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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
5章 誤解と幻覚
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第11話 変わった意識、価値観

 カレンちゃんと(はら)くん、千歳(ちとせ)はまずは軽く近況などを報告し合う。


 カレンちゃんは塾講師である。大学のときに塾講師助手のアルバイトをしていたのだが、人に、生徒にものを教える面白さに目覚め、そのまま講師として就職したのだ。その塾は大歓迎だったという。カレンちゃんは有能だったのだ。


「大学受験向けの塾やから、ある意味楽で、ある意味しんどい。同じ教える仕事でも、学校の先生やったら、生徒の人生と関わることになるやん? 塾講師にはそれが無い。せやから楽。でも、大学受験って、その当時にとっては一世一代の大イベントやん? 今は12月やからまだ私も少しは時間あるけど、来年になったとたんに合宿とかあるからね。めっちゃ大変になるんよ」


「あ〜、確かに、そんときって大学もやけど高校とか、受験ちゅうか進学先が全てっちゅうか、落ちたら地獄、人生終わりって感じあったよなぁ。今にして思ったら、んなこと無いのにな」


 千歳も「うん、ほんまに」と大きく頷く。


 受験を乗り越えようとする若いときには、それが全てだと思い込みがちだ。だが就職して数年が経った今だから分かる。それは、人生の通過点のひとつに過ぎないのだと。


 確かに、そう言ってしまうには大きすぎる転換期ではある。だが人生が終わることは決して無い。例え希望の学校に合格することができずとも、人生は続くのだから、その先の自分をどう保つか、持っていくかが大事なのである。


 志望校に合格できて通ったとしても、順風満帆に、自分の思い通りになるわけが無い。どんな出会いがあるのか、どんな環境を作っていけるのかが重要なのだ。


「俺は興信所やけどさ、何か何でも屋みたいな面もあって。この前は逃げた飼い犬探したわ」


「え、ああゆうのって、ペット専用の探偵とかいてはるんとちゃうん? 動物の番組とか動画で見たことあるけど」


 カレンちゃんが言うと、原くんは「そうそう」と頷く。


「せやから、そういうとこからアドバイスもらったり協力してもろたりして、何とか。こっちの実入りは少なくなるけど、クライアント第一やからな。そこでしっかり働いとったら、のちに繋がるかも知れんから」


「なるほどなぁ。千歳はどうなん?」


「うん、楽しくやってる。画像処理、向いてると思うんよ。クリエイティブは少ないかも知れんけど、こつこつ仕事、向いてるみたい。あ、この前お仕事で、葛木聖(かつらぎひじり)ちゃんに会ったよ」


 千歳の言葉に、ふたりは「え!」「うらやま!」と目を丸くした。


「どうやった? やっぱり可愛かった?」


 カレンちゃんの好奇心が疼いている様だ。原くんもうきうきそわそわとしている。


「うん。めっちゃ可愛くて綺麗で、めっちゃええ子やで」


「えー、そうなんや、ええなぁ」


 カレンちゃんはそう言って、ふんわりと笑った。原くんも「ええわぁ」とうっとりする様な素振りを見せた。


 写真集を出すことはまだ内緒だ。出版社や広報がまだ公表していないからだ。だから詳しくは言えない。だが千歳のお仕事はふたりとも知っているので、芸能人と会うことがあってもそれほどおかしくは無い。


 聖ちゃんの大阪梅田茶屋町(うめだちゃやまち)での撮影は、ひとまずは3日間。最終日にも千歳は朝から立ち会っていた。


 その日の撮影も1日掛かりで、千歳は一緒にいたゆずちゃんと福田(ふくだ)さん、山下(やました)さんとランチに出たところ、やはり拓嗣(たくし)くんと女性を見掛けたのだ。ふたりはやはり、しっかりと腕を組んでいた。


 見慣れた、というのはおかしいだろうか。だが最初の様な驚きはすでに無く、ああ、またか、と思ってしまった。


 千歳は感情の持っていき方に、迷ってしまっているのだ。


 そして、世間話もここまでである。カレンちゃんが何気無く話を振ってくれた。


「それで、相談てどないしたん? めっちゃ順調そうやのに」


「うん、あのね……」


 千歳は茶屋町で拓嗣くんが女性と腕を組んで歩いていたこと、拓嗣くんに聞くと「友だちやから当たり前」と言われたことを話した。すると。


「は? いや、異性の友だちは私もおるけど、それこそ原くんとか、いや、腕を組むんは無いわ」


「俺も友だちでも、異性と腕組みは無いなぁ。男は同性の友だちでもそう組まんし。何で? 拓嗣は友だちやねんからええって言うてるん?」


 カレンちゃんと原くんは目を丸くして困惑している様子である。良かった、千歳の価値観がおかしいわけでは無かった。


 たくさんの人がいるのだから、拓嗣くんが言う様な価値観の人だっているだろう。だがやはり一般的では無いのだと、千歳は安心する。


「拓嗣くんって、高校のときからそんな感じやった?」


 千歳が原くんに聞くと、原くんは「まさか!」と首を振った。


設楽(したら)さん、あ、ちゃうわ、群青(ぐんじょう)さんも筑波(つくば)さんも気付いてると思うけど、あいつは女子には奥手や。女性と話すんが苦手っちゅうか、高校んときに気になる子とかできたら、周りが橋渡しとかしてやっと喋る始末やった。あれから何年も経つし、確かあいつ、病院の病棟で仕事してたときもあったよな? せやから今はましになってるやろうけど、それでもそこまで極端にいくとは思わんねんけど」


 原くんはまるで自分のせりふにあらためて動揺した様に「え〜……?」と漏らした。


「今はもう俺より群青さんの方が拓嗣のことを分かってると思うけど、それでも俺かて拓嗣がそんなことするとか言うとか、思わんけどなぁ。何かあったんやろか、拓嗣の意識、価値観が変わる何か」


 そう。千歳もそうとしか思えなかった。カレンちゃんがかつて感じた拓嗣くんの印象は間違っておらず、それは千歳も一緒だ。


 社会人になって人生経験も積んで、たくさんの人と触れ合うことで、慣れてきたり振る舞いが変わったりすることはあると思う。だが、振り幅が極端過ぎるのだ。


 奥手だった拓嗣くんの価値観が変わる様な何か。千歳たちは「う〜ん」と唸ってしまったのだった。

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