第15話 裏切りの刃、真実なき決戦
絶望の峰を覆う黒雲が裂け、雷鳴が轟いた。
魔王ヴァルゼルドの巨体が漆黒の剣を構え、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「さあ、勇者カイ……今度こそ決着をつけよう」
(ひぃぃぃ! 決着とか言うなぁぁ!)
俺は膝が笑うのを必死に堪えながら後退した。
その背中を守るようにリリア、エレナ、セリアが並ぶ。
「勇者様、私が祈りで補助します!」
「私が剣を振るい、必ず勝利に導きますわ!」
「勇者様、共に戦おう!」
……いや俺、戦う気なんてこれっぽっちもないんだけど!?
その時、闇を裂いて別の声が響いた。
「カイ……この戦い、俺も混ぜてもらうぜ」
姿を現したのは、かつての仲間――勇者アレス。
嫉妬と憎悪に塗れたその瞳は、もはやかつての英雄の輝きを失っていた。
「アレス!? お前、なんでここに……」
「決まってるだろ。お前を叩き落とすためだ」
剣を抜いたアレスが俺に向かって突進してくる。
「危ない!」
リリアが悲鳴を上げた瞬間、アレスの刃が俺に迫った。
「うわああああっ!」
俺は反射的にしゃがみこんだ。
するとアレスの剣は大きく跳ね返り、その勢いのまま魔王ヴァルゼルドに突き刺さった。
「ぐっ……!」
魔王が呻き、黒い血を吐き出す。
「な、なんだと……!? この俺に傷を負わせるとは……」
観衆が騒然とする。
「勇者様が二人を同時に相手取った……!」
「なんという力だ!」
「まさに伝説の戦士……!」
(いや俺、避けただけだから!!)
アレスは目を剥き、震える声で叫んだ。
「バ、バカな……! どうして俺が……!?」
その顔は恐怖と屈辱に塗りつぶされていた。
「アレス、お前はもう勇者ではない」
魔王が低く呟く。
「本物の宿敵はただ一人――勇者カイだけだ」
「やめろぉぉぉ! あいつが勇者なものかぁぁぁ!!」
アレスの絶叫は、誰にも信じてもらえなかった。
俺は心の底から叫びたかった。
(誰か信じてくれぇぇぇ! 本当に俺はただ避けてるだけなんだってぇぇぇ!)
だが群衆は熱狂に酔いしれ、誰も真実を見ようとはしない。
こうして決戦は混迷を極め、俺はますます「唯一無二の英雄」として祭り上げられてしまったのだった。