Episode3
―それ以来、魔術の勉強を再開した。兄にも持っている公女様の記事を全部見せてもらった。
戦地へ赴くと、公女様の記事は出なくなり、詳細を知ることが出来なくなったが、魔術の研究をして、壁にぶつかれば昔の記事を見て自分を奮い立たせた。
そうやってアルフォンス・リガードは帝国一の魔術師となった。
自分の中で、もはや指針と言っても過言ではない。そんな憧れの存在に会える機会。
アルフォンスは意を決して領地を出たのだ。
そして3度目に出席した夜会で、彼女に出会えた。
自分の知っている姿とはやはり違うが、月光のように輝く銀の髪と、深い蒼い瞳。間違いない。
なんとか声をかけたものの、すぐに去られてしまった。
見つけたハンカチに一縷の希望をかけて追いかけたが、また逃げられた。――そう、逃げられたのだ。
(僕とはあまり関わりたくないのかもしれないな)
闇に消えていく姿を、テラスから見つめる事しか出来ない。
(いいのか。本当に。この機会を逃すと次にいつ会えるか)
自分が他の令息達のようにスマートに誘えるはずがない。
「アル?ここにいたのか」
アルフォンスの兄、アーサーがテラスの扉を開けた。数時間会わなかった間にやつれたように見える。
「公女様と話は出来たのか?他の令嬢たちを抑えるのは俺では無理だ。お前に会わせろと圧がすごくて····お前、なんて表情してるんだ」
テラスの下を見るアルフォンスに、アーサーはため息をついた。
「そんなに気になるなら、行けばいいだろ。お前にだってこの高さくらい飛べるはずだ」
アルフォンスの尊敬する人、第二位である兄に背中を押され、アルフォンスはふわりと中庭に降りた。
「兄さん、ありがとう」
笑顔で言うと、兄も笑顔で手を振ってくれた。
❉❉❉❉❉❉
「公女様!どこですか?」
ラビエンは咄嗟に身を隠した。
(ん?アルフォンス卿じゃないか)
『えっ、さっきの子?ちょっとどうして隠れるのよ?』
(1日に何度もあの美貌と対峙出来るわけないだろう)
これ以上会うとときめいてしまうかもしれないじゃないか。
『やっぱりあの子はラビエンに気があるのよ』
「やめろアルフォンス卿に失礼だよ」
『は?全くこの子は』
ペンダントが薄い紫色に輝き始めた。ラビエンは咄嗟にペンダントを両手で包んだ。
「やめろアローア、魔力感知で見つかるだろ」
『見つかってほしいのよ』
「私はさっき見た黒髪の青年に交際を申し込みに行くんだ。邪魔はしないでくれないか」
『な、何ですって』
わちゃわちゃしていると、近くでまた声がした。ラビエンは固まる。
「は、離してくださいっ」
「勘違いするな。お前が誘って来たんだろう」
「違いますっ」
声を聞くとアルフォンスではなさそうだ。顔を出して覗いてみると、一組の男女が揉めている。
(男の顔は見えないが、レディの方は明らかに嫌がっているな)
『まぁ!何あの不届き者は』
ラビエンは心の中でアローアに同意して、2人に近づいた。
「嫌がるレディに無理強いするなんて、紳士のすることではありませんよ」
「何だと?」
振り向いた男を見て、ラビエンは舌打ちしたくなった。
(皇太子か)
帝国に金髪は星の数ほどいるが、金の眼を持つのは皇族だけだ。
女グセが悪く、色狂いと言われる皇太子。父にも兄にも、なるべく視界に入らないようにと言われていた。
皇太子に腕を掴まれている令嬢は、涙目でラビエンに助けを求めている。ラビエンは苦笑した。
(相手が皇太子だとて、この場を見過ごすわけにはいかないよ)
「お前、誰だ?」
意外にも皇太子はすぐに令嬢の腕を離した。ラビエンは令嬢に目配せすると、令嬢は走って逃げた。
「あっ待て····まあいい。お前その髪色はワイマールの公女か?」
皇太子は令嬢を追わず、ラビエンに向き直った。
「はい。皇太子殿下にご挨拶申し上げます。ワイマール公爵家の長女でございます」
ラビエンはカーテシーもとらずに簡易に挨拶した。
(さて、この男をどうしよう?)
「ふん···それで?あの令嬢の変わりにお前が私の相手をしてくれるんだろう?」
『何なのこのクズは···目つきが気持ち悪いわ。ラビエン、さっさと斬っちゃいましょう』
そうしたいのは山々だが、皇太子を斬るわけにもいかない。
「いえ、申し訳ありませんが、兄たちを待たせておりますので」
ラビエンは去ろうとした。――が、皇太子に腕を掴まれた。
「はは。冗談だろう。このまま逃げられるとでも?お前、さっきの娘と替わってほしくて俺たちに声をかけたんだろ?」
「―は?」
何を言ってるんだこの莫迦は。
(救いようがないな)
しかし振りほどこうにも掴んでいる力は強かった。さすがにラビエンの力では振りほどけない。剣がなければ。
ラビエンはこの歳までほぼ戦場で過ごした。周りに男性はいたが身内が多く、こういう無礼な扱いを上手く躱す術は学んでいない。
『ちょっと!このブ男!ラビエンを放しなさい!』
ペンダントが少し光る。しかし光るだけだ。ラビエンが召喚しない限り、剣には変化しない。
ラビエンは流石に困った。
(どうする···斬る、のは駄目だろうな。お父さまや兄上にご迷惑がかかる)
観念して、付いて行ってみようかと思った瞬間、パチンッと何かが弾ける音がした。そして皇太子が崩れ落ちた。
「えっ?!――殿下?どうし―····?」
ラビエンは慌てて皇太子の首すじに手をあてる。
(死んでないよな?)
――寝ている。 皇太子は地面に突っ伏して眠っていた。




