第17話 堕ちた勇者、魔王の剣となる
――魔王軍撤退から数刻後。
絶望の峰の麓に、誰もいない洞窟があった。
そこに一人、膝をつく影。
「……なぜだ。なぜ俺じゃなく、カイなんだ……!」
それは勇者アレスだった。
血走った瞳に浮かぶのは、悔恨と嫉妬と、燃え盛る憎悪。
「俺こそ勇者に選ばれるべき存在……あんな無能に奪われてたまるか!」
その時、洞窟に黒い靄が広がった。
闇の中から現れたのは、魔王ヴァルゼルドの影だった。
「フ……良い目だ。妬みと憎しみに濁ったその目こそ、我が軍に相応しい」
「なに……?」
「アレス。お前の力を我に差し出せば、その魂に見合う“力”を与えてやろう」
闇に呑まれるアレスの体。
絶叫と共に黒き鎧が纏わりつき、紅の光が両眼を覆った。
「う、あああああああッ!」
次に姿を現した時――そこにいたのは、かつての勇者ではなかった。
黒剣を握る“魔王の剣”へと堕ちたアレスの姿だった。
「……俺は……勇者カイを打ち倒す者……魔王の剣アレスだ!」
魔王は満足げに頷いた。
「良い。次の戦場で、お前があの男を屠れ。唯一の宿敵である勇者カイをな」
その頃、王都の陣営。
「勇者様、魔王軍の本拠はもう目前です!」
「決戦に備え、兵も補給も整っております!」
リリア、エレナ、セリアの三人が並び、口々に励ます。
しかし俺は胃が痛くて仕方なかった。
(……いやいや、俺はただ避けて転んでるだけなのに、なんで“魔王討伐決戦”に挑む空気になってんだよ!?)
震える俺の視線の先に、黒い靄を纏った影が歩み出る。
鎧を軋ませ、紅の瞳で俺を射抜く男――
「カイ……次は俺がお前を殺す番だ」
かつての仲間、勇者アレスが“魔王の剣”として立ちはだかった。