第10話 相談のために
その日の聖ちゃんの撮影は16時までで、千歳たちは会社に戻る。就業時間の18時まで通常業務に戻ったのだが、先輩に振り分けられた、家電量販店のチラシに掲載されるセールの炊飯器の写真を切り抜きながら、千歳は考える。
拓嗣くんに聞いても、きっと昨日と同じことを言われるだけだ。誰かに相談したい。となると、心当たりはふたりしかいない。面倒を掛けてしまうだろうが、どうか力を貸して欲しい。
千歳はひとまずお仕事に集中すべく、ひっそりと細い息を吐いた。
晩ごはんを終え、片付けも済ませた千歳は自室にこもる。スマートフォンでSNSを立ち上げ、新たなグループを作り、カレンちゃんと原くんを招待した。
拓嗣くんも含めた4人で、何回か遊びに行った間柄である。それに原くんは拓嗣くんの高校時代のお友だちだから、千歳の知らない拓嗣くんを知っているかも知れない。
『突然ごめんね。お久しぶり、お元気にしてる? 相談したいことがあって。週末、昼でも夜でもええので、時間もらわれへんかなぁ』
そんなメッセージを打ち込んでおいた。カレンちゃんからはすぐに反応があった。
『おひさ〜元気やで。何があったん? 私は今年中やったら週末いつでもいけるで。久々に飲みに行こうや』
『ほんまにありがとう、助かる〜』
すると、あまり間を置かずして、原くんからも返事が来た。
『久々〜。俺も今やったらいけるで。今度の土曜日どう? 拓嗣がここにおらんちゅうことは、拓嗣のことやろ?』
『うん、そうやねん。せやから原くんにも聞いて欲しくて』
『よっしゃ。ほな、筑波さんもいけるんやったら、梅田のビッグマン前に5時でどうや?』
『私はOKやで』
『私も大丈夫。ほんまに急でごめんね』
『ぜんぜんええよ〜、じゃあ土曜日にね〜』
『ほな、またな〜』
『ありがとう』
こうしてメッセージのやりとりは終了する。千歳はほっと安堵の息を吐いた。これで拓嗣くんの、千歳が知らなかった人となりを知ることができたら。それが千歳のもやを晴らす道筋になれば。
自分が狭量なだけなのかも知れない。ふたりに聞いても、拓嗣くんの様に「友だちなんやったら当たり前やん?」なんて言われたら終わってしまう。だが、原くんは分からないが、少なくともカレンちゃんは千歳と価値観が近いと思う。だから長くお友だち付き合いが続いていけているのだと思っている。
さて、過去の拓嗣くんから何が飛び出すか。少し緊張しながらも、千歳は憂鬱な気持ちを晴らすことまでは叶わなかった。
週末、土曜日になった。
「ほな、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
16時過ぎ、千歳はカレンちゃんと原くんとの待ち合わせのために、準備を整えてお家を出る。拓嗣くんは笑顔で千歳を見送ってくれた。
拓嗣くんには、カレンちゃんとふたりで会うと言ってある。原くんも一緒だということは言っていない。前は拓嗣くんも合わせて4人で遊んでいたのだから、原くんと3人だと言うと、怪しまれるかも知れないと思ったのだ。この場合拓嗣くんを含まないのは不自然である。
騙している様で気が咎める。だがここはこの言葉を使わせてもらおう。嘘も方便。実際には言っていないだけで、厳密に言うと嘘を吐いているわけでは無い。というのは屁理屈だろうか。
冷たい風が吹くお外を歩いていると、まるで心まで冷えてしまいそうになる。千歳は首にぐるぐる巻きにしたイエローオーカーのマフラーに顔を埋めた。
拓嗣くんは今日も屈託無い笑顔を千歳に向けてくれていた。なのに今はそれが怖い。前までだったら、千歳の心を癒して暖めてくれるものだったのに。
心がどんよりとしたまま、千歳は待ち合わせ場所に向かうべく、大阪メトロ御堂筋線のあびこ駅から電車に乗った。
梅田駅に着き、待ち合わせ場所のビッグマン前へ。週末だということもあって、待ち合わせの人たちでごった返していた。そんな中でも無事カレンちゃんと原くんと合流し、予約を入れておいたお店へと向かうため、地下に降りて地下道を歩く。
曽根崎お初天神通り商店街。老若男女が憩いを求めて立ち寄る、梅田の繁華街のひとつである。商店街の名にもなっているお初天神、正式名称露天神社は、人形浄瑠璃「曽根崎心中」ゆかりの地としても有名だ。神社の境内で実際にあった心中事件をもとに、近松門左衛門が書いたものである。
目的のお店はこの通りにあった。通称おはてんと呼ばれるここにはたくさんの飲食店が立ち並び、お昼から開いているお店も多い。
千歳が予約したお店は「ぎふや」さん。新世界に本家があって、美味しさは確実の串かつメインの大衆酒場である。新世界の本家や別邸は、千歳も何度か行っている。
新世界は大阪のディープゾーンとして有名だが、今や治安が改善され、日本人観光客はもちろん外国人観光客も多い街になっている。通天閣がランドマークだろう。
新世界といえば串かつ、串かつといえば新世界、と言われるほど串かつ屋さんが多く、串かつ発祥のお店である「だるま」さんの本店があるのもこの新世界だ。カウンタ席だけのこぢんまりとしたお店で、お昼からお客さんで賑わっている。ごはんどきには列もできる人気店だ。千歳も行ったことがある。不思議と感慨深くなったものだった。
千歳たちは「ぎふや」さんに入り、店員さんの案内で4人掛けのテーブルに着く。このお初天神店は初めて来たが、新世界の本家や別邸と変わらぬ佇まい。綺麗ではあるが、昭和や平成を感じさせるかの様な和のインテリアだ。
まずは生ビールを頼み、3人は「久しぶり〜」と再会を祝し、乾杯したのだった。




