Episode2
人気のないテラスへ逃げて、格子に手をかけため息を吐く。
「ふぅ」
『ちょっと!なんで逃げるのよ。もったいないじゃない』
「アローア、もったいないだと?あの美貌の前では私の心臓がいくつあっても足りない。私だって命が惜しい」
『おおげさね!たしかに滅多に見ない美丈夫だったけれど、ラビエンは私が認めた主よ。あのくらいじゃないと釣り合わないわ』
ラビエンは微笑った。
「はは。なんだそれは」
アローアの言葉にラビエンは緊張していた心が軽くなった。
「しかし彼では駄目だ。私は普通の恋がしたいんだ。彼に恋をして、か弱いレディ達と血みどろの争いはしたくない····それに見目が良い奴には気をつけろと兄上にも言われたし」
「――何を気をつけるのです?」
ラビエンは飛び上がりそうだった。背後2メートル程の所まで来ても、気付かなかった。
「リガード卿」
(さきほどの会場でもそうだし、この方の気配は分かりづらいな)
「驚かせてしまい申し訳ありません。こちらのハンカチが落ちていまして、公女様の物ですよね?」
アルフォンスの手に空色のレースのハンカチが握られている。これは、ラビエンがアローアに結んでおいたハンカチだ。
アローアは擬態を解いていないから、落ちていたのではなく、アローアが自発的にアルフォンスの前に置いたのだろう。
心の中で相棒を睨む。
(アローア覚えてろよ)
差し出されたハンカチを受け取り、直視出来ないラビエンはアルフォンスのクラバットを見ながら聞いた。(····蒼色だな)
「リガード卿、どうしてこれが私の物だとお分かりに?」
「アルフォンスとお呼びください。ハンカチは、その、魔力の残滓を感じまして」
ラビエンは魔力をアローアに移して使う。ハンカチに移ったわずかな魔力を感じ取れるなんて。
「すごいですアルフォンス卿。やはりリガード家は魔術にとても優れているのですね」
ラビエンが感心して言うと、アルフォンスの頬が少し赤く染まった。
(ん?照れているのか?言われ慣れているだろうに。可愛らしいことだな)
また新たに人の気配がした。テラスに入って来ようとしている。
(ふむ。2人でいる所を見られてはアルフォンス卿にも良くないだろう)
「アルフォンス卿、ハンカチをありがとう。私はこれで」
ラビエンはそう言うと、ヒラリと格子を越え、階下の中庭に飛び降りた。
『せっかく私がきっかけを作ったのに無駄にする気?』
「やはりそうだったか。アローア、私の恋路の邪魔をするな。普通の恋がしたいと言ったろ」
ラビエンは振り返らなかったので気付かなかったが、テラスから下を覗き込むアルフォンスの瞳に、熱が籠もっていた。
『でも···気に入られちゃったんじゃないかしら』
❉❉❉❉❉❉
アルフォンス・リガードは辟易していた。
(やはり南部に篭もっているべきだった)
自分の容姿が優れているのは知っている。それでも連日このようにレディ達に囲まれると、心身ともに参ってしまう。
先日は薬を盛られた。王都のリガード邸に届く手紙には髪や怪しい物が入っている始末。
元々苦手意識があったが、このままでは近い未来女性恐怖症になるだろう。
苦でしかない夜会に連日参加しているのは、会いたい人がいるからだった。
ラビエン・ワイマール。かの北部の英雄が、王都に滞在しており、夜会で会えるという情報を得たからだ。
リガード公爵家の次男であるアルフォンスは、生粋の人見知りであり引っ込み思案な性格だった。
しかし持って産まれたこの容姿ゆえ、どこへ行っても人が集まる。故に邸に閉じこもり、魔術の勉強に費やしていた。アルフォンスは魔術の面白さにハマり、引きこもって5年で現公爵である父の実力に追いついてしまった。
「閣下、アルフォンス様の才能には驚かされます」
「まだ成人もされていないのに、あれだけの魔術を」
「次期公爵は是非アルフォンス様に」
公爵邸の空気が変わり始めて、アルフォンスは勉強を止めた。
(僕は魔術が出来るだけだ。社交も、領地経営も勉強されている兄さんを不安にさせたくない)
アルフォンスと唯一普通に接してくれる兄との間に、溝を作りたくない。することもなく、ただ引きこもる日々が続いた。
ある日、兄が部屋を訪ねて来た。
「どうした?最近書庫にも来てないじゃないか」
「うん···」
しょんぼり答えると、兄は少し思案して明るく言った。
「じいさん達が言ってた事を気にしてるなら、無駄だぞ。俺はお前がいくら魔術が上達しても、後継の座は譲る気がないからな。お前、なりたくもないだろう?」
明るく言う兄に、アルフォンスは目をぱちぱちさせた。
(そうだ。兄はこういう人だ)
「でも」
(兄さんがそのつもりでも、大人たちにそう思われたくない)
下を向くアルフォンスに、兄が思い立ったように新聞を渡した。
「これ、読んでみろ。お前と同じ年頃で、すごい実力を持ってる公女様の記事だ。まだ12歳なのに戦地に赴くらしいぞ。この方にも兄がいるが、兄よりも実力は上らしい」
アルフォンスは渡された新聞を食い入るように見つめた。
「12歳で?すごい····」
「もっと見たいなら後で持って来てやる。実は俺もちょっとファンでな。最近記事を集め始めたんだ。この写真もかっこいいよな」
照れながら言う兄に促され写真を見ると、大人に混じって剣を振るう少女が写っていた。実物ではないのに、強い意志を感じる瞳に吸い込まれそうになる。
「ま、何が言いたいかと言うと、俺はお前の魔術が上達すればするほど、誇らしくなるってだけ。だから好きな事しろよ」
そう言って兄は部屋を出て行った。アルフォンスはまた写真を見つめた。




