水がかかる
うちは吉田リル。
いたって普通の高校2年生。だと思う。
学力は頑張って真ん中を保ってる。
うちの高校はピアスとか髪染めるのはおっけー。
まあ校則はゆるい方だよね。中学と比べてほんと色々自由だなって思う。
いろんな髪色試してみたり、放課後友だちと遊んだりして、割と充実した日々を送ってる。
うちは本とか漫画読むのもすごい好きで、友だちと都合わなかったり一人で過ごしたいかなって日には、図書館に行くのが多い。夏はクーラー効いてるからまじで涼しくて快適だし、家と学校の間にあって行きやすいし、ほんと最高。うちが落ち着ける場所なんだ。
夏休み。
休みだってのに謎に補習に行かなきゃだから、制服着てカバン抱えて通学路を歩いていた。
もうほんと暑い! お日様眩しすぎ!
そんで歩いてたら、「えっ?」と思った。
制服に水がかかった。
水がかかった原因を探るため辺りを見渡す。楽しげな声のする方を見ると、小学生くらいの子たちが庭で水鉄砲を撃ち合って遊んでいた。
ああ、あれだわ。
水鉄砲ならこの距離でも余裕で水かかることあるでしょ。だけど水鉄砲の水が当たった感じとはちょっと違う気がするんだよね。
まあでも暑かったから水かかってラッキーってかんじで、その時はあまり気にしなかった。
補習授業。
先生がカツカツと音を立て黒板にチョークで問題集のページの番号を書く。
ああなんかもうほんとダルいわあって思いながら、問題集を開いた。
その時、手の甲にぴちゃんと水が垂れた。
え、うわ! これ汗?
そう思ったけど、よく考えたらうち全然暑くなかった。おでこ触ってみたけど汗かいてない。教室クーラー効いてて足とか寒いくらいだし。
じゃあ何よと思っていたら、今度は立て続けにぴちゃんぴちゃんと、腕と首に水が垂れた。
なんかおかしい。
いや、でもこれはあれでしょ。
「ねえやばい、雨漏りしてるんだけど」
隣の席のマノにこそっと言った。
「え、まじー?」
うちの腕と手の甲についた水滴を見せた。
「ん、別に濡れてなくない?」
マノはめっちゃ目が悪いのかと思った。
「え? ほらこれ」
もう一度よく見せても、マノは濡れてないと言った。
「気のせいじゃね? てか汗でしょ」
言われると思った!
汗ってことにされて、その場は終わっちゃった。
まあそれが一番有り得るんだけどさ。
補習が終わってみんなが帰っていくなか、マノとまた話していた。
机に置いた自分のリュックに抱きつく体制で言った。
「うちまじで汗かいてなかったんよ」
「まだ言ってら。ま、仕方ないなあ信じてやるよ」
マノは隣で適当そうに言った。椅子にもたれかかって、腕は背もたれの後ろに回してる。
「あ、ほんと? てかあの水見えなかったじゃん! なんでぇ~」
抱きしめたリュックに顔をうずめた。
「んー、わからん」
マノはこの後用事があるからって言って、生徒玄関を出たところで別れた。うちは図書館に向かった。
あの水、最初は雨漏りだと思ったけど、第一今日はめっちゃ空晴れてた。あとうちらの教室は2階で、上は3階だから雨漏りはしない。
図書館のいつもだいたい座る席で、好きなシリーズの本を開いた。
ああやっぱ面白いなって夢中になってた時だった。
パタタッ……と太ももに水が垂れた。けっこう多めに。
それから、ポツ、ポツ、って雨みたいに両腕に水が垂れた。天井見たけど、よく分かんない。
周りの人はなんにも反応してないから、水が垂れたのはやっぱりうちだけ。しかも見えてないっぽい。
また水が垂れてくるかは知らないけど、なんか気持ち悪いなって思って、今日はもう帰ることにした。
朝と同じ道を歩く。
今の時間通るともっと暑い。
はーあ、なんなのいったい。なんで水が……。
その時、喉と口の中に違和感がした。カバンが地面に落ちた。どこからか押し寄せた水で口の中が満たされ、たまらず吐き出した。ビチャッ……とアスファルトが黒く濡れた。
え……? なにこれ?
吐いた? でもただの水じゃんこれ……。
わけが分からなくて、怖かった。
変だよね? なんか今日やたら上から水垂れてくるし、朝も不自然に水かかったし、これとかまじで。
落ちたカバンを持ち上げると、なぜかさっきより重い。しかもなんか、中でたぷたぷ揺れてる。
嫌な予感。
ファスナーを開けると、案の定水が溢れ出た。
サバァッと水が地面に流れ出る。
嘘でしょ、最悪、意味分かんない……。
ノートとか問題集も百パー濡れてるじゃん。
どゆこと? 学校でも図書館にいた時も水入ってなかった。入ってたら気づくって絶対。
どこで入った?
てかどうやって水が入んの!? 誰かが勝手に触ってみ水道の水を? なんでうちのカバンに入れるの? 変な嫌がらせ……。でもおかしい。だってうちずっとカバンから目離してない。持って歩いてたし。
おかしいおかしいおかしい……。
え、うわっ!!
半袖ブラウスの袖からも水が流れ出た。ジャーッと地面に降り注ぐ。
ははは、脇汗の量えぐー……って、ありえないから。
「もう、なんなのよほんとに……」
なんとなく上を見上げ、息がとまった。
建物の二階部分に突き刺さった女の人が、目を見開き、人形のような不気味な笑みを浮かべている。
まるで大雨にでも打たれたかのように、ひどく濡れていて、全身からポタポタと水を滴らせていた……。
あの後いろいろ考えた。
あれ見た時はもうほんと心臓止まりそうになるくらいめちゃくちゃびっくりして、「わっ!」て叫んで走って家まで帰ったんだけど。
あの女の人の表情……。
もちろん不気味ではあるけど、なにかを達成できたみたいな嬉しそうな顔。
どうしてあの水はうちにしか見えなかったのか。
どうしてあの道以外でも水滴が落ちてきたのか。
あの女の人は、うちに自身の存在を知って欲しかった?
どうしてうちだったんだろう。
ううん、そんなの考えても分かんないや。
まあでも、ホラー小説好きでまあまあ耐性があるうちを選んでくれたんでしょ。きっと。
あの場所は通学路だからあれからも毎日通っている。ルートを変えたりはしなかった。
今日も例の家に近づいてきた。黒い髪の毛が見えてくる。
今日も、こんなに嬉しそう。
少し見て、また前を向いて学校へと歩き出した。