第3話 初めて、ふたりで
群青くんからSNSの個別アカウントにDMが来たのは、翌日の日曜日のことだった。家族でお昼ごはんを食べて、リビングで趣味のタブレット塗り絵を楽しんでいたときのこと。
個別にアカウント交換したっけ? と首を傾げたが、カレンちゃんたち4人のグループから抽出したのだろうと、納得しつつメッセージを開く。
『今度、よかったら2人で昼飲みとかどうですか?』
どきん、と千歳の胸がざわめく。どういう意味なのだろうか。
千歳は異性のお友だちとふたりで会ったことが、これまでは無かった。過去にはこれでもお付き合いをした人はいたので、その人とはふたりで出掛けたりもしたのだが。
さて、どう返事をするべきか。お酒のお誘いではあるが、夜では無くお昼。そこまで警戒することでは無いのかも知れない。だがしかし。
そこで、千歳はカレンちゃんに相談することにする。カレンちゃんとは個別アカウントをとっくに交換している。群青くんはもともとは原くんのお友だちだから、原くんに聞くのが的確だろうかとも思ったのだが、何となく憚られた。一緒の時間を過ごしたことはあるものの、まだそこまでの距離感では無い、と千歳は思っている。
『群青くんからお昼のふたり飲みのお誘いあった。迷ってる。カレンちゃんから見て、群青くんってどう?』
どうしたら良いと思う? なんて聞き方はしない。それを決めるのは千歳自身。ただ、カレンちゃんから見た群青くんの印象を知りたかった。カレンちゃんは人を見る目があると、千歳は思っているのだ。
お返事はすぐにあった。
『ええ人やと思うよ。おとなしめやし、アホなこととかせんと思う。お昼やし、行ってみたら?』
カレンちゃんから見てもそうなのか。千歳は正直、自分の目に自信があるわけでは無い。だが原くんがはっちゃけてても、そうはしゃいだりしない群青くんは、紳士的に見えた。昨日だって心配だからとお家まで送ってくれたのだし。
お昼間やし。うん、私が警戒しすぎなだけやな。
千歳はカレンちゃんにお礼をしたあと、群青くんに『行こう』と返事を送った。
そして翌週の土曜日11時。千歳と群青くんは、天王寺のあべのハルカスの地下入り口付近で待ち合わせた。
あべのハルカスは、2023年までは日本一高いビルだった。東京の麻布台ヒルズの完成により2番目になってしまったのだが、西日本一高いビルの地位を誇っている。
地下から中階層までは近鉄百貨店、そこから上にはホテルや美術館、レストランにテナントが入り、屋上には展望台もある。天気が良ければ京都や兵庫の六甲山、淡路島や奈良の生駒山、関西国際空港を望むことができるのだ。
デート、と意識をするまではいかず、千歳は服装にネイビーのカットソーにベージュのカーゴパンツを選んだ。ショルダーバッグを赤にして差し色にしている。群青くんも黒のTシャツにネイビーのチノパンで、特別気負った様子は無かった。
「どこ行こうかとか考えてる?」
「そやなぁ、ルシアスのふじは絶対に並んでるやろうし、アポロのフレンチマンはどう?」
「あ、ええね!」
あべのアポロとあべのルシアスは、隣り合っている兄弟ビルである。それぞれ地下2階がレストランフロアになっていて通路で繋がっており、地上2階には双方に広大な喜久屋書店が入っていて、こちらも渡り廊下で繋がっている。
あべのルシアスにある「スタンドふじ」さんは、魚介類がほぼ卸価格でいただけるお店で有名で、いつ行っても待ちができているほどの人気店である。
あべのアポロの「フレンチマン」さんは、母体は京都にある「仏男」さんというビストロである。そのお店が大阪で展開しているのが「大衆酒場フレンチマン」さんなのである。あべのアポロ店はオープンタイプのカウンタのみのお店だ。
どちらも女性に人気のお店である。とくにフレンチマンさんはシアンをメインカラーにしており、シャープかつ可愛らしい佇まいである。群青くん、なかなかええチョイスや、なんて、千歳はほんの少し上から目線になってしまう。
フレンチマンさんは平日は17時まで、土日祝は15時までハッピーアワーをしてくれているのも、学生には嬉しいところ。まだ開店して間もないというのに席はかなり埋まっていて、千歳たちはかろうじて空いていた真ん中あたりの席に並んで腰掛けた。
千歳は生ビール、群青くんはレモンサワーを頼む。両方ともハッピーアワー対象品だ。フードはキャロットラペや串焼き、パスタなどを頼んで、ふたりでシェアしながら食べ進めた。
会話といえば、他愛の無いものばかり。最近はこんな動画がおもしろいとか、テレビもたまに見るだとか、こんな音楽を聴いている、カレンちゃんや原くんのお話なども。
心地ええな、千歳はそう思った。千歳が話しているときには、群青くんはあまり口を挟まずに適度に相槌を打ってくれる。だから千歳もゆっくりと話をすることができた。群青くんも始終穏やかで、お話も聞きやすかった。会話が途切れる様なことがあっても気まずく無い。焦ってねたを探したりする必要が無かった。
千歳はどちらかというと、はっきりとものを言う方である。できるだけ空気は読む様にしているつもりだが、後で、もしかしたら余計なこと言わんかったやろか、なんて悩んだりすることもある。
だが、この流れる穏やかさは、そんないらないものを差し挟む隙間を与えない。ゆっくりと、反芻をしながら言葉を選ぶことができる。そんな空気感だった。
それはきっと群青くんの持つ雰囲気のおかげなのだろう。凄いな、千歳はつくづく感心したのだった。