第9話 魔王軍襲来、無自覚の大勝利
国際会議の翌日――。
突如として、王都に警鐘が鳴り響いた。
「魔王軍が襲撃してきたぞォォ!」
城壁の上で兵士たちが絶叫し、人々が逃げ惑う。
(ちょっと待て、昨日まで外交やってたのに、今日もう魔王軍!? 展開早すぎるだろ!)
俺は慌てて広場へ駆け出した。
視界に飛び込んできたのは、黒い軍旗を掲げて進軍する魔物の大群だった。
牙をむくオーク、炎を吐くワイバーン、影を纏う黒騎士。
どれも普通の冒険者なら絶望する存在だ。
「勇者カイ様! どうかお力を!」
聖女リリアが泣きそうな顔で叫ぶ。
王女エレナは必死に民を避難させ、セリア姫は剣を構えて俺の隣に立った。
「勇者様、共に戦わせてください!」
「いやいやいや! 俺は戦うつもりなんか――」
言い終わる前に、ワイバーンが炎を吐いて突っ込んでくる。
俺は反射的に身を伏せた。
次の瞬間――。
ゴオオオオッ!!
ワイバーンの炎は跳ね返され、背後の魔物の軍勢に直撃。
オークや黒騎士をまとめて焼き払い、戦線は一瞬で壊滅した。
「…………は?」
俺はただ伏せただけ。
でも周囲には「勇者が炎を反射し、敵軍を一撃で葬った」としか見えなかった。
「す……すごい……!」
「これが伝説の勇者の力か!」
「勇者様がいれば、魔王軍など恐るるに足らん!」
兵士たちが歓声を上げ、士気が爆発的に高まる。
リリアは震える声で祈りを唱え、エレナは涙ぐみながら「やはり私の選んだ人ですわ!」と叫んだ。
セリア姫も剣を掲げ、「祖国のためにも勇者様に嫁ぎます!」と宣言する。
(なんでこうなるんだよぉぉぉ!!)
その様子を、遠くから睨みつける影があった。
勇者アレスだ。
「……あいつ、また偶然で勝ちやがったのか……!? ふざけるな……!」
拳を握りしめ、唇を噛む。
彼の心には、もはや焦燥と嫉妬しか残っていなかった。
魔王軍の残党は恐れをなして退却し、王都は歓声に包まれる。
「勇者カイ様万歳!」
「救世主よ、我らを導きたまえ!」
俺は人々に担ぎ上げられ、訳も分からないまま英雄凱旋の扱いを受ける。
(……いやいやいや、俺、何もしてないから! 本当に避けただけだからぁぁぁ!!)
だがその必死の叫びも、また「謙虚な英雄の言葉」と解釈されていくのだった――。