第12話 予想外の想像
「俺、ちょっと探りを入れてみよかな」
原くんがぽつりとそんなことを言う。
「今の拓嗣の行動パターン、平日は基本、家と職場の往復、でええんかな?」
「と思うけど、午後診療の患者さんの人数によって、帰ってくる時間が変わるねん。せやからそこ誤魔化されたら、私には分からへんのよ。でも最近もそこまで遅くなる様なことは無かったから、真っ直ぐ帰ってきてくれてるんやと思うんやけど」
「となると、相手の女性と会ってるんは、昼休憩だけっちゅうことかな? いや、拓嗣は友だちやて言い張ってるんやから、はっきりとは分からんけど。仕事中に何かあったか。群青さん、拓嗣ってこの冬、風邪引いた?」
「うん。今月入ってさっそく」
「それやったら、多分しばらくは引かんかな。拓嗣が風邪引いて仕事休んでくれたら、俺が患者の振りして院長とか看護師とかに話聞けるかなって思ったんやけど」
「何それ、探偵みたいやん」
カレンちゃんが目を丸くすると、原くんは「探偵やもん」と得意げに胸を張った。
「いや、正確には興信所の職員やけどな? 浮気調査とかもするっちゅうか、それがいちばん多いから、慣れとんのよ」
それは心強い。千歳は目の前が晴れた様な気がした。
千歳は、拓嗣くんが浮気や不倫をする様な人だとは思っていない。今回は思わぬ価値観が露呈したわけだが、奥手だと思われていた拓嗣くんがそうなるに至ったできごとが分かるかも知れない。
「原くん、お手間掛けてしもてほんまに悪いねんけど、お願いしてええ? 私が正面から聞いても埒があかんし、今の拓嗣くんには届かんと思う。もちろんお礼はするから」
「もちろんや。さすがに夫婦の危機とまではまだ思ってへんけど、誰から見ても奥手やて思うあいつに何があったんか、言い方悪いけど俺も興味ある。それに群青さんがもやもやするんもあかんしな。あ、礼はいらんで。俺も気になっとるからな」
「ありがとう」
原くんに任せっきりはさすがに申し訳が無いので、千歳もできることをしようと思うが、いわゆる聞き込みだとかは、千歳の様な素人では無く、プロの原くんにお願いするのが確実だ。
どんな結果が出ても、千歳は受け止めなければならない。心を強く持たなければと、神妙な面持ちでこくりと喉を鳴らした。
原くんからSNSに連絡が入ったのは、翌週の水曜日のことだった。千歳が作ったカレンちゃんと3人のグループだ。お仕事を終えた千歳が電車の中でスマートフォンを開くと、メッセージが入っていた。
『案外すんなりと分かったわ。多分間違いないと思う』
『ありがとう。何やったん?』
電車に揺られながら返事をする。するとすぐに新たなメッセージが打ち込まれた。
『催眠術や』
『催眠術!?』
『拓嗣、勤め先の病院の患者の催眠術師に、催眠術掛けてもろたんやて』
千歳は驚いて、リアルに声が出そうになった。電車の中なので慌てて手で口を押さえる。まさか、いつの間に? 拓嗣くんからそんな話は聞いていない。そんなことをしてもらったのなら、拓嗣くんならうきうきしながら千歳に教えてくれそうなものだ。
……いや、掛けてもらう内容によっては内緒にするかも知れない。拓嗣くんが催眠術によってあの価値観になったのだったら、それは千歳に黙っておきたいものかも知れない。
『仕事お疲れ。睡眠術って、あれ? 嫌いなもんが好きになったりするやつ』
カレンちゃんはこの時間だと、休憩時間かも知れない。塾は夕方から夜に授業が行われる。
『まぁ、そやな。拓嗣がどんな催眠術を掛けてもろたんかは分からんけど、それで女性でも友だちやったら腕組んでええって考えになったんやと思う。あまりにもこれまでの拓嗣と掛け離れとるからな。その事務所もどこか教えてもろた。今度の土曜日、拓嗣の仕事のあとに、解いてもらうために連れてくん、どう?』
『できたらそうしたい。でも拓嗣くんがええって言うてくれるかな』
『そこはだまし討ちでもええやろ。忘年会兼ねて久しぶりに昼飲みしよか、言うて誘ったらええわ。筑波さんが難しい様やったら3人でも。俺が力尽くでも連れてったる』
段取りがどんどん進んでいく。原くんは行動力があるのだな、と千歳は感服する。これぐらいフットワークが軽く無いと、興信所の職員は務まらないのかも知れない。
『私もまだ大丈夫。年内やからね。ちゃんとことの次第を見届けたいし、何より千歳を嫌な気持ちにさせるんは嫌やわ』
『カレンちゃん、原くん、ありがとう』
そうして、原くんがさっそくSNSの4人のグループに、忘年会昼飲みの提案を投げた。カレンちゃん、そして千歳が乗る。拓嗣くんが見るのはお仕事が終わってからだろう。千歳にお電話もあるだろうから、そのときに「行こうよ」と言ってみることにしよう。




