第1話 ふたりの出会い
千歳と拓嗣くんの出会いは、高校時代だった。だが在学中は特に接点は無く、大学に進学してから3回生の春に行われた同窓会で再会したのだ。
再会したといっても、高校のときもクラスが一緒になったことは無く、部活も違ったので、本当に薄っすらと顔を知っていたぐらいだ。ちなみに千歳は美術部、拓嗣くんは帰宅部だった。
千歳のお友だちである筑波カレンちゃんと、拓嗣くんのお友だちの原智久くんが同じ大学に進み、同じ高校だったからと親しくなり、同窓会のときに千歳と拓嗣が引き合わされたのだ。
当時拓嗣くんは3年制の専門学校に通っていて、翌年2月に実施される資格試験のための勉強に励んでいた。拓嗣くんはあまりお勉強が得意では無いそうで、高校時代に帰宅部だったのも、その専門学校に入りたいがためのお勉強を、こつこつと進めるためだった。
そうした努力ができる拓嗣くん、当時は群青くんと呼んでいたのだが、群青くんは凄い人なのだな、と千歳は感心した。
千歳は何かクリエイティブなことをお仕事にしたくて美術部にかまけていたこともあり、受験勉強は3年の後半、部活を引退してから詰め込んだ様なものだった。まさに受験のためだけのお勉強。
きっと身になるお勉強というのは、群青くんの様に日々積み重ねてこそだろう、しみじみそう思ったのだ。
一目惚れ、なんてものでは無かったが、それでも千歳が群青くんに好感を持ったのは確かなのだった。
それから1度、4人で遊びに行った。群青くんは復習などで忙しそうだったが、やはり息抜きは大事だし、試験もまだ先である。暑くなって動きにくくなる前にと、5月下旬の土曜日にユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行った。
そのときはスーパー・ニンテンドー・ワールドの公開はまだで、そのせいか今ほど外国人観光客は多く無かった。それでも気候の良い週末だからか人出は多く、アトラクションひとつ乗るのに何時間も待ったりした。まだ学生でそうお金に余裕があるわけでは無かったので、ファストパスの発想は無かった。
だが、そうして並ぶ時間が楽しいのも若者の特権である。話したければ話すし、会話が途切れればスマートフォンを出すのも自然である。
そう多くは無いお小遣いやアルバイト代で買ったキャラクタのカチューシャを全員で付けて、その日は大いに楽しんだ。
同窓会のとき、SNSで4人のグループを作っていた。会うのはそう頻繁では無かったものの、時折他愛の無いやり取りをした。
7月が千歳の誕生日だと、話が出たのはそんなときだった。カレンちゃんが「お祝いに飲みに行こ!」と提案してくれたのだ。
それにいちばん乗り気になったのが群青くんだった。そのときはなぜだろうと思ったのだが、後で群青くんがイベント好きだと知った。
誕生日の日は平日だったので、日の近い土曜日の夜に梅田茶屋町のDDハウスにある鳥貴族に集まった。千歳が当時から焼き鳥好きだったからである。いちばんはやはり豚汁なのだが。
鳥貴族はボリュームのある焼き鳥を2本税込み370円で食べさせてくれるチェーン店で、学生の強い味方なのである。他の一品もドリンクも370円均一で、懐に嬉しいお店だった。
2軒目には同じDDハウス内のビッグエコーになだれ込んで、カラオケで大いに盛り上がり、解散した23時にはほろ酔いのご機嫌だった。
カレンちゃんのお家はJR環状線沿い、原くんのお家は大阪メトロ谷町線沿いなので、梅田の待ち合わせ場所で有名なビッグマン前で解散した。
ビッグマンは阪急三番街の中にある。大阪最大だと思しき書店、紀伊国屋書店梅田店の、向かって右側の出入り口の上に設えられている大型ビジョンのことだ。各沿線の駅へのアクセスが良いことから、待ち合わせ場所として有名になったのだろう。待ち合わせもこのビッグマン前だった。
千歳と群青くんは、お家が同じ御堂筋沿線なので、一緒に帰った。終電に近い週末のメトロはかなり混んでいて、座るなんてとんでも無かった。ふたり並んでつり革を掴む。
群青くんは当時から実家は昭和町だったが、千歳の実家は西田辺だった。偶然にも隣の駅だったのだ。
ふたりになったことで、あらためて趣味の話なんかを落ち着いてすることができた。千歳の趣味は豚汁作りとタブレットでの塗り絵で、群青くんは実は無趣味だった。このときは実家暮らしで7人家族だったので、具沢山の豚汁を作ることができていたのだ。
「僕、ずーっと勉強ばっかしとった気がするなぁ。遊びにももちろん行ったけど、高校は帰宅部やったし、今は学校とバイトで終わるし。つまらん人生やと思われるかなぁ」
人生だなんて、まだ若いのに大きなくくりを出してきたものだ。
「思わんよ。群青くんはなりたいもんがあって、そのために頑張ってきたんやろ? で、今はそれが目の前に見えてる。逆に充実してるんや無い?」
千歳が言うと、群青くんは目を見張り、ほんのかすかに頬を赤くした。
「ありがとう、設楽さん」
そう言う群青くんの声は、本当に嬉しそうだった。