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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
5章 誤解と幻覚
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第7話 疑惑だけが沸き上がって

 (ひじり)ちゃんの撮影は13時からである。福田(ふくだ)さんと山下(やました)さんと千歳(ちとせ)、ゆずちゃんと佐賀屋(さがや)さんは撮影スタジオが入る雑居ビルの前で合流し、揃って中に入っていった。


 千歳はこうした撮影スタジオを生で見るのは初めてだったので、一瞬さっきのことを忘れ、つい好奇心できょろきょろと見渡してしまう。


 写真家さんや助手さん、スタッフさんたちと名刺交換をしつつ挨拶を交わし、メイクを施して準備完了の美しい聖ちゃんとも再会できた。


「あ、ゆずとちぃやん」


 ゆずちゃんと千歳がそう呼び合っていたからか、聖ちゃんも千歳たちをそう呼ぶことにした様だ。聖ちゃんは千歳たちよりも歳下だが、聖ちゃんの性格をある程度知っていることもあるからか、気にはならない。誰にでもフランクであるのも、聖ちゃんの魅力だ。肝心なところでやらかさなければ大丈夫。


 千歳は佐賀屋さんと福田さん、山下さんを紹介する。


「みんなであたしの写真集担当してくれるん? よろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします。聖ちゃん、お元気そうで良かった」


 千歳が言うと、聖ちゃんはにぃと口角を上げた。


「あたし、細いけど頑丈やねん。風邪とかあんま引いたこと無いし」


 拓嗣(たくし)くんが羨ましがりそうだ。


「ひじりん、今日は楽しみにしてるわ。できるだけ画像処理とか少ない写真にしてや〜」


 ゆずちゃんが冗談めかして言うと、聖ちゃんは「えー?」と少し拗ねた様にしつつも、最後には快活な笑みを浮かべる。


「ふふん、そんなんカメラマンに言うてや。ほな、行くわな」


 聖ちゃんはそう言って、ひらひらと手を振って踵を返した。スタジオに奥には布製の淡いクリーム色のスクリーンが掛かっていて、その横にはベッドや椅子などの家具が置かれていた。淡く可愛らしい色調で、まるで若い女性のお部屋である。どちらも撮影で使うのだろう。


「やっぱり、間近で見ても綺麗な子やねぇ、聖ちゃん」


 佐賀屋さんがうっとりした様に言う。


「ほんま。DTPするん楽しみです。どんな写真が上がってくるんでしょうねぇ」


 山下さんも楽しそうにそんなことを言った。


 そうして、聖ちゃんの撮影が始まる。こだわりが強いと聞いていた写真家さんも若い女性である。一眼レフのデジタルカメラを三脚で支え、ときには手にして、聖ちゃんを何枚も撮影していった。スタジオに響くのは写真家さんの声が主である。「ええねぇ〜」「綺麗ねぇ〜」「目線こっちやで〜」など、上機嫌でそんなことを言いながら、シャッターをためらいも無く何度も切っていく。


 ラベンダーカラーのシルクのパジャマを着た聖ちゃんが、ベッドに仰向けになったり、椅子に掛けて小道具のマグカップを手にしたりと、数々の妖艶な可愛らしさを炸裂させているのだが。


 千歳の目は聖ちゃんに向いているものの、心はそぞろになってしまう。


 あれは、本当に拓嗣くんだったのだろうか。結婚相手を見間違えるわけは無いと思っているのだが、絶対に? と言われるとその自信は揺らぐ。


 世界には自分と同じ顔をした人が3人いる、なんて都市伝説の様な話は聞いたことがある。ならあれは拓嗣くんのそっくりさんなのだろうか。


 だが、服装が拓嗣くんのものだったはずだ。今朝出勤していくときに着ていた、ベージュのコートとグレイのタータンチェックのマフラー。どこにでもある服装ではあるが、顔と装いがここまで合致していると、本人だと言わざるを得ないのでは無いだろうか。


 ただ一緒に歩いているだけなら、お友だちだろうかとも思える。だが異性のお友だちと腕を組むだろうか。女性同士で仲が良ければそういうことはあるのだが。千歳も同性のお友だち、それこそカレンちゃんと腕を組んだことは何度もある。


 拓嗣くんの職場は男性専用クリニックで、ドクターや看護師さんも全員男性だから、同僚ということもあり得ない。もし同僚に女性がいたとしても、やはりきっと腕を組んだりはしない。


 可能性を出しては打ち消して。それを繰り返して、千歳の頭はぐるぐると駆け巡る。だが目に映るのは、聖ちゃんの綺麗な笑顔。


 ……今日拓嗣くんが帰ってきたら、聞いてみたら良い。証拠写真などは撮っていないが、しらばっくれたらますます「何か」の疑いが濃くなる。それでも。


 千歳は疑惑をそのまましておく性格では無い。これははっきりさせておかなければ。


 まず今は、お仕事に集中しなければ。この撮影の雰囲気、空気感を掴み取って、写真加工に乗せる。千歳はあらためて、艶やかな笑みを浮かべる聖ちゃんを見据えた。




 拓嗣くんがどうしていようが、お腹は空く。こんなときにも食欲がある自分はおかしいんやろか、なんて思いながら、千歳はあびこのスーパーに寄る。


 あれから聖ちゃんの撮影は18時ごろまで続き、千歳たちは全員直帰となっていた。初めからそう決まっていたことではあるが、会社の自部署にはスタジオを出てすぐ、電話で今日の撮影の終了と、帰宅の挨拶を入れておいた。


 食欲はあるが、作る気力がいまいち沸かなかった。やはり今日のことが少なからずショックだったのだろうかと思う。それはそうだ。下手をすれば浮気、不倫未遂である。


 豚汁はいつもの様に作るとして、今日のメインはクイックタイプのものに頼らせてもらおう。麻婆春雨なら卵とカットねぎを足せば栄養も事足りるし、唐辛子のおかげで身体も温まる。


 麻婆豆腐でも良いだろうか。お豆腐は切らずにスプーンですくって入れるというやり方がある。乱暴、手抜きと思われるだろうが、某料理家の先生も「それでええんです」とおっしゃっていた。これにも卵とカットねぎを足してあげれば良い。


 どちらにしようか。千歳は迷った末、お豆腐と麻婆豆腐の素を買い物かごに入れた。

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