第20話 伝説の英雄、そして――
魔王の巨体が崩れ落ちた瞬間、大地を覆っていた黒雲が晴れ、光が差し込んだ。
戦場に残った人々は一斉に膝をつき、歓喜と涙で叫ぶ。
「勇者カイ様、万歳!」
「救世主よ、我らを救ってくださり感謝を!」
俺は、ぼう然と立ち尽くしていた。
(……いやいやいや、本当に俺はただ避けたり転んだりしただけなんだって!)
だが、その必死の否定はやはり「謙虚な英雄の姿」としてしか受け止められない。
戦場が祝福に包まれる中、三人のヒロインが同時に俺の前へ進み出た。
「勇者様……これで心置きなく、お答えいただけますね」
聖女リリアが潤んだ瞳で見上げる。
「勇者様は、私の伴侶になるべきですわ」
王女エレナが毅然とした笑みを浮かべる。
「勇者様! 私の国と共に歩んでほしい!」
隣国のセリア姫は剣を掲げ、真剣な眼差しで告げる。
……戦場の真ん中で、公開プロポーズ三連発。
俺は心底頭を抱えた。
「いや……俺は……」
口を開きかけて、息を呑む。
この国を守ると誓ったリリア。
民を導こうとしたエレナ。
祖国を救おうと必死だったセリア。
彼女たちの思いはすべて本物だった。
だが俺には――誰か一人を選ぶ資格なんてない。
「……俺は、無能だ。最初から、ずっと」
静かな声で、俺は言った。
「奇跡みたいな偶然で、ここまで来ただけだ。だから俺には、英雄なんて名乗る資格はない」
沈黙。
だが次の瞬間――。
「それでこそ勇者様です!」
「謙虚さこそ、真の強さ!」
「だからこそ、私は勇者様を愛します!」
三人の声が重なり、兵士や民衆の歓声が轟いた。
(……ああ、結局こうなるのかよ……!)
後日。
王都の広場には「新しき英雄譚」として、俺の名が大きく刻まれた。
――“無能と呼ばれ追放された青年、勘違いから始まった英雄伝説。やがて国中から求婚され、世界を救う者となる”
俺はまだ、無能だと思っている。
でも、みんなが信じてくれるなら――それも悪くないのかもしれない。
光に包まれる広場で、リリアとエレナとセリアの笑顔に囲まれながら、俺は苦笑いを浮かべた。
「……ホント、俺の人生どこで間違ったんだろうな」
――こうして、ひとりの無能から始まった勘違いの英雄譚は、
世界に語り継がれる伝説となった。