のリーダーでアイカの恋人でもあった。

 後ろに続くのは、同じくメンバーのガルツとアネッサだ。

 

「ええ、もう使えるよ。刃こぼれの修復と重心がズレていたから修正したの」

「さっさとよこせ」

 

 差し出された大剣を奪うように取ると、グライドは礼も述べずに腰に差す。

 刃の状態の確認もしなければ、振ってみることもない。

 当たり前だからだ。

 完璧に直っているのが。


「でもこんな時間に、みんなで来るなんて珍しいね」

 

 もう深夜一時なのに、メンバー四人が揃っている。 

 ガルツとアネッサはバツが悪そうにうつむく。


「人がいない時間を選んでやったんだ。お前のために」

「そ、それって、もしかして……!」 

 

 アイカの胸が高鳴る。

 実は半日前、黎明の英雄は見事Sランク昇格を果たしたのだ。

 そして付き合い始めた五年前、彼が口にしていたことがある。

 ——Sランクになったら結婚しよう。


「そうさ——お前とは今日で別れる」

「…………え?」

「え、じゃねえよ。別れるって言ったんだ」

 

 眉間に皺を寄せ、心底不快そうにグライドは言い捨てた。

 期待とは真逆の言葉に、アイカは気が動転して呼吸が荒くなる。


「……Sランクになったら、結婚の約束は」

「ハァ……。円満に別れたいんだがな。おいアイカ、オレたちが付き合ったのは六年前だったな」

「五年前だよ」

「どっちでも変わらねーだろ! お前はいちいち細かいんだよ。母ちゃんを思い出して嫌になる!」

 

 机を蹴飛ばし、グライドは怒鳴り散らす。

 五年前のことをアイカは思い出す。

 決して、こんな人物じゃなかった。

 優しくて思いやりがあって、一緒に夢を追おうと誘ってくれたグライド。

 でもDランクから昇格していく度、周りにチヤホヤされることが増え、いつの間にか傲慢な性格に変わってしまった。

 グライドは作業机の上に唾を吐き、アイカを睨む。


「当時、オレはまだ二十一のガキだったんだ。それをお前が誑かした。年下の男に手を出す女はろくでもない。二十六のいまなら、わかる」

「……でも私は、この五年間、あなたとパーティのために全てを捧げてきた。辛いことや苦しいことがあっても」

「大変なのはみんな一緒だ。それより、いま何歳か言ってみろ」

「二十九よ」

 

 聞いた途端、グライドは鼻で笑う。

 年齢など知っているはずなのに。


「オバさんもいいとこだ。オレとしては自ら身を引いて欲しいんだがな?」

「私は使い捨てってこと……?」

 

 すんなり受け入れないアイカに苛立ったのか、グライドは今日一番の声をあげる。


「行き遅れのババアとは結婚できねえって言ってんだよ! なんでわかんねえんだよ!」

 

 怒声に萎縮してうつむくアイカ。

 ババア呼ばわりされ、女として否定される。

 苦しくて声も出せない。


「それに、なんかお前の直した剣は重いんだよな。情でも込めてるのかよ、ハハハッ」


 目元を弓なりに歪ませ、グライドは嗤う。

(……五年間、睡眠時間も削って、ずっとパーティに尽くしてきたのに……)

 装備を直すのは当然、それに使う魔石も主にアイカが調達していたのだ。

 それなのに感謝もされず、この仕打ち。

 心を傷つけられ、ネガティブな感情で胸が埋め尽くされる。


「俺を諦めきれないって目だな。仕方ない」

 

 グライドが室内のドアを開けると、そこには一人のあどけない女性が立っていた。


「あっ、もう入ってもいい感じですか。グライド様」

「もう君に来てもらうしかない」 

 

 グライドは彼女の肩を抱き寄せ、アイカの前に連れてくる。

 ふわりと巻かれた髪に、甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 露出度の高いローブを着た彼女は、伯爵家の娘で魔法使いでもあるメルルだ。

 最近、パーティに加えるかどうかで議論していた。


「メルルにはパーティに入ってもらう。十八歳で若くて可愛いのに、色気まである。最高だよ」

「きゃっ、グライド様ったら褒めすぎですよ〜」

「しかも優秀な魔法使いな上、ウルト伯爵家の支援も得られる。もう立派なメンバーだ」

「ガルツさん、アネッサさん、よろしくお願いしますね」

 

 彼女はアイカには目もくれず、二人にだけ挨拶を行う。

 

「オレは、彼女と婚約することにした。だからアイカ、今日限りでパーティを出ていってくれ」


 アイカは脚から力が抜け、その場に座り込む。

 焦点の定まらない目で、二人の足元をぼんやりと眺める。

 さすがにこれは……と見かねたガルツとアネッサが会話に加わる。


「やはり考え直せ、グライド。アイカがいなくなったら、装備の修復はどうなる?」

「そうよ。他パーティの修復師とは実力が違う。今回もこんな魔石で、あんたの大剣を直したのよ」

 

 武器、防具、道具、装飾品、魔道具。

 生物の修復はできないものの、アイカの対象範囲はかなり広い。

 それゆえ、パーティの裏方として支えてきたのを二人は知っている。 

 

「じゃあ、お前らも辞めるか?」


 冷たい眼差しで言われると、抵抗していた二人も黙り込んでしまう。

 Sランクの栄光を捨てる覚悟は、即座には持てなかった。


「いつもの倉庫に魔石とボロ馬車を用意しておいた。手切れ金として持っていけよ」

 

 冷淡に告げるグライド。

 メルルが彼の腕を愛おしそうに取る。


「太ってて髪もお金もないおじさんでよければ、紹介できますよ。婚活で困ったら言ってくださいね」

 

 アイカは反応せずに、無言で立ち上がる。

 ふらつきながらも、なんとか前に進む。


「……お幸せに」


 ギルドを出ていくと、扉の奥から二人の高笑いが聞こえてきたので耳を塞ぐ。

 その手は小刻みに震えている。

 ぽろぽろ、と。

 瞳からは大粒の涙が溢れる。

 視界を歪ませながら、アイカは夜の町を歩く。

 いつか——昔のグライドに戻ってくれる。

 そんな希望が粉々に砕かれた。

 五年前、しつこく口説かれた頃から、執念深さのようなものはあった。

 でも花や動物を愛でる純真さは間違いなくあった。 Sランクになって、困っている子供を救いたい。

 その夢に賛同したからこそ、アイカはパーティに入り、彼の求愛も受け入れることにした。

 あの頃のグライドは、もうどこにもいない。


「……どうせ私なんて、女としては魅力ないし……」

 

 そう呟いて現実を受け入れようとする。

 自分は地味だし、フラれるのも仕方ない。

 そう思い込むと、少し心が軽くなった。

 涙を拭って倉庫へ向かう。

 町の一角にあるゴミ捨て場のような場所だ。

 埃臭い中に、捨てられたように置いてある麻袋。

 中を確認すると小さな魔石——クズ石がたくさん入っている。

 種類は多めなので、そこだけは僅かな善意が見える。

 奥には存在感のある馬車が置かれていた。

 骨組みに使われた木材は腐り、車輪はへしゃげ、その鉄枠は錆だらけだ。

 御者台も幌もボロボロで、見るも無惨。

 何年も使われていないであろう馬車だが、アイカはそこに共感してしまう。


「ふふ、私たち似たもの同士だね。すぐに直してあげる」


 使うのは、白の小さな魔石を三つだけ。

 薄暗闇の中、蛍のような淡い光の粒子が舞う。

 アイカは画家が絵を描くときのような手の動きで誘導する。

 光が結合すると新品のような木材に生き返り、鉄枠の錆は剥がれ落ちて銀に輝く。

 歪んだ車輪は修正され、汚れて裂けていた幌は防水布として機能を取り戻し、快適な空間を確保。

 ほんの数分で、ボロ馬車は生まれ変わった。

 

「よかったね。あとは馬がいれば、どこへでもいけるよ」

 

 優しく馬車に触れたときのことだ。


「……ぐっ…………うぐぐ……」

 

 呻き声のが荷台の中から聞こえてきた。

 驚愕と恐怖でアイカは身構える。

 緊張しながらも、中をのぞき込む。


「だ、誰かいるんですか……」

 

 相手の姿が見えたとき、アイカの目が大きく見開かれる。

 荷台の隅っこで男性が一人、うずくまっていた。

 

「くっ、来るな……」

 

 顔を上げると、非常に顔が整っていることがわかる。

 服も仕立ての良いものだ。

 浮浪者ではないだろう。


 ギギッ、バチ、バチチッ——


 彼が必死に押さえつけている右腕のガントレットから火花が散っている。

 アイカは咄嗟に目を凝らす。

 ガントレットの魔力の流れを読む。

 真っ赤なオーラが漏れ出ていた。

 暴走のサインだ。


「魔力を送り込んでいるのですか? いますぐやめるべきです!」

「それができたら苦労はしない! 制御が効かない、離れろッ」


 アイカは戸惑うことなく、逆の行動を取った。

 荷台の中に入り、彼のガントレットを間近で調べる。

 魔力を大量に送り込まれたことによりガントレットが変形し、外せなくなっている。

 

「死にたいのか! 爆発するぞ、離れろ!」

「私は修復師です。いまから直します」

「直すだと……。この状態からでは無理だ、逃げろ……」

 

 アイカは聞き入れず、麻袋の中から魔石を取り出す。

 色は青で、水の魔石になる。

 彼がいま送りこんでいる魔力は赤で、火に近い性質がある。

 これを効率よく無効化するには、この色が適切だった。


「おいおい、クズ石じゃないか。そんなゴミみたいな魔力量じゃ無理に決まっている」

「静かにしてください!」

 

 ぴしゃりと注意され、男も口をつぐむ。

 強く音が鳴っているのは親指のあたりで、アイカの目でもここが一番魔力が濃い。

 水の魔石から青い光の粒子が降り注ぐ。

 それが指にかかると、赤みが引いていく。

 これで暴走は防いだ。

 あとは変形を直すため、白の魔石を使う。

 こちらは魔石を使い切ることもなく、修復に成功した。

 

「これで、もう外れますよ」

「……しんっ、じられん……!? 本当に直ったのか?」

 

 半信半疑ながらも男はガントレットを外す。

 音もせず、形も変形前と同じなことに舌を巻く。


「俺の暴走は、うちの修復師が十人がかりで、巨大魔石を使ってようやく直せるかどうかだぞ。それを一人で、しかもクズ石で直すなどあり得ない……!」

 

 開いてしまう口元を手で押さえ、男は茫然とする。

 衝撃的すぎて、次の句がなかなか出ない。

 一方、アイカの方も違和感があった。

 修復師を十人や巨大魔石など、かなりのお金持ちなのだろう。


「失礼、名乗り遅れた。俺はオルゼと言う」

「アイカ・フォールドです」

「君は高名な修復師なんだろう?」

「いえ、ただの冒険者でしたが……いまは無職です」

「無職!? それなら俺が雇う! ぜひ雇わせてくれ!」


 すごい圧で迫ってくるのでアイカも驚いてしまう。

 肌が綺麗で、それでいて男らしい容貌で見つめてくるので、恥ずかしくて目を逸らす。

 

「わ、私はこれから旅に出たいんです。馬もまだないのですが……」

「目的があるのか?」

「いずれは、田舎でお店でも持てたらと……」


 昔から胸に秘めていた夢を伝えると、オルゼは困ったような表情で考え込む。 

 

「あの、ひとまず出ませんか?」

「おお! そうだな」

 

 二人は倉庫から出ることにした。

 深夜ということもあり、オルゼが送り届けると申し出る。

 悪い人ではなさそうなので、アイカはこれを受け入れた。

 月明かりに照らされながら、肩を並べて歩く。

 

「あの、ガントレットは魔道具ですか?」

「いや、これは普通のものだ」

「魔道具以外が暴走するのは初めて見ました。もの凄い魔力ですね」

 

 魔道具の暴走を沈めた経験はある。

 だから今回も処置できた。

 ただ普通の道具は、多少の魔力が流れたところでなにも起きない。

 それがあんな風になるのは、オルゼに異常な魔力があるからだろう。


「……俺は生まれつき、魔力が相当に強かった。ただ今回のものは、呪いによるものだ」

「呪い……ですか」

「ま、楽しい話じゃない。それより、どこのギルドの冒険者だった?」

「エクスカリバーです」

「有名なところだな。もう未練がないなら、この町で修復店を出すのはどうだろう?」

 

 先ほどのアイカの夢の話だ。

 

「お店どころか、土地代も払えません」

 

 黎明の英雄の稼ぎは良かったが、アイカの収入は固定で安いものだった。

 貯金額では、この都会で店を出すなど夢のまた夢だ。


「店ぐらい、俺がなんとかする。君のあの技術は才能と研鑽の結果だろう。まだ若いのに素晴らしい」

「若いといっても、もう二十九ですから……」

「天才だよ、君は。ほぼすべての修復師は、あの領域には一生かけても届かない。絶対に店を持つべきだ」

 

 力強い語調でオルゼは言い切った。

 ここまで評価してもらえると、アイカの傷ついていた自尊心もいくらか回復する。

 自宅につくと、オルゼは微笑を湛える。


「また会いにくる。絶対に逃がさないから、覚悟しておけよ」


 グイと顔を近づけて、オルゼは見つめてくる。 

 もうキスできそうな距離だ。

 間近で見ると顔が良すぎて、アイカの心臓が跳ねる。


「さ、さようなら」

 

 顔を真っ赤にしながらアイカは自宅に逃げ込む。

 ドアを閉めた後、鼓動を落ち着かせようとしばらく胸に手を当てた。


 ☆


 浅い睡眠から目を覚まし、アイカは着替えて出かける準備を行う。

 その途中、我に返った。


「……そうだった。もう、どこにもいかなくていいんだ」


 パーティを抜け、もう冒険者でもない。

 かといって、別の仕事もない。

 誰にも求められていない。

 そんな風に思うと、胸の奥がジクジクと痛んだ。

 しばらく膝を抱えて瞑目していたが、気分が落ち着かないので外に出る。

 繁華街を抜けて、少し落ち着いた店が並ぶ通りに出た。

 するとお店のドアが開いて、壮年の店員と、客らしき十代半ばくらいの少年が出てきた。


「なあ、話くらい聞けよっ」

「だから外で聞いてやる。他の客に迷惑だろ」


 壮年の店主が険しい顔で、少年の肩をつき押す。

 もめ事があったのだとアイカにもわかった。


「頼むよ、直してくれよ。いけるだろ?」

 

 少年は漆黒のナイフと掌サイズの白魔石を渡そうとするが、店主が頑として受け取らない。


「一流の修復師ってのは、集中して魔道具を見れば、魔力の大体の流れがわかる。ただの道具でも、欠損部分を直すのに、どのくらい魔力が必要かってのもわかる」

「じゃあ、これで直してくれ。魔石使っていいから」

「そんなちっぽけな魔石じゃ足りない。安物の魔道具だが、それでも刃が潰れ過ぎだ。なにに使った?」

「ワイバーンを斬った」

 

 その瞬間、店主は堪えきれず噴き出した。

 ツボにはまったようで、しばらくは大笑いが止まらない。


「ヒー、ヒー、馬鹿すぎる。そんなしょぼいナイフでワイバーンに傷がつくかよ。どうしても直したいなら、倍の白魔石を三つ。または黒魔石を一つ。その上で、修復代は60万ルーン」

「ろ、ろ、60万だって!?」


 これには少年だけではなく、アイカも驚愕した。

 いま借りている家賃十ヶ月分だ。

 毎日無料で、もっと酷いものを修復していたアイカからすれば、あまりにもぼったくりに思える。

 少年もそう感じたようで、店員の胸ぐらを掴んだ。


「これは30万で売ってるんだぞ! 新品より高いってどういうことだよ!?」

「くっ、なんて力だ……。離せガキがっ! 下手な壊れ方したら直す方が高くつくんだよ!」

 

 体格は店員の方が良いが、少年の力が強くてまったく抵抗できない。

 その状態でも、唾をまき散らしながら怒鳴る。

 少年も納得したのか、手の力を緩めた。


「金貯めて新しいのでも買え! 二度と来るんじゃねえぞ」

 

 悪態をついて、店員は店の中に戻っていく。

 修復店『バスター』は、町でもかなりの人気店だ。

 貴族や大商人御用達の店で、貧乏人は相手にしないということでも有名だった。

 

「くっそ……くそぉ……」

 

 絶望したのか、悔しかったのか、少年の瞳から涙がツツーと落ちて頬を伝う。

 見かねたアイカは、声をかける。


「それ、見せて」

「……あんた誰?」

「私も一応、修復師なんだ。貸して」

 

 少年からナイフを受け取り、目を凝らして魔力の状態を確認する。

 店員の見立て自体は間違っていない。

 刃が大きく潰れ、剣身にはヒビも入っている。

 そこから魔力が漏れ出ているので、時間経過で砕けてしまうだろう。

 

「私が直してもいい?」

「ハ? できんのかよ、あんたに」

「これくらいなら、日常茶飯事だったから」

 

 最初は訝る少年だったが、信じてみようと魔石をアイカに渡す。

 グライドの大剣を直したときと似た要領で、アイカは魔石から魔力を抽出する。

 

「わあ……!?」

 

 この様子に少年は目を丸くする。

 人や魔道具の魔力は物質と結合しているので、一般人は見ることができない。

 でも修復師などが抽出した、魔石から出る純な魔力は視認できるのだ。

 アイカが魔道具を直す間、少年は見惚れたように目を離さなかった。


「うん、ちゃんと直ったよ」

 

 満足気にうなずくアイカに対し、少年は信じられないと首を左右に振る。


「あんた、本当に修復師なの?」

「えっ、なにか変だった?」

「いや、前に修復師が直すところを見たことがあるんだ。——全然違う。光の綺麗さとか、緻密さとか」

 

 褒められているのだと知って、アイカは内心ホッとする。

 少年は元通りになったナイフを見て、心底嬉しそうに破顔した。


「これ、昔隣に住んでた友達にもらったやつでさ。そいつ引っ越したけど、ずっと大切にしてたんだ」

 

 それを聞いて、アイカの頬も緩む。

 同じ物でも、新品よりずっと価値のある中古品は存在する。

 それは、想いがこもっている物だ。

 アイカが修復師を目指したのも、誰かの想い出を大切にしたいと思ったのがキッカケだった。

  

「あれ!? 魔石使い切ってないのかよ!」

 

 まだ光を放つ魔石を目にして、少年は興奮せずにはいられなかった。

 店員が要求していた魔石の約六分の一。

 しかも余っている。

 少年は急に冷静になって、恐る恐る尋ねる。

 

「あ……。やっぱ、高いの……?」

「ううん。私が好きでやったことだから」

「女神がいる!? せめてその魔石使ってよ。本当にありがとう!」

 

 何回も礼を述べると、少年は満面の笑みで走り去っていく。

 アイカはじんわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。

 たかが修復で、あんなに喜んでもらえると思わなかったからだ。 

 晴れやかな気分で、町を散歩する。

 しばらく経ったとき、しまったと口を開ける。


「いつもの癖で、ギルドにきちゃった……」


 習慣は恐ろしい。

 すぐに立ち去ろうとするが、運が悪かった。

 今日は建物の外に多くの人が集まっていたのだ。

 数十人はいる。


「あれ、アイカじゃないか!?」

 

 ギルドには知り合いが大勢いる。

 何人かが駆けつけてくる。

 アイカは大丈夫、とやんわり拒否するが「いいから」と半ば強引に集会に連れていかれた。

 最悪だったのは『黎明の英雄』のSランク昇格祝賀会だったこと。

 真ん中のテーブルにはグライドたち四人が座っている。


「体調悪いって、やっぱ嘘じゃねえか。ほら、アイカも座れよ」

「お前らの昇格を、みんなで祝ってたんだ」

 

 四人もアイカに気づく。

 お互いにかなり気まずい。

(多分、私をクビにしたこと、まだ言ってないよね……)

 それは周囲の反応でわかった。

 

「あ、あの、私は違うんです」

「ン? なにが違う?」

「もう、黎明の英雄のメンバーじゃなくて」

 

 その瞬間、外であることが嘘に感じるほど静寂に包まれた。

 誰もが、すぐには呑み込めない。

 静寂を破ったのは、グライドだった。

 食べていたチキンボーンを放り投げ、淡々と言い放つ。


「その通り。アイカはクビにした。Sランクになるには、実力が足りないと判断した」

 

 正気か?

 誰もが、そんな表情をしていた。

 一人の冒険者が、確認する。


「ってことは、アイカはいまフリーってことだよな?」

「フリーと言いますか、無職と言いますか……」

 

 地面を見つめ、小さな声で答える。

 次の瞬間だ、冒険者たちがすごい勢いでアイカを囲みだした。


「だったらウチに来てくれ! 報酬の取り分は三割……いいや四割出す!」

「俺たちと一緒に組もう。こっちは五割までいける!」

「うちらBランクだけど、来てくれるなら特別報酬も出すわ」

 

 待っていたのはスカウトの嵐だった。

 その熱量たるや半端ではなく、アイカも黎明の英雄も困惑してしまう。

 

「ちょ、ちょっと待てお前ら!? 今日は俺たちのパーティだ。なぜアイカをスカウトする? おかしいだろッ!」

 

 我慢ならないグライドがキレるが、同じ口調で冒険者たちから返答がくる。


「スカウトしない理由がねぇだろ馬鹿。こんな優秀な修復師は、どこだって欲しいに決まってる」


 グライドはあんぐりと口をあけたまま、なにも言い返せなくなった。

 一人の男性が手を挙げて発言する。


「聞きたいことがある。パーティ抜けたって、婚約はどうした?」

「……俺はいま、メルルと婚約している。アイカとは婚約破棄した」

 

 その場にいた男性陣が顔を見合わせる。

 茫然としていたのは一瞬だけで、その双眸はすぐに猛禽類のように鋭くなり、お互いを威嚇し合う。


「お前ら変なこと考えるなよ。抜け駆けはなしだぞ」

「おう、わかってる——アイカ、俺と付き合ってくれえええええええ!」

 

 全力で裏切った男がアイカの前で跪き、片手を伸ばす。

 それを見た他の男性陣が彼をボコボコにする。

 ヒートアップしていき、殴り合いのケンカが始まってしまう。

 当の本人であるアイカも英雄のメンバーも、想定外の事態にあたふたとした。

 争いを鎮めたのは、女性冒険者の黄色い一言だった。


「きゃっ!? フィルド公爵様よ——!?」

 

 公爵。

 圧倒的な権力者の前に、誰もが拳を掲げたまま、そちらを向く。

 陽光は公爵の金髪をさらに煌めかせ、男性とは思えぬほど美しい顔立ちを際立たせた。


「家を訪ねたが留守だったので、こちらに来てみたんだ」

 

 彼の眼差しは、アイカのみに向けられていた。

 

「えぇ……公爵様……だったなんて……!?」

 

 無論、フィルド公爵のことは情報としては知っていたが、顔を拝見したことがなかった。

 昨夜は披露と憔悴のこともあり、公爵と繋げる思考力もなかった。

 アイカの手先が震えだす。


「私、公爵様とは知らず、とても失礼なことを……!」

 

 修復するためとはいえ、叱るような真似もした。

 不敬罪で捕らえられても仕方ない。

 そんな風に萎縮する彼女の肩を、オルゼは優しく抱き寄せる。


「君に見せたいものがあるんだ。ついてきてくれるね?」

「もちろんでございます、フィルド公爵様」

「畏まらなくていい。昨日みたいに呼んで欲しい」

「はい、オルゼ様」


 名前を呼ばれると、オルゼの表情が和らぐ。

 何歩か進み、思い出したようにオルゼは振り返る。


「君たち、外でケンカ騒ぎするのはやめるんだ。いますぐ、室内に入ること。俺が怒る前にな」

「ハッ」

 

 冒険者といえど公爵に逆らって、この町で生活することはできない。

 全員が素直に室内に引き上げていく。

 残ったのは、テーブルにぽつんと座った四人だけだ。

 オルゼが軽く睨むと、グライドは目を右往左往して激しく動揺した。

 それでも引いてはならないと立ち上がり、アイカに声をかける。


「アイカ、実は昨日の件で相談が……」

「悪いが、俺が先客だ。お前の要件は百年後にしてくれ」

 

 冷酷な目でオルゼが告げる。

 最強の一角と名高いグライドも、さすがに敵愾心を見せるわけにもいかず、しかしここで下がるのはプライドが許さない。


「ひゃ、ひゃくがふっ……!?」


 ところが、緊張から舌を噛んでしまう。

 顔を真っ赤っかにして横を向くと、そこには違う意味で頬を染めるメルルの横顔。


「はぁ……オルゼ様ぁ……。いつか、わたしと……」

 

 どう見ても恋する乙女の表情だ。

 うっとりと、完全に見惚れている。

 隣に婚約者がいるというのに。

 あまりの屈辱に、グライドは下唇を噛んで堪える。

 力が強すぎて、唇に血が滲む。

 その情けない姿を確認したオルゼは、アイカを連れてこの場から離れていく。


 公爵のことを知る者は、すれ違う際に恭しい態度を取る。

 自分はなんて無知だったのだろう。

 アイカは自分を責める。

 様子が変だと気づいたのか、オルゼは優しい言葉をかける。


「昨日の今日でごめんよ。でも、どうしても君に見せたい建物があってね」

「建物ですか。……それって!?」

 

 ここで、昨日の件を思い出す。

 この町で店を開いて欲しいという話を。

 オルゼは親指を立てると、アイカの肩に優しく触れる。


「言っただろ。俺は君を逃さないって——」



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