第10話 魔王の宣告――唯一の宿敵
夜の王都は歓喜に包まれていた。
魔王軍を退けた勇者カイの名は、今や子どもから老人まで誰もが口にする。
「勇者様万歳!」の声が絶え間なく響き、俺は否応なく英雄として担ぎ上げられていた。
(……マジでどうしてこうなった……俺はただ避けただけなのに……)
広場で眠ることも許されず、宴と祝祭に囲まれる。
隣ではリリアが微笑み、エレナは腕を絡め、セリア姫は杯を掲げている。
――完全に修羅場だ。
そのとき、空気が一変した。
空が裂けるような轟音。
漆黒の靄が王都を覆い、冷たい風が吹き荒れる。
「な、なんだ……!?」
「まさか、魔王……!」
人々が震え上がり、広場の中心に黒き影が現れた。
漆黒の鎧に身を包み、二つの角を持つ巨躯――魔王ヴァルゼルド、その人だった。
「フン……人間ども。ついに見つけたぞ」
魔王の赤い瞳が、真っ直ぐ俺を射抜いた。
「……ひっ!?」
俺は思わず後ずさる。
「鋼鉄竜を屠り、魔王軍を退けた者……。貴様が勇者カイか」
(ちょ、ちょっと待て!? 俺はそんな大層な……!)
「愚かなる人間どもに、我が軍を退ける者などいないと思っていた。だが……貴様だけは別だ」
低く響く声が、広場全体を震わせる。
「――貴様こそ、我が唯一の宿敵」
「えええええっ!?」
広場がざわめきに包まれる。
聖女リリアは感極まって涙を流し、エレナは誇らしげに微笑み、セリア姫は剣を抜いた。
「やはり……勇者様は選ばれし存在!」
「魔王に恐れられるなど、真の英雄の証ですわ!」
「勇者様、どうか私にその背をお預けください!」
「ちょ、ちょっと! いや俺は――!」
俺の必死の否定は、もう誰の耳にも届かない。
「カイ。次は大陸北端の“絶望の峰”で会おう」
魔王はそう告げると、闇の靄と共に姿を消した。
残されたのは、恐怖と……それを遥かに超える歓声だった。
「勇者様が魔王に選ばれた!」
「これで人類の未来は安泰だ!」
――いや安泰じゃねぇ! 俺は戦う気なんてないんだってば!!
こうして、俺はついに魔王本人から「唯一の宿敵」として指名され、
否応なく世界最強の英雄として祀り上げられてしまったのだった。