第9話 また見てしまって
翌日、千歳は鬱々した気分のまま、梅田茶屋町の撮影スタジオに向かう。今日も聖ちゃんの写真集の撮影である。今日は朝から行われる。なのでお家から直行になった。
スタジオに入ると、昨日とは違うセットが広がっていた。昨日は若い女性の自室風だったのが、今日はまるで会社のオフィスの様なものになっている。スチール製の戸棚やデスク、ノートパソコンなどが置かれていた。これは、スーツ姿の聖ちゃんが撮影されたりするのだろうか。
ビジネススーツは女性ものでもシンプルで地味と言えるものが多いが、それがかえって聖ちゃんの美貌を引き立たせる様な気がする。思い切って白のカットソーやシャツに黒やネイビーのパンツスーツにして、耳元のアクセサリーを可愛くしたりしたら可憐かも? なんて、素人考えだろうか。
昨日の拓嗣くんに思うところはある。だがお仕事はしっかりしなければ。聖ちゃんの写真集が良いものになる様に、全力で力を尽くしたい。拓嗣くんのことは千歳にとって決して小事では無いが、今は脇に置いておかねば。
今日、撮影に立ち会えるのは、福田さんと山下さんと千歳の3人。ゆずちゃんはお昼から合流予定で、佐賀屋さんは以前から決まっていた出張のため今日は来れない。
極端なことを言えば、実作業に携わるのは福田さんと山下さんと千歳なので、この3人が立ち会えば事足りる。写真家さんのこだわりとはいえ、営業部のゆずちゃんも広報部の佐賀屋さんも、他のクライアントさんをたくさん抱えている。この写真集だけに集中していられないのだ。
写真家さんもさすがにそれは理解してくれているので、無理までは言わない。それは助かるところであった。
先に着いていた福田さん、あとから来た山下さんと合流し、スタジオの隅で待っていたら、控え室から聖ちゃんが出てきた。淡いベージュのパンツスーツと白のカットソー、ネイビーのスカーフである。なるほど、そうきたか。千歳ちゃんのきりっとした美しさと、柔らかな印象のスーツの対比をクールなネイビーで繋ぎ、まとめているのだ。
聖ちゃんは今日も綺麗だ。自信に溢れていて、輝く目はまっすぐ前を向いている。そんな聖ちゃんが千歳に気付き、笑って小さく右手を振ってくれた。千歳は嬉しくなって、笑顔で右手を振り返す。
聖ちゃんは、すっかりと丸くなった印象だ。見ていると、スタッフさんたちにお礼を言ったりもしている様で、スタジオの雰囲気はとても良い。この場の主役は聖ちゃんである。その聖ちゃんがご機嫌であるなら、それが環境作りに良い影響を与えるのだろう。
千歳も企業に勤めているから、職場の空気が大事だというのは嫌というほど分かっている。実は千歳が所属する画像処理部には気難しい女性の先輩がひとりいて、機嫌を損ねたりしてしまうと、部内の雰囲気が悪くなってしまうのだ。
千歳は良好な人間関係を築くこともお仕事のひとつだと思っている。ひとつのお仕事は基本ひとりで完結するし、今回の聖ちゃんの写真集もその予定なのだが、これまで写真集の様な大きなものや、チラシなどで商品点数が多いなどのお仕事が来ると、手分けしたりすることが多かった。そんなときに巧く連携が取れないと困るのだ。
件の先輩と手分けしていた場合、相手が機嫌を損ねていると、話しかけづらくなる。お仕事なのだから気にするなと言われそうだが、千歳とて人間なのだから、嫌な気持ちになりたくない。
先輩は不機嫌さを隠そうとしないので、否応無しに周りが巻き込まれるのだ。
機嫌の良いときは何の問題も無いのに、いったい何が先輩の琴線、逆鱗なのか分からない。だからと言ってご機嫌取りをする様な余裕も義理も無いので、みんな腫れ物に触る様に接しているのだ。
人間は良い人ばかりで無いことぐらいは、千歳だって知っている。複数人でお仕事をするのだから、ひとりやふたりは問題がある人がいるのは当然だ。なら割り切るしか無い、疲れはするが仕方が無いのだと。
そんな間にも、聖ちゃんの撮影は順調に進んでいく。スチール棚の前で、腕を組んで仁王立ちをして、不敵に笑う聖ちゃんはやはり綺麗だ。聖ちゃんの小悪魔的、そして勝気そうなイメージなのだろう。
さすがこだわりが強い写真家さん、といったところか。聖ちゃんの魅力がたっぷり詰まった、素敵な1冊になるだろう。千歳は画像加工をするのが今から楽しみになっていた。
お昼休憩は13時から。茶屋町界隈は飲食店も多いが、それ以上にビジネスマンなども多く、12時からの1時間はお客でごった返す。それを避けるためのスケジュールだ。
千歳たち3人はスタジオを出て、かっぱ横丁に向かう。かっぱ横丁は昼休憩の時間帯にはそれこそ会社員たちで賑わうのだが、時間帯を過ぎると入りやすくなるお店も多い。
茶屋町にはいくつもの商業ビルがあってレストランフロアもあるが、そういったところは若い女性客が多く、時間をずらしても混んでいたりするのだ。軒並み新しめでお洒落なので、女性客が集まるのだ。
かっぱ横丁は阪急電車の高架下にあって、こちらはなかなか年季が入っている。お店の入れ替わりは都度あって、女性が好むお店も多いが、ラーメン屋さんや焼肉屋さんなど、佇まいからしてビジネスマン向けなところは、そろそろ空き始める。
そうして3人並んで歩いていると、また、見てしまったのだ。拓嗣くんが昨日の女性と、腕を組んで歩いているのを。




