第14話 忘年会、としておいて
そうして、週末がやってくる。拓嗣くんはカレンちゃんと原くんとの4人の忘年会だと、信じているはずである。ネイビーのコートとワインレッドのマフラーでしっかりと防寒した千歳は拓嗣くんと一緒にお家を出て、大阪メトロ御堂筋線のあびこ駅から梅田駅に向かい、待ち合わせ場所のビッグマン前に行く。時間は16時50分。
相変わらず人でいっぱいだった。今は忘年会シーズン真っ只中である。ただでさえ混み合うビッグマン前は待ち合わせをしている人でひしめき合っている。
「カレンちゃんと原くん、もう来てるかなぁ」
「どうやろな。いつものとこやんな?」
「うん」
ビッグマン前はそれなりの広さもあるので、千歳たちが待ち合わせをするときは、奥の太い柱のあたりと決めていた。
人をかき分けて向かうと、原くんがいた。マフラーはしていないが、首元まである黒いダウンジャケットで寒さを防いでいる。
「お、こっちこっち。久しぶり〜」
原くんが笑顔で手を上げてくれたので、そちらに駆け寄った。
「お久しぶり。元気そうで良かった」
「うん」
千歳の挨拶に返事をしながら、原くんは拓嗣くんの腕に自分の腕を絡ませた。
「ん?」
拓嗣くんは驚いたのか、目を丸くする。だが不快そうな雰囲気では無かった。
「どうしたん、トモ。珍しいやん」
「たまにはな」
原くんはご機嫌でそう言いながら、拓嗣くんをがっちりとホールドする。そう、これはお友だち同士の仲良し腕組みなんて可愛らしいものでは無い。拓嗣くんに逃げられない様にするための手段なのだ。
「そういえば、トモってまだ実家におったっけ? 谷町線の」
「いや、さすがに独立したわ。結婚もせん穀潰しは出てけって親に言われた。ちゃんと家に金入れてたんやけどな〜。谷町線沿線暮らしやすいから、沿線は変わらんけどな」
「それやったら、場所、天王寺でも良かったんとちゃうん? あ、筑波さんて今も実家やっけ? 確か環状線やったやろ?」
「カレンちゃんも独立してるよ。今、中津でひとり暮らししてる」
千歳が応えると、拓嗣くんは「そうなんや」と頷く。中津駅は御堂筋線と阪急電車宝塚線にあり、両駅は少しばかり離れているものの、徒歩圏内ではある。梅田駅、もしくは大阪梅田駅のひとつ北側の駅だ。
「みんな、ちゃんとしてるんやなぁ」
「いやいや、結婚してちゃんとしてるんは、拓嗣も一緒やん。群青さんと協力し合って、ちゃんと暮らしてるんやろ?」
「うん。ふたりとも働いてるんやから、家事とかは協力せんとなぁ」
「せやな。どっちかに負担が掛かったりとか、嫌な思いしたりとか、あかんよな」
「え、うん、その通りやと思うけど」
拓嗣くんはきょとんとする。何か含みを感じたのだろうか。ああ、確かに原くんは暗に、千歳が複雑な思いを持っていることを孕ませているのだろう。
今でこそ、恐らくは催眠術のせいだと当たりを付けてはいるものの、千歳が不安で無いわけが無いのだ。もし催眠術が関係無かったら? これから先、あらぬ誤解を生んだりしたら?
早く催眠術の先生にお話を聞きたいし、それが拓嗣くんの今の価値観に関わることなら解いてもらいたい。例え拓嗣くんが望まなくても。
そう。拓嗣くんが解かれるのが嫌だと言っても、千歳は聞く気は無かった。これからも、いくらお友だちとはいえ、異性と腕を組んでいるところを知り合いにでも見られたら、どう思われるか。
心が狭いと言われようが、その状況を許容するのは難しいのだ。それに、実際に困るのは拓嗣くんなのだから。
「ごめん、お待たせ!」
カレンちゃんが人の波を縫って、小走りでやってきた。今や同じ御堂筋沿線仲間になったカレンちゃん。駅を出てから走ってきてくれたのだろう。
「ほんまごめん」
カレンちゃんは申し訳無さそうに、顔の前で両手を合わせて謝ってくれた。
「大丈夫やで。そんな待ってへんから」
実際、カレンちゃんの遅刻は3分ほどだった。全然問題の無い時間だった。
「よし、ほな行こか」
原くんが歩き出すと、腕を組んでる拓嗣くんも歩を合わせる。カレンちゃんと千歳もあとに続いた。
拓嗣くんには、大阪駅前ビルのお店に予約を入れたと言ってある。それは本当なのだが、実は予約時間は18時。拓嗣くんには17時からと言ってある。
1時間の間に、大阪駅前ビルにある催眠術師さんの研究所に行くのだ。アポイントは原くんが電話で入れてくれている。
事情は細かく言わず、催眠術について聞きたいことがあるということになっている。術師さんは快く引き受けてくれたそうだ。
事務所があるのは大阪駅前第3ビルの2階である。他愛の無い世間話をしながら地下道をぐんぐん進み、第4ビルを経由して、第3ビルに入った。
各駅前ビルは地下1階と地下2階が飲食店フロアになっていて、1階は主に商業店舗、2階以上はテナントになっており、企業や病院などが入っている。
原くんは拓嗣くんの腕を解かないまま、エスカレータを使って上がっていく。
「え、何で? 地下や無いの?」
拓嗣くんの不思議そうな声。逃げようとしたらカレンちゃんと千歳も加勢することになっている。だが拓嗣くんは原くんに引きずられるまま、特に抵抗する素振りも見せずに付いていく。
2階に到着。原くんはあらかじめ調べていてくれたのだろう、どんどんと進んでいく。するとだんだんと拓嗣くんの顔が強張っていった。
「ちょ、トモ、ここって」
「あ、気付いた? 逃せへんで〜」
拓嗣くんの動揺する声と、原くんの陽気な声。拓嗣くんはあまり体格に恵まれている方では無いので、原くんの腕を振り解けないと思う。それでも千歳はいざとなれば拓嗣くんに突進する覚悟で付いていった。
そして、目の前に出てきたのは「須賀催眠術研究所」のプレート。拓嗣くんはことを察したのか、がっくりとうなだれた。




